第2話 妹
「お久しぶりですっ、雄吾さんっ!」
目の前に立つ少女は、たしかにそう言い放った。茶目っ気あふれる動作は、まさしく二年前に俺が愛した紫苑そのもの。
何が起こっているのか理解できず、ただただ立ち尽くしてしまう。俺の前からいなくなったはずの紫苑が、俺の目の前に――
「あれー? 私のこと、覚えてないですかー?」
少女は身をかがめるようにして、首をかしげて俺の顔を見上げていた。鞄を体の後ろで持ち、じろじろとこちらを眺めている。
「お前……誰だ?」
端的に、疑問をぶつけてみる。見た目は紫苑だ。本当に俺の前に現れてくれたのか? あの時消えたと思っていた、心から愛していた彼女が――
「私の名前は藤田陽菜! 紫苑お姉ちゃんの……妹ですっ!」
「ッ……!」
ニコリとほほ笑む陽菜に対して、俺の顔は少し歪んだ。紫苑じゃなかった。紫苑が帰ってきた、ほんの少しそう信じたのに――違った。
「……それで?」
「この度、雄吾さんと同じ高校に入学しまして! 後輩になりましたーっ!」
陽菜はふふんと胸を張った。そうか、妹か。随分と……紫苑とそっくりに育ったものだな。姉妹というのはこういうものなのだろうか。
そういえば、さっき「久しぶり」と言ったよな。どこかで会ったことがあるということか? ……ああ、そういえばあったな。
「思い出したよ。紫苑と初めて話した時、一緒にいただろう?」
「覚えていてくれたんですねー! はいっ、その時にお会いしましたー!」
陽菜はニコニコと笑顔を絶やさず、真っすぐにこちらの目を見つめている。俺は……俺は、「死んだ彼女の妹」に対してどんな態度をとればいいのか分からなかった。
あまり思い出したくもないことだが、紫苑が死んだのは俺のせいでもある。陽菜からすれば、俺は「肉親を死に至らしめた原因」ということになるはずだ。
それなのに、コイツは何をしに来たのだろう? 紫苑の死を責める? だったらこんな笑顔でいるのはおかしい。本当に何が目的なんだ?
「あの、どうしたんですかー?」
「何が?」
「さっきから難しい顔してるなーって。私、何か変なことしました?」
陽菜は人差し指を口元に当てて、首をかしげていた。変なことはしていないが、この状況はどう見たって変だ。
「別に変なことはしていない。ただ……聞きたいことがある」
「はいっ、暗証番号でもスリーサイズでも何でもお答えしますっ!」
「そんなこと聞きやしないよ」
こういうところは姉譲りといったところか。こほんと咳ばらいをしてから、改めて問いかける。
「お前……何しに来たんだ?」
俺がそう尋ねると、陽菜は目を見開いてきょとんとしていた。まるで俺の問いかけが愚問だと言わんばかりにクスリと笑い、いたずらっぽく口を開く。
「雄吾さんをお誘いするためですっ!」
「お誘い? 何に?」
「それは……」
首をひねっていると、陽菜に空いた右手を掴まれた。そのまま力強く引っ張られて、通学路の方へ導かれていく。
「な、何するんだよ!?」
「私と一緒に――」
陽菜はまた無邪気な笑顔を見せた。俺の手を引いて、自分の世界に引きずり込んでいく少女。それはまさしく、二年前に見た光景で――
「学校、行きませんかっ?」
胸が、高鳴った。