神様のおしごと
ウィラウォルアは神だ。何千といる神の内の一柱だ。
神として一つの世界を作り出した。そこは人間と魔族が共存する世界だ。二つの種族がいがみ合うのではなく協力し合う、平和な世界。
人間の王と魔族の王、二人の王が存在し、手を取り合って住人を守り、土地を発展させている。
憎しみや悪意を持たないよう、相手を尊重し思いやる心を持たせた。誰かを不用意に傷つける事などしない。失敗すれば支え合い互いに成長していく。
ウィラウォルアの作り出した世界にいるのはそんな住人だけだ。
だから、犯罪も起きない。事故や病気で命を落とす事はあるが、殺人などあり得ない。
のんびりと、ただただ平和な時間が流れていく。
ウィラウォルアはそんな自分の世界を何百年と見守り続けていた。
やがて千年近くの年月が過ぎても、変わらず世界は平和だった。
こんなに平和ならば、少しくらい目を離しても大丈夫なのではないか。
この数百年、ウィラウォルアはただ見守っていただけだ。神が手を貸さなくてはならないような事態など起きようもなく平和なのだ。
ならば、ウィラウォルアが見守っていなくても世界は平和なままだろう。
そんな考えに至った。
そしてウィラウォルアは別の世界へと旅行しに行く事を決めた。
神は何千と存在している。そして神々はそれぞれ自分の世界を持っている。他の神が作り出した世界を巡ってみたい。
ウィラウォルアは軽い気持ちで別の世界へと足を伸ばした。神であるウィラウォルアにとって、世界を行き来する事など簡単だった。
色んな世界の景色を楽しみ、美味しいものを食べ、様々な生き物と触れ合い、心行くまで世界旅行を満喫した。
とある世界で手に入れたジャージという動きやすい衣服を着て、大量のお土産を手にウィラウォルアは帰ってきた。
神であるウィラウォルアは時間の感覚というものが人間とは違う。帰ってきた時、ウィラウォルアの世界では二十年もの年月が経っていた。
ウィラウォルアは大きな水晶に映る自分の世界を見た。
きっと以前と変わらぬ平和な世界がそこにあると信じて疑いもせず。
だがしかし。
「な、なんだこれは……!?」
ウィラウォルアは愕然と目を瞠る。
「どうなっているんだ!?」
思わず大声を上げた。
ウィラウォルアの世界が。千年近く平和を保ってきた世界が。争いなど起きるはずのない世界が。
「何故人間と魔族が敵対しているんだ!?」
以前は仲睦まじく共存していた二つの種族が、今は人間と魔族が完全に別々に生活している。
平和でのほほんとしていた世界が、殺伐とした空気に包まれてしまっている。
「一体どうして……私が目を離している間に何があったというんだ……!?」
解決するにはまず、原因を探さなくては。
ウィラウォルアは自分の作った世界へと飛び込んだ。ジャージ姿のままだがそんな事はどうでもいい。
まずは聞き込みだ。
ウィラウォルアは早速最初に見つけた人間の老女に声をかける。
「すまない、少し訊きたい事があるんだが」
「あらあら、どうしたの、お嬢ちゃん」
ウィラウォルアは人間よりもうんと長く生き続けている神だが、その外見は十歳前後の少女だ。なので老女は警戒する事もなく、声をかければ応えてくれた。
「人間と魔族はどうして敵対するようになったんだ? 前は仲良く一緒に暮らしていただろう?」
「お嬢ちゃん、知らないの? 確かに前はそうだったんだけどねぇ……。魔族がね、人間を襲ったらしいのよ」
「何だと!?」
「もう何人も、人間は魔族に傷つけられているって話よ。私は直接見た事はないけれど。だからお嬢ちゃんも、危ないから魔族には近づかない方がいいわよ」
彼女が嘘をついているようには見えない。
しかし本当だとしたら一体何故。
「何でだ? 魔族は何で人間を襲ったんだ?」
「理由はわからないわ」
「じゃあ、その襲われた人間はどこにいる? 話を聞きたい」
「それはその……もう、いないから……」
言いにくそうに言葉を濁された。つまり、殺されたのだ。
それこそあり得ない。魔族も人間も、互いに殺意を抱く事などないのだ。もちろん、魔族が魔族に、人間が人間に殺意を抱く事もない。
この世界に暮らす住人は、そうなのだ。
あり得ないはずの事が起こっている。つまりこの世界にいるはずのない異物が産まれたのだろうか。その存在が、人間と魔族が敵対するきっかけを作ったのではないか。
何にせよ、人間の話だけでは情報が少なすぎる。魔族にも話を聞かなければ。
ウィラウォルアは老女に礼を言い、その場を離れた。そして森にいた魔族に声をかけた。
「そこの魔族。少し話を聞きたいんだが」
「何だ? お前、人間のガキか?」
ウィラウォルアの姿を見て、その魔族は顔を顰めた。
「人間が、気安く声かけてくんじゃねーよ」
人間に向かってこんな事を吐き捨てるような魔族など、以前はいなかったというのに。
「そうはいかない。魔族に話を聞きたいんだ」
「うるせー。とっととどっか行きやがれ」
魔族は鋭い双眸で凄んでくるが、神であるウィラウォルアに効果はない。
「私は話を聞きたいだけなのだ」
「しつけーな! 殴られてーのか!」
声を荒げるが、魔族がこちらに手を出してくるような気配はない。もし本気で魔族と人間が憎しみ合っているのなら暴力を振るわれてもおかしくはないが、この魔族から憎悪や殺意は感じない。
ふむ……と頷きながら、ウィラウォルアは神の力で鞭を作り出す。その光輝く鞭で魔族を縛り上げ、近くの大木に逆さに吊るした。神であるウィラウォルアにとってこの程度造作もない。
抵抗する間もなく逆さ吊りにされ、魔族は目を剥いた。
「な、何しやがるクソガキ!!」
「話を聞かせてくれたらすぐに解放してやる」
「人間なんかに話すことなんて……ッ」
鞭の持ち手を引っ張る。すると、魔族を縛り上げる鞭の拘束がきつくなる。
強く締め上げられ、魔族は息を詰めた。その隙にウィラウォルアは質問する。
「魔族と人間はどうして敵対しているんだ?」
「はあ!? ンなもん、人間が魔族を殺しやがったからだろーが!!」
「人間が魔族を……? それは何故だ?」
「知らねーよ! とにかく人間は魔族を殺しやがった! 一回や二回じゃねー! 何度もだ!!」
魔族は表情いっぱいに怒りを滲ませ喚く。嘘をついている様子はない。
「なるほど。わかった。ありがとう」
ウィラウォルアは魔族を解放した。怒鳴り声を上げる魔族を無視して次の場所へ移動する。神であるウィラウォルアは行きたい場所へ一瞬で転移できる。やって来たのは魔族の王がいる場所。魔族の城だ。
魔族の王は玉座にどっしりと座っていた。他の魔族の姿はない。
「魔族の王よ、聞きたい事がある」
「な、何だ貴様!? どこから入った!?」
突然現れたウィラウォルアに、魔族の王は立ち上がり威嚇してくる。
「まあ落ち着け。私はただ話をしに来ただけだ」
「ふざけるな……!!」
ウィラウォルアは鞭を振るい、魔族の王の体を拘束する。
「こんなものっ……」
鞭で体をぐるぐる巻きにされ、魔族の王はそれを引きちぎろうと力を込める。しかし全く歯が立たない。
「な、何だこの力は……っ」
魔族の王は愕然とウィラウォルアを見据える。
「まさか、貴様が『ユーシャ』なのか……!?」
魔族の王の言葉に、ウィラウォルアは眉を顰める。
「『ユーシャ』……? ………………って、勇者の事か!?」
どうして魔族の王がその名称を口にするのだ。
この世界に勇者など存在しない。何せ勇者を必要としない、平和な世界なのだ。物語の中にさえ勇者は登場しない。勇者という存在を、この世界の住人が知っているはずがないのだ。
「どういう事だ!? どうして魔族の王が勇者を知っている!?」
「何を言う……貴様ら人間の王が我を殺す為に差し向けたのだろう……!? その『ユーシャ』という者が我々魔族の仲間を殺して回っているのは知っているんだぞ!」
「人間の王が……!?」
ギロリとこちらを睨む魔族の王の言葉には、他の者と同様に嘘は感じられない。
「わかった。今度は人間の王に話を聞きに行くとしよう」
ウィラウォルアは鞭でぐるぐる巻きにした魔族の王を残してその場から転移する。
人間の城の一室。人間の王の寝室。ベッドの上で人間の王が寝ていた。夜は更け、就寝時間となっていたようだ。
しかし今は緊急時だ。ウィラウォルアは躊躇いなく人間の王を起こした。
「起きろ、人間の王よ。話がある」
「なっ……!?」
体を揺すられ目を覚ました人間の王は素早く身構える。
「何者だ……!? どうやってここにっ……!?」
「そんな事はどうでもいいのだ。それより話を聞かせろ」
「おい、誰か!! 侵入者だ!!」
人間の王はドアの外へ向かって声を張り上げる。
「無駄だ。部屋の中の声は外へ聞こえないようにした」
「何だと……!?」
「落ち着け。私は危害を加えるつもりはない。ただ話を聞きたいんだ」
「話……? わしに一体何の話を聞きたいと言うのだ……?」
人間の王は訝しげに眉を寄せる。こちらを警戒し一定の距離を保ちつつも話は聞いてくれそうだ。
「勇者の事だ」
「…………ああ、あの者の事か……」
「人間の王が、魔族の王を倒す為に勇者を差し向けたと聞いた。それは本当か?」
「いや、正確には違う」
「どういう事だ?」
「『ユーシャ』と名乗る少年が城にやって来て、その者が言ったのだ。自分が魔王を倒す、と。だから支援してほしいと」
「その少年とは何者だ!?」
「わしも詳しくは知らぬ。自分には魔王を倒す力があると言っていた。自分は選ばれた『ユーシャ』なのだと。『ユーシャ』というのが何なのかはよくわからなかったが、とにかくその少年は魔族に襲われている人間を見つけては魔族を倒して回っているのだと……」
「人間を襲った魔族はどうなった?」
「…………『ユーシャ』は殺したと」
「魔族に襲われた人間は?」
「『ユーシャ』が見つけた時にはもう手遅れだったと」
「勇者以外に、魔族に襲われている人間を見た者は?」
「いや……報告はきていないが……」
「つまり、その自称勇者の自作自演という事か。人間も魔族も、その自称勇者が命を奪ったのだ。自称勇者以外の目撃者がいないのがその証拠だ」
「何だと!? 何故そのような恐ろしい事を……!?」
人間の王は青ざめ信じられないと目を剥く。この世界の住人は全員、元々悪意を抱きにくい性質なのだ。相手を信頼し敬う気持ちが強い。自称勇者の極悪非道な行いなど想像もできないのだ。だから、自称勇者の言動を怪しいと思わなかった。
「全ての元凶は、その自称勇者か……」
ウィラウォルアの作り出したこの世界に、そんな悪事を働く者など産まれない。自分は勇者だと宣うような者など存在し得ない。
存在しないはずの生き物がこの世界に産まれた。
つまり、他の神が別の世界の人間をウィラウォルアの世界に転生させたのだ。
「クソッ、どこのどいつだ!? 人の留守中に余計な異物を混入させたのは……!?」
しかし犯人捜しは後だ。今はこの世界の問題を解決させなくては。
「よし、人間の王よ。自称勇者を倒しに行くぞ」
「へ……?」
まだ状況を完全に飲み込めていない寝巻き姿の人間の王を連れてウィラウォルアはまた転移する。辿り着いた先は、魔族の王がいる場所だ。魔族の王は拘束する鞭を解こうともがいている最中だった。
再度現れたウィラウォルアに気付き、魔族の王はすぐに噛みついてくる。
「貴様、どこへ行っていた!?」
「悪かった。だが、今はそれよりも大事な事がある」
魔族の王は、ウィラウォルアの背後にいる人物を見て目を見開く。
「人間の王……!? まさか我を殺しに来たのか!? やはりこの小娘が『ユーシャ』なのか!?」
「違う。いいから、まずは話を聞け」
ウィラウォルアは人間の王と魔族の王に説明した。悪いのは勇者ただ一人であるのだと。人間を殺しているのも魔族を殺しているのも勇者であって、憎むべきは勇者だけなのだと。
「そんな話……本当なのか……?」
「一体何の為にそんな事を……」
魔族の王も人間の王も俄には信じられず戸惑っている。
「とりあえず、自称勇者の行動を見に行くぞ」
言いながら、ウィラウォルアは魔族の王の拘束を解く。
「待て、今すぐか? 一旦着替えを……」
そう言ったのは、寝巻き姿の人間の王だ。
ウィラウォルアは即却下する。
「今はそんな場合ではない」
「そうだ、人間の王よ。今は貴様の服装などどうでもいいだろう」
魔族の王も非難するように人間の王を睨み付ける。
「わ、わかってはいるが、しかし……」
「いいから、行くぞ」
渋る人間の王を無視し、ウィラウォルアは二人を連れて転移した。
そこは森の中だった。
「お前達、静かにしていろよ。勇者に気づかれないように、まずはこっそり観察するんだ」
人間の王と魔族の王にしっかりと言い含め、ウィラウォルアは夜の森を進む。少しすると声が聞こえてきた。声のする方へ向かう。
夜の森の中に明かりが見えた。数人の人影が確認できる。向こうに気づかれないよう、ウィラウォルアは気配を消した。
離れた場所で足を止め、そこにいる人物を目に映す。
十六、七歳くらいの少年と、三人の若い女性。そして子供の魔族が一人。
「お待ちください、『ユーシャ』様っ! その子はまだ子供です……っ」
一人の女性が少年に向かって言った。あの少年が自称勇者で間違いないようだ。
「子供だから何だっていうんだ? 寧ろ子供の内に殺しておかないと、成長すれば必ず人間を襲うだろう」
「そんな……その子は何もしていないではありませんか……!」
「だから、何かしてからじゃ遅いって言ってるんだよ。子供だからって見逃して、数年後、こいつが人間を襲わない保証はない。もし人間を殺したらどうするんだ? お前は責任を取れるのか?」
「そ、それは……」
自称勇者にきつい口調で詰められて、女性は声を震わせる。他の女性も自称勇者の言う事に賛同していないが、声を上げて反対する事ができずにいるようだ。怯えているのは自称勇者自身に対してか、彼が行おうとしている行為に対してか。
黙っていられないのは人間の王と魔族の王だ。彼らは今にも声を上げて自称勇者に向かっていきそうだ。
「何の罪もない魔族の子供の命を奪おうとするなど……っ」
「許せんっ……」
ウィラウォルアは鞭で二人の動きを封じる。神の力で声も出せないようにする。
こちらを血走った目で睨み付ける彼らに、ウィラウォルアは冷静に言った。
「お前達が行ったところで、自称勇者には勝てない。返り討ちにあって、最悪二人とも殺されてしまうだけだ」
勇者を名乗るだけはあって、彼の力は本物だ。恐らく彼をこの世界に転生させた神が、力を与えたのだろう。全く、本当に余計な事をしてくれる。
ウィラウォルアならば自称勇者を止められる。けれど、それでは駄目なのだ。
自称勇者は躊躇いなく、残虐に、いたぶるように魔族の子供を殺した。
人間の王と魔族の王は怒りに震えながら、三人の女性は恐怖に震えながらそれを見ていた。
ウィラウォルアは人間の王と魔族の王を連れてその場から転移する。
「これで間違いないな。倒すべきは自称勇者だ」
未だ怒気を纏わせる二人の拘束を解き、声も出せるようにした。
ウィラウォルアは人間の王に問いかける。
「ところで人間の王よ、勇者と一緒にいた女性達は何なのだ?」
「『ユーシャ』に仲間を集めてほしいと言われて……。それで集まった者の中から『ユーシャ』が自ら選んだ旅の仲間だ」
道理で容姿の美しい若い女性だけだったわけだ。
ハーレム気取りという事か。全くもって腹立たしい少年だ。正義の心など持ち合わせていない。彼に勇者を名乗る資格などない。
「さて……一刻も早くあの自称勇者を倒さなくてはならない」
ウィラウォルアは人間の王と魔族の王に向かって言う。
「だがそこで大切なのは、人間の王と魔族の王、お前達二人が協力して倒さなければならないという事だ」
「わしと、魔族の王が……」
「協力して倒す……」
「そうだ。あの自称勇者のせいで人間と魔族の関係は変わってしまった。関係を修復する為に、人間の王と魔族の王が協力し合って諸悪の根源をぶちのめすのだ」
「あの『ユーシャ』とやらをぶちのめすのに異論はないが、我らの力では敵わないのだろう?」
魔族の王の言葉にウィラウォルアはきっぱり頷く。
「そうだ。だからお前達には今から死ぬ気で特訓してもらう。ついてこい」
そう言ってウィラウォルアが向かったのは近くにあった洞窟だ。
「この洞窟の中で特訓するんだ」
「ここで……?」
「特訓するのは構わないが、それで『ユーシャ』を倒せるまで強くなるのに一体どれだけの時間がかかるのだ……」
人間の王に言われ、ウィラウォルアはふっ……と笑みを返す。
普通に特訓していたら、勇者に対抗できるほど強くなるなど不可能だ。そもそもこの世界の住人は強い力を持っていない。平和な世界で強大な力など必要がないのだから。
ウィラウォルアはそんな二人を鍛えるため、特殊な場所を作り出した。
「心配するな。ここは特別な空間なのだ。ほんの少しの特訓で山ほど経験値を得られる」
「経験値……?」
「よくわからんが、特訓とは何をすればいいのだ?」
「腹筋でも腕立て伏せでもスクワットでも何でもいい。それを一回する毎に一万の経験値が与えられる」
そんな事を言っても、レベルなどの概念のないこの世界の住人にはピンとこないだろう。案の定、人間の王も魔族の王も怪訝そうにしている。
「とにかく、特訓開始だ! 疲れたら、この回復薬を飲めば疲労は回復する。限界まで体を動かして、疲れたら薬を飲んでまた再開。それをひたすら繰り返すんだ!」
ウィラウォルアは回復薬がたっぷり入った大きなボトルとコップを二つ用意し、二人に向かって言った。
「さあ、はじめろ!」
ウィラウォルアの号令で、よくわかっていないけれど二人はそれぞれ動き出す。
人間の王は腹筋を、魔族の王は腕立て伏せをしているのを見届け、ウィラウォルアはその場から離れた。
先ほど自称勇者がいたところへと戻る。自称勇者一行は既にそこにはいなかった。残されていたのは、魔族の死骸だ。
地面に膝をつき、ウィラウォルアはそれを抱き上げ、力を注ぐ。流れた血を戻し、裂かれた傷を治し、再び命を動かす。
神であるウィラウォルアは自分の作り出した世界の住人ならば生き返らせる事ができる。
できるからと言って、簡単にしていい事ではないとウィラウォルアは思っている。現に、今まで生き返らせた事は一度もない。
でも、今回は殺されてしまったから仕方がないと、そんな風に済ませる事はできなかった。
自称勇者に命を奪われた者達は、本来死ぬはずではなかったのだから。
「すまなかったな。痛い思いをさせてしまった。怖かっただろう……」
ウィラウォルアは眠る魔族の子供の頭を撫でる。
悪いのは自称勇者だ。でも、一番悪いのはウィラウォルアがこの世界から長く目を離してしまったせいだ。
この世界は未来永劫、平和が続くものだと思い込んでいた。だから、自分が見守っていなくても大丈夫だと。
今回の件はウィラウォルアの怠慢が引き起こした事だ。ウィラウォルアが目を離さなければ、自称勇者がこの世界に産まれる事などなかった。別の世界の人間をこの世界に転生させる事など決して許さなかった。
己の行いを深く反省し、ウィラウォルアは立ち上がる。魔族の子供を両親の元へと送り届け、それから洞窟へ戻った。
洞窟内では人間の王と魔族の王が一心不乱に腹筋と腕立て伏せを繰り返していた。サボらず真面目に取り組んでいる証に、彼らの経験値はメキメキ上がっている。この調子ならば、自称勇者と戦えるようになるまでそれほど時間はかからないだろう。
ウィラウォルアは成長していく彼らを見守った。
特訓を開始して約一日が過ぎた。
「よし、もう充分だろう」
ウィラウォルアに声をかけられ、人間の王と魔族の王は動きを止めた。回復薬を飲む時間を除けば休まず一日中動き続けていた彼らは、見るからにレベルアップを果たしていた。別人かと思うほどに筋肉ムキムキの体格になっている。着ていた衣服がビリビリに破けてしまっているくらいだ。
「すごい……力が漲っている」
「ああ。まるで自分の体ではないようだ」
人間の王と魔族の王も自身の変化に驚いている。
「さて、それじゃあ次は……」
「ちょっと待ってくれ。その前に着替えを……」
人間の王はもじもじしながら言ってくる。魔族の王も今度は同意見のようで深く頷く。何せ二人とも衣服がビリビリに破けて、かろうじて股間部分が隠れているだけなのだ。
「これを腰に巻いておけ」
そう言ってウィラウォルアは二人に腰布を渡す。人間の王は頬を引きつらせた。
「何故服を着させてくれんのだ!?」
「筋肉ムキムキの巨体になった今のお前達に合う服などない。一から作ってもらっている時間もない」
「し、しかし、こんな布切れ一枚を身につけただけの状態で『ユーシャ』と戦えと言うのか……?」
「今のお前達の肉体は自称勇者と戦えるくらいに強くなっている。余計な防具をつけるれば、動きを制限され力を発揮できなくなってしまうだろう」
「だが、こんな格好……」
「諦めろ、人間の王よ。今は世界を救う事だけを考えるのだ」
「くっ……」
早々にまともな服を着る事を断念した魔族の王に諭されて、人間の王も渋々布を腰に巻く。
「では、次は武器だな」
ウィラウォルアの言葉を受け、人間の王が言う。
「武器ならば、わしには剣がある。国宝として城に保管されている」
「ほう……。魔族の王はどうだ?」
「我は武器など使わん。この拳と魔力で戦う」
「なるほど。…………では魔族の王には大剣を、人間の王には弓を使ってもらおう」
「どうしてそうなる!?」
人間の王と魔族の王が声を重ねて突っ込んでくる。
「魔族の王は人間の王よりも体がでかいからな。この巨体に合う武器は大剣だろう。そして魔族の王が大剣を使うなら、人間の王は遠距離攻撃のできる弓がいい。二人とも剣ではバランスが悪いだろう」
ウィラウォルアの勝手な言い分に二人は文句を言いたそうにしていたが無視する。
「よし、まずは国宝の剣を取りに行くか」
「わしは弓を使うのではないのか!?」
「そうだ。だから、その剣を弓に変えるのだ」
「剣を弓に!? 国宝だぞ!!」
「どうせ使わんお飾りの剣だろう? 使っていなかったのだから弓に変えたところで問題はないはずだ。国宝が剣でも弓でも別にどちらでもいいだろう」
「た、確かに一度も使った事などないが、しかし……」
「取ってくるから待っていろ」
人間の王の言葉を遮りウィラウォルアは国宝のある場所へと転移した。飾ってある剣を取ってすぐに戻る。持ってきた剣を人間の王に渡した。
「この剣で素振りを千回するんだ」
「素振り?」
「お前に合う武器にするために必要な事なんだ」
「わ、わかった……」
素振りをはじめる人間の王から離れ、今度は魔族の王にその辺の木から折った枝を渡す。
「この枝に、お前のありったけの魔力を注ぐのだ」
「魔力を?」
「そうだ。出し惜しみせず、全てを注ぐのだぞ」
「ああ」
魔族の王も素直に頷き魔力を枝へと注ぎはじめる。
暫くして、魔族の王はガクリと膝をつく。
「お、終わったぞ……」
魔力切れによる疲労で、魔族の王はフラフラだ。
「よし。これを飲め。MPが回復する」
ウィラウォルアは魔族の王から魔力が込められた枝を受け取る。代わりに、回復薬の入った小瓶を手渡した。「エムピー」とは何だと思いつつ、魔族の王はそれを飲む。
「では、お前の武器を作ってやろう」
手にした枝に、神の力を与える。枝は強い光を放ち、大剣へと姿を変えていく。
「おぉ……っ」
魔族の王は目の前の神々しい光景に感嘆の声を上げた。
「よし、できたぞ。ほら、お前の武器だ」
立派な大剣となったそれを、魔族の王に差し出す。
「これが、我の武器……」
魔族の王は恐る恐る大剣の柄を握る。そして驚きに目を瞠った。
「何だこれはっ……はじめて握るのに、手に馴染んで……。しかも見た目はずっしりと重厚感があるというのに、軽い……」
「お前の魔力が込められているからな。お前が扱いやすいように変化したのだ」
「剣など馴染みがないのに、まるで何十年も使ってきたかのようだ……」
「自称勇者との戦いに備えて、剣の扱いをしっかり身に付けるのだ」
「ああ」
魔族の王は慣らすように大剣をブンッと大きく振るう。
「さて、次は人間の王だな」
ウィラウォルアは素振りを続けている人間の王へと足を向ける。そちらもどうやら終わりが近そうだ。
「九九三、九九四……」
数を数えながら人間の王は剣を振り下ろす。顔も体も汗だくだ。
「九九八、九九九、千……っ」
「よし、もう充分だ。さあ、これを飲んで体力を回復しろ」
ウィラウォルアは人間の王の手から剣を取り、代わりに回復薬を握らせる。
持った剣に、先ほどと同じように神の力を注ぐ。神の力を与えられ、剣は弓へと変化していった。
「うん、これでいいだろう」
剣から弓へと変化を遂げたそれを、人間の王に差し出す。
「さあ、受け取れ。これがお前の武器だ」
「これが……わしの……」
弓から放たれる神聖なオーラにゴクリと喉を鳴らし、人間の王は震える手で受け取った。
「矢は、弓を構えれば出てくる」
「なんと……っ」
人間の王は何もない場所へと弓を構えた。すると魔力で作られた矢が出現する。
「な、何だこれは……弓を射った事などないというのに、手に馴染む……扱い方がわかる……っ」
人間の王も魔族の王と同じように、その使用感に驚いている。矢を放ち、更に感動を深める。
「素晴らしいっ……。剣よりもよほど扱いやすい」
「まあ、その弓はお前の為のものだからな。お前に馴染むように作った特別製なのだ。他の弓ではそうはならないからな」
ウィラウォルアの話を聞いているのかいないのか、人間の王は夢中で弓を引いている。
そうしてウィラウォルアは二人に武器の扱いを慣れさせた。それからしっかり休息を取らせ、体調を万全にして自称勇者の元へ向かった。
自称勇者と人間の王と魔族の王の戦いの様子は映像として流し、この世界の住人に見せている。悪いのは自称勇者ただ一人で、人間も魔族も争い合う必要はないのだとわかってもらう為に。
魔族を襲う自称勇者へと駆け寄る。
「そこまでだ、自称勇者よ!」
ウィラウォルアは声を張り上げた。自称勇者は振り返り、こちらを睨み付ける。
「はあ? 何だ、クソガキ。今何つった?」
「『そこまでだ、自称勇者よ』と言ったのだ」
「はあ? 『自称』? なに言ってんだ、俺は正真正銘勇者だっての」
「お前こそ何を言っている。この世界に勇者など存在しない。勇者など必要ないのだからな」
「必要あるだろ! 魔族っていう危険な化け物がうじゃうじゃしてるんだからな」
「この世界の魔族は危険ではない。お前は自分が勇者となるために、魔族を悪者にしているだけだ」
ウィラウォルアはすう……と大きく息を吸う。そして声を大にして言った。
「よく聞け、この世界の住人達よ! 悪いのは全て、この自称勇者だ! 人間を殺したのも、魔族を殺したのもこいつだ! 人間と魔族が憎しみ合う理由などない! この自称勇者を倒せば、この世界は再び平和になるのだ!」
映像を見ている住人達に向け、ウィラウォルアの声が響く。
近くに控えていた旅の仲間の女性達は、自称勇者を庇おうとはしない。当然だろう。間近で自称勇者の残虐性を見てきたのだ。自称勇者からじりじりと離れていく。
ウィラウォルアは後ろに立つ人間の王と魔族の王に声をかけた。
「さあ、お前達の出番だ。お前達が力を合わせ、自称勇者を倒すんだ」
「もちろんだ」
「任せろ」
人間の王と魔族の王は武器を構え前に出る。腰に布を巻いただけの状態だが、既にそんな事は頭にないのか堂々としたものだ。
「何だお前ら……俺は勇者だぞ……。お前らごときが俺に勝てるわけねーだろ!」
自称勇者も自身の武器である剣を構えた。
「いくぞ、人間の王よ!」
「ああ!」
魔族の王が大剣を振り、大技を仕掛ける。人間の王はその後ろで矢を放ちサポートする。特訓した時間は短いが、二人の息は合っている。
自称勇者の剣捌きは速い。しかしそれらは全て魔族の王の大剣で受け止められ、人間の王の矢で弾かれる。
自称勇者の魔法攻撃は、二人に何のダメージも与えられない。鍛えられた肉体に傷を負う事なく、二人は自称勇者を追い詰めていく。
その戦いぶりをみてウィラウォルアは思った。
二人を強くさせ過ぎたかもしれない。
二人で力を合わせてギリギリ勝てるくらいを想定していたのだが、今の二人は自称勇者を明らかに圧倒していた。
「人間の王と魔族の王がボロボロになりながらもこの世界の為に命懸けで勝つ……という光景を見せたかったのだが……。まあ、負けるよりはいいんだが……少し私の力をサービスし過ぎてしまったか」
ぶつぶつと呟くウィラウォルアの眼前で、戦いは佳境を迎えつつあった。
「ぅおおおおお……!!」
魔族の王が雄叫びを上げ、大剣を振りかぶる。傷だらけの自称勇者はまるで野球のボールのように遠く上空へと放り投げられた。
「はああぁ!!」
空を舞う自称勇者に、人間の王が追い討ちをかける。彼の放った矢が自称勇者の体を貫いた。
遥か彼方まで飛ばされ、自称勇者の姿は見えなくなった。
「よし、もう充分だろう。よくやったぞ、二人とも」
ウィラウォルアは人間の王と魔族の王に労いの言葉をかける。
「あいつは私が回収してくる。お前達は住人へ声をかけてやってくれ」
そう言って、持っていた水晶を差し出す。
「この水晶を通して、こちらの映像がこの世界の住人達へ発信されている。この世界の王であるお前達が、元の平和な世界に戻ったのだと伝えて安心させてやるのだ」
「あ、ああ……」
仕組みがわからず戸惑っていたが、人間の王と魔族の王は水晶を受け取りウィラウォルアの言う通りにする。
ウィラウォルアはその場を離れ、自称勇者のところへと向かった。彼は森の奥でズタボロの状態で倒れていた。気絶している。
「驚いたな。まだ生きているのか」
死なせるつもりはなかったけれど。もう怪我が治りはじめている。この回復力も彼をここに転生させた神が与えた力だろう。
「全く……。こんなヤツにここまでの力を与えるなんて……一体どこの神だ?」
顔もわからない神に文句を言いながら、自称勇者の体に刺さった矢を抜く。
「ぐぁっ……」
自称勇者は呻き声を上げ、傷口から血が吹き出す。ウィラウォルアは無視してロープで彼の体をぐるぐる巻きにした。傷はどうせすぐに治る。
痛みで自称勇者は意識を取り戻した。ロープで縛り上げられている現状に気付き、喚き声を上げてもがく。
「何だこれっ、外せっ、ほどけよっ……クソッ、何で……!!」
「お前の力ではこのロープはほどけないぞ」
「何でだよっ、俺は勇者だぞ……!!」
「それはお前が自分で勝手に言っているだけだろう。この世界に勇者なんていないんだ」
「クソッ、クソッ、何なんだよ、異世界に転生させてやるなんて言って、こんなつまんねー世界に飛ばしやがって……!! チート能力なんて使わなきゃ意味ねーのに、平和ボケしたクソしかいない世界に転生させやがって!! それじゃあ意味ねーだろクソがっ!!」
自称勇者は矢継ぎ早に悪態をつく。
ウィラウォルアは冷めた目で彼を見下ろす。
「そのチート能力を使いたいから、自作自演で人間と魔族を争わせようとしたのか?」
「ああそうだ! このクソつまんねー世界に、俺が刺激を与えてやったんだ! アイツらだって喜んでたんじゃねーか!? 平和が永遠に続くなんて退屈なだけだろ!」
「それはお前がそう思ってるだけだ。この世界の住人は、誰一人、争いなんて望んでいない。そういう考えの者しかいないからな」
「何だよそれ、気色悪ぃ!」
「お前がどう思おうと、この世界はこれでいいんだ」
だってこの世界は、ウィラウォルアが作り出したウィラウォルアの世界なのだから。部外者にとやかく言われる筋合いはない。
「さて、では行くか」
ウィラウォルアはロープの端を掴み、自称勇者を引き摺りながら移動する。彼の文句は無視する。
人間の王と魔族の王の様子を遠くから眺めた。彼らは住人達に囲まれ、感謝や労いの言葉をかけられていた。住人達は皆、再び平和が訪れ笑顔で喜んでいる。
あの様子ならば、さほど時間もかからずに以前の生活に戻れるだろう。
人間の王と魔族の王の頭にある、ウィラウォルアの記憶を曖昧にしておく。今回は異例の事態のため接触したが、彼らはウィラウォルアの存在を知らなくていいのだ。
それから、自称勇者に殺された人間と魔族も生き返らせる。彼らが命を落としたのはウィラウォルアの責任だ。だから全員、蘇らせた。
それらを済ませ、ウィラウォルアは自分のいるべき場所へ帰った。
「ふう……後は、お前を転生させた神を捜して返品しなくてはな」
一息つき、ウィラウォルアはロープの先の自称勇者を見る。
「クソッ、いい加減外せよ!」
「この方が運びやすいからこのままでいてもらう」
「このクソガキ!」
「それより、お前を転生させたのはどこの神だ? 名前は?」
「知らねーよそんなもん!」
「では、どんな外見だった?」
「さーな」
「覚えている特徴は?」
「覚えてねー」
自称勇者は質問にまともに答える気はないようだ。ウィラウォルアは肩を竦める。
「なるほど。では、一柱ずつ訪ねて回るしかないな。何千といる神から捜し出すのは時間がかかりそうだ。暇潰しに、お前の髪の毛を一本一本抜いていくとするか」
「なっ……ふざけんなよ、チビ!!」
「別にふざけてなどいない。まあ、気長に捜すとしよう」
言って、自称勇者の髪の毛をブチッと抜く。どうやら怪我は治るが髪の毛は再生されないようだ。
「待て! わかった、わかったから……!」
自称勇者は焦ったように声を上げる。
「何だ?」
「思い出した、俺を転生させた神の事……っ」
「別に言いたくないのなら無理に言わなくてもいいぞ。時間はあるんだ。運が良ければお前の髪の毛がなくなる前に見つかるかもしれないし」
「言うっつってんだよ!! いいから聞け!!」
「わかった、わかった。そんなに大声を張り上げなくても聞こえるぞ」
ブチッと、再び髪の毛を抜く。小さく呻いた後、自称勇者は静かな声で説明をはじめた。
「っく……。正直、光に包まれてたからしっかりとは見えなかったんだ。でも、女の姿だった。多分金髪で、髪が長かった。それくらいしかわかんねー」
「ふむ。三百くらいまで絞られたな」
「三百!?」
「名前がわかれば一発なんだが」
「知らねーよ。名前なんて聞いてねーし」
「なら仕方ない。では捜しに行くか」
ロープの端を握り、自称勇者を引き摺りながら別の神の元へ向かう。
もちろん、自分の持ち場から長くは離れられない。今度こそ自分の世界を大切に見守り続けなければ。何度も往復する事になるだろう。
でもそれが、神であるウィラウォルアの仕事だ。自分で作り上げた世界を守る。永遠に。




