ブランの回想1
私は過去に2度、記憶を失っている。
最初は10歳の夏。
流行り病に罹って高熱を出した時。
2度目は17歳の冬。
馬車で移動している時に夜盗に襲われた時。
どちらも自分の所為では無かったけれど、その所為で沢山の人を悲しませた。
その筆頭は私の現在の旦那様。
生まれる前から決まっていた政略結婚で、意味をよく理解していなかったのだけれど、初めて引き合わされたのは3歳の誕生日パーティーの時だった。
その日私は、神様を見つけた。
カラスの濡れ羽色を思わせる美しい髪、まっすぐ伸びたまつ毛に隠れる紫水晶の様な瞳。
横顔と立ち姿だけ。
たったそれだけで、私は恋に落ちた。
それからは毎日、愛しい人へと手紙を書いた。
文字を書くのが覚束ない頃は絵の方が多かったけれど、それでも私の事を知って欲しくて、本当に些細な事まで書いていた。
押し花でしおりを作ったり、刺繍を覚えてからは毎月ハンカチを贈ったり。
大きくなってからは、月に1度の外出デートもした。
誕生日には、いつも大きな花束とネックレスを貰った。
とても嬉しかった。
そうして数年を過ごし、3つ歳上の彼は、13歳で貴族学校へと入学した。
全寮制の為、会える回数はぐんと減った。
それでも手紙のやり取りは続いていたから、なんの心配もしていなかった。
学園祭を観に行くまでは。
彼から貰った招待状を手に、初めて学校に踏み入った先で見た物は、沢山の令嬢に囲まれて微笑む彼の姿だった。
私だけに向けられていたと思った笑顔が、他の見知らぬ人達にも見せる姿だと知って、この恋心が一方的な物であると理解した。
悲しいと同時に、凄く恥ずかしくなった。
私の存在に気が付いてからは、彼はずっとエスコートをしてくれたけれど。
この婚約が彼の足枷でしかない様な気がして、1日中胸が痛かった。
家に着いてからも悩み続けた結果、私は熱を出して寝込んでしまった。
心が弱っていた上に、人込みで流行り病を貰ってしまったらしい。
1週間ほど熱にうなされ、1度目の記憶を失ったのである。
彼は夏休みが始まると同時に、私の下へとお見舞いに来てくれた。
色とりどりの花束の向こうで、心配の滲む顔がとても美しかったのを覚えている。
こんなに素敵な方が婚約者なのに、何度お会いしても、ひとつも思い出せない事が酷くもどかしかった。
それでも優しく接してくれる彼に、私は2度目の恋をした。




