第4話 繋いだ手
陽菜はスキップをするように、軽やかに足を進めていく。何度見ても紫苑にしか見えないな。
そういえば、どうしてコイツは俺の家を知っていたのだろう。紫苑は俺の家の場所を知っていたはずだから、教わったのだろうか。
「なあ、どうやって俺の家を知ったんだ?」
「お姉ちゃんとここらへんを歩いてたときに、『ここが雄吾の家なんだー』って言われました!」
「なるほどな」
思った通りだな。しかし、紫苑と陽菜にそんな会話があったとは意外だ。かつて紫苑と会話をしていたとき、陽菜が話題に上がったのは一度くらいしかなかったから、疎遠なのかと思っていた。
ふと周りを見ると、同じく登校中の生徒たちの姿がちらほらと目に映った。あと数分で学校に着くところだな。……そういや、いつまで俺たちは手を繋いでいるんだ?
「お、おい」
「なんですかー?」
「もういいだろ、手」
俺は右手を振り払おうとする。が、離れない。
「へへーん、駄目ですよっ」
「ちょっ、みんな見てるだろ」
「な~に言ってるんですか!」
陽菜は右手を掴んだまま、そっと俺の側に寄ってきた。そして耳元に顔を寄せ、一言。
「雄吾さん、お姉ちゃんと手を繋いで登校してたんですよねっ?」
「!?」
予想外の言葉に、思わず陽菜のことを突き飛ばしてしまいそうになる。なんだか過去の黒歴史を急に思い出させられたようで、冷や汗が出てきた。な、なぜコイツがそれを……!?
「あ、あれは! 紫苑がいろいろ言うから……!」
「あはは、本当だったんですね!」
「しかも一回だけだ! 毎日毎日手繋いでたわけじゃねえよ!」
必死に弁明をして、なんとかこの場を収めようとしたのだが、陽菜は聞く耳を持たない。むしろ、陽菜は俺の手を握る力を強めてしまう。
「別にいいじゃないですかっ! お姉ちゃんと手を繋げるなら、私とも繋げますよね?」
「そ、それはっ……紫苑とは付き合ってたからだ! お前とは何もないだろ!」
「あっ!」
隙を突き、一気に右手を振り払った。陽菜は目を丸くして驚いていたが、やがて俯いて黙り込んでしまった。
そもそも会ったのは二回目なのに、初っ端から手を繋いでいたほうがおかしいんだ。勝手に紫苑の面影を見出して、差し出された手を握ってしまった俺も悪いと言えば悪いのだが。
「……そうですよね。ごめんなさい、雄吾さん」
「いや……別に、分かってくれればいいんだ」
思った以上にしょげてしまったようで、なんだか気まずい。けど、コイツはやはり陽菜であって紫苑ではないんだ。
たしかに、さっきは久しぶりに紫苑と再会したような気がして浮かれてしまった。だから手を繋いだし、一緒に登校もした。だけど……。
「あの……雄吾さん」
「なんだ?」
「やっぱり、ご迷惑ですか?」
陽菜は顔を上げ、じっとこちらの目を見ていた。うっすら目元に光るものがあるようにも見える。紫苑がこういう表情を見せることはなかったから、少し不思議な気分だ。
「別に……迷惑だなんて言うつもりはない」
「ほ、本当ですか?」
「けどな……」
陽菜に対して、周りを見回すように促した。他の生徒たち――特に三年生――が怪訝な顔で俺たちのことを遠巻きに眺めている。
「お前が俺に恩を返すだのなんだのは好きにすればいい。ただ、俺はこういう立場なんだ」
「これって……」
「二年前からずっとこうなんだ。俺とつるめば、お前だってこうなる」
俺に関する噂話が絶えることはない。紫苑は学年でも目立つ存在だったから、二年前の出来事は皆にとっても衝撃的だったのだろう。
別にいじめられたり嫌がらせを受けたりしているわけではない。が、煙たがられているのは間違いない。どうして陽菜が「恩返し」しようとしているのかは知らないが、このことを理解していなければいずれひどい目に遭うだろう。
俺は視線を戻し、改めて陽菜のことを見る。……ってあれ、なんだかきょとんとしているな。そんなに変な話だったか――
「それがどうかしたんですか?」
「……えっ?」
何も気にする素振りを見せず、陽菜は再び手を差し出した。そして……笑顔で、一言。
「私、あなたに恩を返したいだけなんです。行きましょう、雄吾さんっ!」
どうして……どうしてここまでしてくれるのか。本当に分からない。けど、目の前の少女は――二年前に俺を照らしてくれた、紫苑と酷似して見えた。
「……行こうか」
掴んだ手から、ほのかな温かみを感じた。