残高の行方
貯金は私が引き出していた。
なぜ?だって考えてみてほしい。結婚して一緒に住んでほぼ家事を私がして、生活費は折半。なのに『俺生活費減らしていい?』とかいう。そんなやつに家事をしてくれるならいいよと承諾したのがよくなかった。
前からしなかった家事をどんどんしなくなって、さらには自称女友達とかいうなんかよくわからないやつと浮気された。
二人で快適に暮らすための譲歩だったのに、浮気相手と過ごすための条件になってしまっていた。
何度もイヤだと、やめてと、訴えていたのに。
「お前の気にしすぎだって」
そう言われてしまえばどうしたらいいのかわからなかった。
なんで、よくないことをしているのはそっちじゃないの?そう思いながら我慢をしていた。でも。
「今日デートなの」
そう真紀からメッセージがきて、さらにツーショットの写真付きのメッセージがきたとはどうすればいいのかわからなかった。
なんで結婚していると知っている私に言った?なんで私にメッセージを送った?私と結婚して一緒に住んでいることを知っているはずなのにどうして異性と二人っきりでこんなデートスポットに行った?
悲しみ、怒り、困惑、呆れ。それらがごちゃ混ぜになってよくわからなかった。
なのに涙が出る。そんな状態だった。もう自分でもよくわからない。
そんな時に出しっぱなしになっている通帳が目に入った。
貯金をまめにしているようなタイプではないと思っていたが、その通帳には三桁の預金が入っていた。
生活費出し渋っていたのにちゃっかり金貯めてるのかよ!
そう思うともう腹の底の怒りは止められなかった。出しっぱなしの通帳を引っ掴んで銀行へ向かった。そしてATMで今までもらっていなかった生活費を引き出した。
家に帰って、やっちまったと後悔した。でも、これって悪いこと?だって今まで私がもらうはずだったお金を引き出しただけだ。あれ?私何にも悪くなくない?
ここまで考えが進んだところで「ただいま」という声が聞こえてきた。
私は慌てて通帳をバッグに押し込んだ。
「おかえり」
意外と普通な声が出るもんだと自分のことながら感心した。
「どうしたの、こんな時間まで」
「ちょっと考え事してて」
バレないようにしなきゃ、バレてないよね?
そう心の中で汗をかいていた。バレてないよね?
「ふーん。早く寝なよ」
そう言ってお風呂場に行ったのをみて、バレていないとバッグに突っ込んだ通帳を握って確信した。
それから私はお金をどんどん引き出した。生活費を払ってくれない時、イライラした時、真紀と不倫している時。
そんな時にお金を引き出せると、私は自然と優しくなれた。
私はお金をもらっているんだからこれくらいのこと許してあげる、と。
でも、そんな免罪符だったお金がなくなりそうだった時だった。
「パパ活してるの?」
そう聞かれた時にもう潮時だなと思った。お金のことはともかく、やってもいないパパ活のことを疑われたらもう無理だと思い離婚することの考えを固めた。
真紀との不倫のことをつつけば面白いほどに気が動転していた。あんなに好き勝手していたのにどうしてバレていないと思ったのか不思議でならない。
何をどうしてパパ活を疑ったのかわからないが、これが最後だと思ったので伝えた。
「そうなんだ。でもなんでもいいじゃない。これから真紀と結婚できるんだから」
貯金もないし、家のことも何にもできないけど。
それと、真紀がかわいそうだから奨学金とか上限ギリギリのクレカのことは黙っておいてあげるね。