第8話 秘密基地
「雄吾さーんっ! お弁当ですっ!!」
陽菜は両手に弁当袋を持ち、笑顔でこちらにやってきた。周りにいるクラスメイトは驚いた様子で陽菜のことを見ている。入学したての一年生が三年生の教室に来るなんて、なかなか度胸がないと出来ないことだと思うんだが。
「んー? 何をぽけーっとしてるんですか?」
「お前……今度は何の用なんだ?」
「だからっ、お弁当です! 一緒に食べませんかっ?」
陽菜は右手に抱えた弁当袋をこちらに突き付けてきた。……コイツ、俺の分まで昼飯を用意してたのか? 今朝、俺の家に突撃してきた時からそのつもりだったってことだよな?
気持ちは有難いが、そもそも昼飯は既に買ってある。それに、俺と一緒にいれば迷惑がかかるだろう。陽菜はそれでもいいと思っているのだろうが、こちらとしてはそうもいかない。
「悪いけど、飯はもうあるんだ。別に気を遣わなくていい」
「えーっ、そうだったんですか? そんなあ……」
陽菜は露骨にがっかりとした。さっさと自分の教室に戻って、同級生たちと仲を深めた方がいいんじゃないかと思う。俺なんかに構う必要はないのだ。
「一年の教室に戻りな。その弁当はクラスメイトにでも食べさせてあげるといい」
「……そうじゃないのに」
「ん?」
「あのっ、そしたらせめて一緒に食べませんかっ?」
「いいよ別に。一緒にいられるのを見られたら、お前が――」
「大丈夫です! 私、いい場所を知ってますから!」
***
教師たちに見つからないよう、埃っぽい階段を上がっていく。電気もついておらずただひたすらに暗い。俺を先導する陽菜は、二つの弁当袋と――鍵を持っている。……久しぶりだな。
「これも紫苑から聞いていたのか?」
「はいっ! 鍵の隠し場所を教えてもらったので!」
アイツは妹に何を教えこんでいるんだよ、などと苦笑した。家の場所を知っていた件といい、もしかして紫苑は結構俺のことを陽菜に話していたのかもしれないな。
今から行くところは、俺たちの逢瀬の場所だった。常にクラスの人気者だった紫苑は、俺と二人で静かに過ごせる場所を探した。使われなくなった守衛室にたまたま置き去りにされていた鍵を見つけ、いたずらっ子のように喜んでいたのをよく覚えている。
やがて俺たちは階段を登り切った。後は重い重い扉を開けるだけ。
「えへへ、初めて来ます……!」
陽菜はずいぶんと楽しそうだ。きっと秘密基地の候補地を見つけた小学生のような気分なんだろう。
「じゃ、開けますよー!」
「ああ」
ゆっくりと、陽菜がドアノブに鍵を差し込む。ガチャリと音が聞こえた後、隙間から眩しい光が差し込んできた。思わず目を閉じる。
「すっごーい……!」
「おお……」
そっと目を開けると、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。そこに広がっていたのは、ただ柵に囲まれただけの空間。コンクリートの無機質な床が、俺の記憶を呼び覚ましていく。そう、ここは――かつて紫苑と共に過ごした、校舎の屋上だ。
「わー、結構広いんですねー!」
陽菜はスキップするように飛び出していく。本当に懐かしい。二人で、二人だけの時間を費やした場所。思い出がたくさん――
――待ってたよ、雄吾!
「……へっ?」
一瞬、紫苑の声が聞こえた気がした。ハッとして目を見開くと、屋上の中央にまさしく紫苑が――
「雄吾さん、早く来てくださいっ!」
……いるわけない、か。俺は自嘲するように笑って、右足を前に出す。
「ああ、行くよ」
爽やかな春の風が、俺の側を吹き抜けていった。