表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

5.誤差


気がつくと、オフィーリアは誰もいない教室にいた。


教室で一人、アイリスの机の前に立っている。

机の上にはノートが置いてあり、「アイリス・ミミリー」と可愛らしい文字で名前が書かれていた。


書かれたアイリスの名前を見ながら、『なんて幼稚な文字を書く女なのかしら。文字が品格を表すと言うけど、その通りね。ギリギリ貴族の男爵家らしい字だわ」と、悪役令嬢らしい思いが自然と湧き出てオフィーリアは嬉しくなった。


『今回こそ成功ね』と口元が緩む。





そこにまたピロン♪と柔らかな電子音が鳴り、目の前に台本が現れた。



“誰もいない教室に忍び込んだオフィーリアは、アイリスの机の上にノートを見つけた。

ノートには幼さを残す文字で「アイリス・ミミリー」と名前が書かれている。


『なんて幼稚な文字を書く女なのかしら。文字が品格を表すと言うけど、その通りね』と、オフィーリアは侮蔑の色を滲ませて醜悪に笑った。


オフィーリアはノートを掴むと、迷いなくビリビリに破って、机の上にばら撒いてやる。

これでアイリスは、課題をクリアする事は出来ないだろう。


今日オフィーリアは、すでに学園を早退している事になっている。誰もオフィーリアが犯人だと気づけるわけがない。

「いい気味よ」と小さく呟いて、オフィーリアは教室を足早に立ち去った”






『楽勝ね』と、オフィーリアはすでに自分の成功を確信してニヤリと笑う。


どうやら今回は、誰もいない場所で、目の前のアイリスのノートをビリビリに破ってやればいいだけらしい。


早速ノートを手に取って、何気にパラパラと中を見てみると、ノートには文字がビッシリと書き込まれていた。子供っぽい幼稚な文字だが、とても丁寧にまとめられていて分かりやすい。


『これを書き上げるのに、アイリスさんはどれだけ頑張ったのかしら……』と、オフィーリアの良心がチクリと痛んだ。


課題の提出期限は今日だ。

アイリスは特待生でもあるので、成績を落とせば授業費を払う事になり、ミミリー家の家計に響くかもしれない。

なんせ彼女は、学費程度もまともに払えないくらいの、ギリギリ貴族に乗っかっているだけの、貧しくチンケな男爵家なのだから。


オフィーリアは、文字が書き込まれたノートをビリビリに破く勇気が出なかった。


躊躇しながら『そうだ!』と思いつき、オフィーリアは自分のカバンをゴソゴソと探り、ほぼまっさらなノートを取り出した。


オフィーリアは勉強が嫌いな方だった。

大した事を書いていないノートなど、破ったところで痛くも痒くもない。

――現実の世界の私だって勉強が嫌いだが。


『細かく破ってしまえば、誰のノートかなんて分からないわよね』と、オフィーリアは一心不乱に細かくノートを破って見せた。それはシュレッダーにかけたような細かさだ。


アイリスの机の上に、こんもりと山になったビリビリのノートを見て、オフィーリアは達成感に満たされた。


「指が痛いわ……」と小さく呟いて、オフィーリアは教室を足早に立ち去った。



教室を出た瞬間、周りの景色がフェードアウトしていく。

『今回は上手くやったわ』と、オフィーリアはガッツポーズを決めて、スッキリとした気持ちで次のシーンを待った。







気がつくとオフィーリアは庭園の片隅に立っていた。

少し離れたところにいるレオリックを見つめているところだった。


『また次のシーンが始まったわね』と思った時、「ノートビリビリ事件」のその後の騒動が、記憶としてオフィーリアの頭の中に流れ込んだ。



あの日誰にも見つからずに教室を出たオフィーリアは、結局誰にも見つかる事なく学園も出ていた。


翌日意気揚々と学園に向かったオフィーリアは、「ノートビリビリ事件」が大きな騒ぎになっている事を知った。


アイリスの机の上にビリビリに破かれたノートが置かれていたが、破かれたノートは「自分の物ではない」とアイリスが証明したようだ。

――『本当にあの女は余計な事をする女だ』と、オフィーリアは舌打ちをしたい気分に駆られた。



「こんなに細かく破るなんて、このノートの持ち主によほどの怨恨を持った者の仕業に違いない。一体誰の物だ」と騒然となったようで、生徒会で調査されたようだ。

細かく破られたノートの破片から、オフィーリアの家――エディス侯爵家の家紋をレオリックが目ざとく見つけたらしい。



「必ず犯人を見つけて、社会的制裁を与えてやるから安心して。目ぼしい者が何人かいるんだ。疑わしい者はこの際処分しておくよ」


心配そうにオフィーリアに声をかけながらも、暗く目を光らせたレオリックに、オフィーリアは震えた。


『疑わしい者って誰よ?!犯人は私なのよ!』と心の中で叫ぶ。


冤罪で誰かが処分されるなんて耐えられない。

それに処分される者によっては、物語の筋が大きく変わってしまうかもしれない。



「私なの……。アイリスさんがレオリック様に近づきすぎるから、アイリスさんを脅すために私が自分で破ったの……!だから誰の事も処分したりしないで。犯人なんていないのよ」


震える声でレオリックに必死に訴えると、「君はどこまで優しいんだ……」とレオリックに抱きしめられた。



心臓が跳ねてドキドキして、『ドキドキしてる場合じゃない!』とハッと気がついた。


「お願い!誰の事も処分しないで!誰の運命も変えないで……!」


「オフィーリア、僕が犯人を制裁してやりたいだけだ。オフィーリアのせいじゃない。だから泣かないで」


抱きしめられている手に力が込められた。

こんな時でもドキッとしてしまう自分と、通じない思いに、オフィーリアは涙が止まらなかった。





「ノートビリビリ事件のその後」の記憶が流れ込んだオフィーリアは、「なんて事……!!」と恐怖に震えた。


いくらこの物語のあらすじを知らないからといっても、この流れは明らかに間違っていると確信が持てる。


物語の筋を変えたら、オフィーリアはこの世界の登場人物に認定されて、元の世界に戻れない。

元の世界の私の部屋の家賃だって払えない。


物語が変わり始めている気がした。


『もう誰にも情けなんて見せないわ。これ以上失敗したりしない。これ以上失敗したら終わりだわ……!」


震える手をぎゅっと握りしめて、オフィーリアは台本が現れるのを待った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ