勉強と瑠璃の家族
「それじゃ、勉強始めますか。」
瑠璃は言いながらスクールバックから教科書や問題集を取り出す。数学という文字が書かれており、今日はそれをやる予定だ。
「……泰輔君、この前の数学のテストめちゃくちゃ悪かったんだよね?」
「……まあ、そうだな。」
言って、俺は明後日の方向を向く。
そう、何を隠そう俺は数学が他の追随を許さないくらい苦手なのだ!
……あれ、全く分からない。何をどう解けばいいか検討がつかないこともしばしば。出来れば金輪際見たくないくらいには嫌いだ。
「じゃあ、私が私のやり方を教えてあげますかね。」
「お願いします。数学が学年一得意と噂の雫川先生。」
「……それ、ちょっとイジッてない?私には言っていいけど、他の子には言っちゃだめだからね。」
「……それ、めちゃくちゃ怒ってるときに言うやつでは。」
俺が恐る恐る言うと、瑠璃はクスッと笑う。
「イラっとさせること言うほうが悪いんだから。」
ニヒっと笑う彼女に俺は少しドキッとしてしまう。……ほんと一枚上手なんだよな、この人。
「ところで、どこが分からないの?」
「分からないところが分からない。テスト中は気が付いたら時計とにらめっこしてる。」
「……相当重症だね。よし、私が基礎から鍛えなおしてあげる。」
よしっと小声で呟きながら、瑠璃さんは教科書類を開く。
……よし、じゃあ俺も気合をいれますかね。
「疲れた……。」
みっちりと小一時間雫川先生に教わり、俺は疲労困憊になっていた。
どのくらい疲労困憊かというと昨日の晩御飯が思い出せないどころかどこでどういう風に食べたかも思い出せないレベルだ。かろうじて、何かを食べたのだけは覚えている。……多分だけど。
今はとりあえず一旦休憩となり、トイレに向かっているところだ。トイレは一階にしかないらしく、階段を降りていく。
そして、トイレを済ませドアを開けると、そこには瑠璃と瓜二つのお姉さんが立っていた。
「泰輔君……だっけ?ねえ、お姉さんと良いことしない?」
瑠璃の話から推測するに、恐らく、瑠璃のお姉さんにそんな風に声を掛けられた。
……何言ってんんだ、この人。
「初めまして、福鳥泰輔です。」
まだ、挨拶していなかったなと思い、とりあえず、そう言って少し頭を下げる。
……話をそらさないと気持ちと身体を持っていかれるような気がした。
お姉さんはそんな行動をした俺に少し目を丸くした後、ふーんと言いながら目を細める。……そこはかとない恐怖が俺の全身を包み上げた。
「初めまして、瑠璃の姉の雫川翠よ。サキュバスのね。」
言って、みどりさんは不敵な笑みを浮かべる。
俺の額からは冷や汗が流れ始めた。
「大丈夫、気配を消してあげるし、大きい方のトイレの時間くらいしかかけないから。」
言いながら、お姉さんは自分のスカートをたくし上げる。瑠璃と同じ白い肌がお目見えし、思わずつばを飲み込んでしまう。……これが本当のサキュバスの本性。
「ねえ、いいでしょう?瑠璃がぞっこんの君がどんな人なのかとても気になるんだよね。」
言って、お姉さんは俺のお腹に手を当ててくる。その手は徐々に上を上がっていき、お腹、胸、首へと到達する。
「……やめてください。俺にそんな趣味はないです。」
言って、俺は一歩下がり、みどりさんをにらみつける。
「そんなわけないでしょう?一番、性への興味が膨らむ男子高校生……。素直になったほうが気が楽よ。」
「………………だからといって、あなたとしていい理由にはならないでしょう。」
「あら、律儀な子ね。大丈夫よ。結局、瑠璃もサキュバス。あの子の根底には私と一緒の気持ちが渦巻いている。……無理やり蓋をしているみたいだけどね。」
言いながらみどりさんはどんどんとこちらに向かってくる。
俺は廊下を一歩一歩と下がりながら逃れる。……捕まったら最後だな。
「翠!……独り占めは許さないわ。」
後ろから何やら妖艶な声が聞こえてきた。
「ママ。……別にいいでしょう?減るもんじゃないし。あとで、渡そうと思ってただけよ。」
後ろを振り向くと、瑠璃とみどりさんのお姉さんと言っても驚かないくらいの端正な顔立ちの女性が立っていた。唯一違うのは短く切られた髪くらいだ。
「あら、そうなの?……じゃあ、今頂いても構わないわね?」
言いながら、母親もこちらへと向かってくる。
挟み撃ちされた格好で逃げ場がなくなってしまった。
二人の目は完全に欲求不満のときのそれで、目に光があまりなく、息遣いも荒い。
……襲われるときの女性の気持ちが分かった気がする。
もう、どうしようもないと諦めたそのとき、母親の後ろに男性の影が見えた。よく見るとそれは恐らく父親で、俺の目には救世主のように見えた。
その人はこちらを向き、口を開いた。
「……これがサキュバスの本性だ。意固地にならず、素直に受け入れるのが吉だぞ。」
そう言って、ニヤッとした笑みを残し、父親は立ち去った。
……終わった。もう観念するしかないのか……。ひどいことにならないように祈っておこう。
そう思い、俺は少し俯き目をつむった。……瑠璃、ごめんなさい。
「ちょっと!何してんの!」
声がした方向に向くと、そこには階段の手すりから覗き込む瑠璃の姿があった。鬼の形相をしており、息も少し切らしている。
「遅いと思ったら、あんたたちの仕業だったのね。絶対、やめてって昨日も今日もさんざん言ったよね!?」
瑠璃は言いながらみどりさんと母親を引きはがす。……助かった。
「瑠璃……。別にいいじゃない?本当はあんたも私たちと一緒にやりたかったでしょう?」
母親は妖艶な声で瑠璃に問いかける。
本当に理解できないといった様子で、頭に?を浮かべているようだった。
「本当よ。楽しみを奪わないでくれる?それに、私にとって生死にかかわる問題なのよ。」
みどりさんのほうは瑠璃のことを睨みつけていた。
確かに、まだ20歳になっていないのなら、必死になってもおかしくない。……少しだけ同情してしまう俺がいた。
「そんなの戯言じゃない。お姉ちゃん、何人彼氏いるのよ。」
「それは難しい質問ねえ。まず、彼氏の定義から教えてもらわないと。」
それを聞いた俺は同情の心はどこかにすっ飛んでいった。
……全くもって同情に値しないな。俺がいなくても困ってないじゃん。ただ、自分の欲望に従ってるだけだ。少し軽蔑する。
「……行くよ。泰輔君。」
言いながら、瑠璃は俺の腕をつかみ、玄関へと向かう。俺はされるがまま、足を動かす。
「もう、あの子は素直じゃないわね~。……サキュバスの本分に逆らうなんて、どこまで人に媚びを売りたいのかしら。」
そんな声が後ろから聞こえる。
ドスの聞いたその声は先ほどまでの母親の物とは思えなかった。
「あとで、荷物持って行くから、とりあえず、外で待ってて。」
言って、瑠璃は俺を送り出し、自分は踵を返し2階へと行く。
……瑠璃のあんな怒っている顔初めて見たな。




