ねこのなはたぬ
わしの名はタヌ。ニンゲンの言うところのネコをやっている。今はこの家の主、つまりはご主人に飼われてやっている。こう見えても昔は野良をやっていた。
飼われたのは忘れもしないあの時だ。ちょうど腹が減ってエサを探してうろうろしていた。そこにいい香りがしてきてちょいと忍び込んだのがご主人の家だったわけだ。そこにあった旨そうなニンゲンのエサが目に入ってな。まるでわしに食べてくれと言わんばかりだったもんで、ついパクっとつまんでおったらニンゲンに捕まった――というわけだ。
ご主人は変わったニンゲンでな……。
「お前面白いな。そんなに食いたかったのか? うちの子になりたいんだな。じゃあそうしてやろう。名前は……たぬきみたいだからたぬきねこ。略してたぬな。いいだろ?」
といった具合にエサを盗った相手なのに怒らないどころか勝手に名前までつけられて迎えられてしまった。だいたいどこをどう見たらタヌキだというのか。
まあいい。ここでの暮らしもだいぶ経つ。たまにご主人の愚痴を聞いて適当な相づちをうっておけば、エサが出てくるんだからそう悪くない。
ご主人が仕事とやらでいないときにはグデっと横になってだらけきった格好をしている。野良をやっていた頃にはカラスに突っつかれることもあったが、ここならそんな心配はいらないから安全だ。
さて、そろそろご主人が帰ってくる時間か。いつもエサと一緒にうまいもんを出してくる。今日はなんだろうか。
――――ガチャッ。
「ただいまー」
ご主人が帰ってきた。出迎えてやらんとな。何やら大荷物を抱えているな。ニンゲンのエサか?
「ナー。ナー」
「はいはい。ちょっと待ってな」
ご主人、疲れたろう。だけどエサをくれ。腹減ってんだ。わしが足の隙間に入ってくるの好きだろう。さあエサをくれ。
「たぬは甘えん坊だな。もうちょっとまっててな」
「ナー」
仕方がない。足下をうろうろしていたらご主人の邪魔になるか。あの椅子の上で待っててやろう。早くするんだぞ。
「たぬはお利口さんだな」
「フー」
当たり前だろう。ご主人のことはよくわかってるんだ。早く片付けてエサの用意をするんだ。
「おまたせ。ここ置いとくからな」
「ナー」
さすがご主人。さあ食べるぞ。
「よく食ってるな。じゃあ自分の分も用意しないとな」
このカリカリとしたものはうまいな。いつ食べてもいいものだ。今日のうまいもんはサカナ味か。うますぎる。もっと食いたい。
ご主人もエサの用意ができたんだな。そっちで食べるから移動させてくれ。
「ナー。ナー」
「ん? ああ。こっちでね。はいどうぞ」
「ナー」
さみしがり屋のご主人。一緒に食べてやらないとな。
「たぬー。今日も仕事大変だったんだよ。聞いてくれるか? 今日も部長がな――」
ご主人の愚痴が始まった。仕方がない。聞いててやるか。飽きたら寝るだろうし。
「ナー。ナー?」
「わかってくれるか? そうなんだよ。明日も大変だ。早く……寝とかないと……」
「ナー」
話してる途中だろう。ちゃんと終わってから寝るんだな。ご主人は仕方のないやつだ。寝床まで連れてってやるから起きろ。
「ナー!」
「……んあー。わるいわるい。布団までいかないとね。今日もありがとう。たぬ」
もう少しで引っ掻くところだったぞ。さあ寝ろ。明日も仕事とやらとエサの用意をがんばるんだな。
「すー……。すー……。たぬー……」
寝たか。朝は起こしてやるから安心しろ。さみしいだろうから朝まで一緒にいてやる。しっかり休め。まったく。わしがいないとダメだなご主人は――。