My wonder
「ねえねえ、ママ。なんで朝は”あさ”って読み方するの?」
「先生!どうしてたし算は+って書くんですか?他の記号じゃダメなのはなぜですか?」
僕は幼い頃からこんな調子だった。何にでも疑問を抱いてそれが気になったらすぐに声に出して誰かに投げかけた。それは食事中でも授業中でもいつ何時でも変わらなくて、とにかく僕は好奇心旺盛な男の子だった。
だから周りのみんなから煙たがられた。クラスメイトからも、先生からも、家族からも。僕に関わる全ての人が僕を心底嫌っていた。
僕はほとんど学校に行ったことがなかったが、高校を卒業して家を出て就職することができた。しかもそこそこの月給で難しい仕事もないという最高の条件だった。そんなある日、いつものように働いていると先輩社員の山岡さんに「おい、黒川。ちょっといいか。」と呼び出された。僕が小走りで行くと、彼は眉間にしわを寄せながら重い口を開いた。
「黒川。お前はこの3か月間、無遅刻無欠勤で真面目に働いてくれてる。心からお礼を言うよ。でもな…。」
彼は一旦口を閉じ、しばらくしてからまた話し出した。
「仕事内容、ちゃんと覚えられてるか?」
僕は山岡さんの問いかけに目を泳がせることしかできない。あまりにも図星だったからだ。僕が下を向いて黙っていると、彼は僕の肩に優しく手を置いた。
「何も黒川のことを責めてるわけじゃないんだ。教育係としてお前を担当することになって、それからお前にちゃんと仕事を教えられたかと思うとよく分からなくてな。だから聞かせてほしいんだ、黒川の気持ちを。」
山岡さんはやっぱり優しい人だ。僕とは5歳差くらいなのにこんなに立派な大人がいるんだと感心してしまう。僕はようやく声を出せたが、「すみません。」としか言えなかった。さすがに怒られるかと思ったが、山岡さんは目の端にしわを寄せてにっこり笑いかけた。
「なんで謝ってんだよ。黒川は悪くないから心配すんなって。でも、これだけは伝えておく。分からないことあったら何でも聞いてくれよ。俺は頼りないかもしれないけど、いつでもとっつかまえて聞いていいんだからよ。」
山岡さんの言葉が僕の心にじーんと響く。その瞬間、僕の頭の中で過去の記憶が走馬灯のように流れてきたー。
「あんたみたいな面倒くさい子、お母さん産まなきゃよかったわ。」
「なんでなんでばっかりうるさいな。これはこれって覚えればそれでいいんだよ。」
「黒川くんには本当にうんざり。もう二度と質問してくるんじゃないよ。」
僕はこう思ったんだ。僕は何も気にしないで生きよう、言われたことだけやって自分からは何もしないようにしようって。僕は絶対に質問しない。そもそも疑問を抱かないようにしないといけない。僕は自分の「なんで?」を全て消すことにしたんだ。
僕はいつの間にか泣き出していた。しかも嗚咽を漏らしながら激しく泣いていた。山岡さんが背中をさすってくれてティッシュまで持ってきてくれた。こんなに優しい大人がこの世の中に存在するなんて、僕は今まで全然知らなかった。
「山岡さん…僕…実は僕…。」
「いいんだよ、黒川。何にも言わなくたっていい。お前がどれだけ苦労してきたか俺には分からないが、すごく辛かったということだけは分かる。」
山岡さんは僕に無理やり話させなかった。彼の思いやりが痛いほど伝わってきて涙が止まらなくなるが、僕は彼に自分の全てを話したいと思った。
「僕…昔から何でも不思議に思っていっぱい大人に質問してたんです。でも、みんなに嫌がられました。いちいちうるさいって毎回言われ続けて。だから僕は質問することを辞めました。どんなに分からなくても、どんなに気になっても、我慢して我慢して疑問を抱かないようにしました。ずっと、ずーっとそうやって努力して…。」
山岡さんは僕の目を真っ直ぐに見てうなずきながら話を聞いてくれた。「しんどかったな。頑張ったな。」と声をかけて僕の背中をさすってくれた。僕の傷を否定せず馬鹿にもしないで受け止めてくれた。
「でも僕、今はこう思えてるんです。」
僕は涙でぐしゃぐしゃの顔を山岡さんに向けた。
「山岡さんになら自分の疑問、聞いてもいいかなって。僕、ようやく1人の大人を信じられそうなんです。」
震える声で言うと、彼は目をうるうるさせながら大きくうなずいた。
「もちろんだよ、俺のことは信じてくれよ。それにさ、何かを不思議に感じることは素晴らしいんだってこと、忘れないでほしい。」
山岡さんの言葉に僕が「はい!」と大きな返事をすると、彼は嬉しそうににっこり笑って見せた。
それから僕の仕事は信じられないほど捗って、仕事内容も正確に覚えられるようになった。「これってなんで?」「どうしてこうなんだろう?」と、”不思議”を見つける感覚を取り戻したのだから。
完
みなさまは「どうしてこうなるんだろう?」と素朴な疑問を持つことありませんか?
私はそういう素朴な疑問ってすごく大切だと思いますし、そういう疑問を大切にして過ごせたらいいなと思っています。疑問を持つって原動力になりますからね!
そんなことなんてどうでもいいと周りに思われたとしても、自分が「なぜ?」と思うことを忘れずに大事にしてあげながら過ごしていきましょうね♪