彼女の憂慮
恒例行事を終え、俺と雫川は周りの人たちと同じように祭りを満喫した。
あまりこういう人が無駄にはしゃぐ場所に行かない俺にとって、何もかも新鮮だった。もちろん、人多すぎて疲れるなとかうるさすぎてちょっと頭痛いなとかもうちょっと人いなくならないかなとか、負の感情も想起されるが、それを凌駕するほど楽しいという感情がにわかに湧き上がってきていた。
屋台に並ぶ食べ物を買うだけで楽しいし、なぜかいつもより美味しく感じる。それに、祭りの空気に乗せられて自分の気持ちも上がってきているのを感じる。
……久しく感じていなかった感情が俺の心を侵略しつつあった。
「泰輔君!金魚すくいやろう!」
それに、俺の隣には絶世の美女がいる。いつも明るく快活だが、意外と思慮深く、おまけにいつもリードしてくれる。……俺には当然もったいない。
だからこそ、時々怖くなる時もある。
「……ああ。」
どれが取りやすそうかなと目をキラキラさせながら言う彼女に、俺は少しだけ恐ろしさを感じていた。
「もうすぐ花火だね。」
「そうみたいだな。」
一通り祭りを楽しんだところで、もうすぐ花火があがるという内容のアナウンスが流れ始めた。
さきほどまでうるさいぐらいに耳に入ってきていたバンドの演奏も終わり、皆花火が近くで見える川のほうまで足を運んでいた。
「楽しみだね。」
ニコニコしながら言う彼女に俺は精いっぱいの笑顔で、首を縦に振る。
大勢の人がそぞろ歩くビックウェーブに身を任せ、俺と雫川も歩く始めた。
そして、程なくして川のほとりに着き、今か今かと待つ人々を肌で感じながら、夜空を見上げる。
この祭りは大きな川の河川敷で行われているのだが、川の上で花火が上がるのが毎年の通例だ。
――そして、数分も経たないうちにぴゅるるる~という花火特有の音が聞こえてきた。
「あ!」
雫川が声を上げた瞬間、どでかい花火が視界の夜空を隠すほど広がった。
久しぶりに見た花火に思わず感嘆の息を漏らす。そして、コンマ何秒後に聞こえてきた大きな音に、少し驚いてしまう。
「……音でか。」
「泰輔君、花火は久しぶり?」
「そうだな。四半世紀ぶりくらい。」
「そんなに生きてないでしょ。それ言うには30年くらい早いわ。」
「……雫川さんも何様なの。」
まるで50年戦士の言い方である。
そんなやり取りをしている最中にも花火は絶え間なくあがる。
でかい花火もあれば、小さい花火が連打であがったりもする。……これは目を奪われるな。
「……ねえ、泰輔君って私と居て楽しい?」
雫川がふいにそんなことを聞いてきた。
俺の心臓はドクンと跳ねあがり、少し視界が揺れる。……どうしたんだろう。
「……ああ、楽しいぞ。」
「ほんとに?なんかあまり私といるとき楽しそうな感じじゃないなって。」
雫川は眉を八の字にして不安そうな表情をしている。
……そうか。そう思わせてしまっているのか。
「……悪い。かなり楽しいぞ。俺、なかなか感情を表に出せない性質でな。」
過去のトラウマから感情を表に出すのが怖くなってしまっている。
自分の感情を表に出したとき、周りに悲しい目をさせてしまった状況が無意識下でフラッシュバックしてしまっているのだろう。
「そう?元々も私が無理言って、付き合ってもらってるわけだし、どうなんだろうと思って。」
……こんなに不安そうな雫川は初めて見た。
雫川は俺の存在をただ、自分の生存のための道具でしか見ていないと思っていた。まあ、そこまでは行かなくともその感情が8割がたを占めていると思っていた。
ただ、今の雫川の表情を見るに、もしかしたらそうではないのだろうか?
疑念は浮かぶが、俺に聞く勇気はなかった。
代わりに口にした言葉はこの場をおさめるための言葉だった。
「……嫌だったら、そもそも付き合ってないぞ。」
ただ、これは100%本心だ。雫川には悲しい表情をして欲しくない。
「そう?」
「……ああ。そもそも雫川みたいな良い人そうそういないだろ。」
「あ、そう思ってくれてるんだ。」
さすがに雫川の顔をまともに見れない。
恐らくにこやかに笑ってくれているであろう彼女の気配が徐々に近くなっているのを感じる。
「……好きだよ。泰輔君。」
「……俺もだ。」
ボソッと呟いた雫川言葉に俺も同じくらいの声量で返す。……恥ずかしい。世の男女は本当にこんなことをやっているのだろうか。
俺の視界は雫川の顔でいっぱいになった。




