第1話 再会
彼女は写真の中でいつも笑っている。ずっと変わらないその表情を目にするたび、今日こそ教室に現れるんじゃないかと期待してしまう。
「行ってくるね、紫苑」
机上にある写真立ての輪郭をなぞりながら、いつも通りの挨拶を口にした。少し乱れた学生服の襟を正して、リュックサックを背負う。部屋の扉を開け、暗い廊下に出た。
タンタンと音を立て、階段を下りていく。昔から階段を下りるのは苦手だ。手すりを掴まなければ地球の底まで落ちていってしまいそうな気がする。段と段の境目を見つけながら、自分の足をそろそろと動かした。
一階に下りた後は、居間を横目に玄関へと向かう。ダイニングテーブルに置かれたままの一汁三菜に申し訳なく思いつつ、心配そうな母親の視線を振り切って歩くのだ。
玄関に着いた。少し斜めになったスニーカーの向きを直して、右足を入れる。靴紐が少しほつれていたけど、結び直そうという気力はない。左足も履き終えると、踵で床を蹴って無理やり馴染ませた。
扉の窓から僅かに日が差し込む。外の世界は眩しい。瞳孔をいっぱいに開いて紫苑を探す自分にとって、陽の光はあまりに強い刺激だった。
俺の彼女、藤田紫苑は二年前に死んだ。忘れもしない、高校一年生の夏の日。紫苑は来るはずの待ち合わせ場所に現れなかった。
紫苑は最高の彼女だった。無邪気な笑顔と予想もつかない言動が、俺の心を捕らえて離さなかった。
俺は紫苑のことが好きだった。いや……好きだ。心のどこかで、今も紫苑のことを待ち続けている自分がいた。
紫苑が消えてから、ずっと暗闇で彷徨い続けている。他のものに救いを求めることもあったけど、何を頼っても懐中電灯の代わりにすらならなかった。俺は世界を恨んだ。だけど、世界のせいにする自分のことはもっと恨んだ。
「ふー……」
息を大きく吸い込み、吐きだした。高三の一学期が始まり、今日でちょうど一週間。新しい教室にも慣れた。怖いものなど――多分、ない。扉に手をかけ、ゆっくりと開く。
「……ん?」
家を出た先、門柱の陰に誰かいる。あの制服は……うちの高校の生徒、しかも女子か。新入生? 人の家を勝手に待ち合わせ場所にしないでほしいんだが。
女子はショートヘアをしていて、僅かに髪飾りのようなものも見える。鞄を体の前に持ち、門柱にもたれるようにして立っていた。
注意しようか……いや、面倒ごとに巻き込まれても嫌だな。ここはさりげなく通り過ぎることにするか。そう思って玄関の扉を閉めると、ガチャリと音がした。
「あっ、来た!」
その音に反応するようにして、陰に立っていた女子が声を上げた。「来た」ってなんだ? 道の向こうからお友達がやってきたのだろうか。
俺は思わず右を向いて、誰かいるのか探してしまった。生垣の隙間からは何も見えない。なんだ、違うのか――
「へっ……?」
視線を戻した先には、一人の少女が立っていた。長い足、真新しい制服、茶色の手持ち鞄。子どものような無邪気な笑顔に、右手で髪をかき分ける仕草。照れ臭そうに頬を赤く染める様が、俺の心に突き刺さった。
俺は夢でも見てるのか? 二年前、消えたはずじゃなかったのか? 俺は、お前を――探し続けていたんじゃなかったのか?
「紫苑……?」
「お久しぶりですっ、雄吾さんっ!」
この日、俺は――紫苑と「再会」した。