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2.初対面


ピロン♪と柔らかな電子音と共に、目の前に私しか見えない台本が現れた。



“オフィーリアは婚約者となったレオリックに、妖艶に笑いかけた。


「ふふ。私、レオリック様の事をずっと愛していたのよ。ねえ、私の気持ちに気づいていたんでしょう?」


顔を合わせたのは初めてだったが、『美人だが、高慢で自己中心的な女』だという悪女オフィーリアの噂は、レオリックも聞いていた。


「……エディス家の、我がウォルシュ家の援助に感謝しています。――婚約者となったあなたに愛を返せるよう、私も努力しましょう」


『やっぱり噂どおりの女のようだな』と思いながら答えたレオリックの声は、冷たく温度のないものだった”




いよいよ始まった。


ここはオフィーリアの屋敷の応接室で、婚約者レオリックとの、初顔合わせの場面だ。


オフィーリアのエディス侯爵家と、レオリックのウォルシュ侯爵家は、侯爵という身分こそ同じだが、エディス家はさまざまな事業分野で成功を収めている裕福な家である。

この婚約は、容姿端麗のレオリックを見染めたオフィーリアが、父親に頼んで無理に結ばせた婚約だった。


今は、オフィーリアが早々に使用人を下がらせて、レオリックと二人きりになっているはず。



『緊張する事なんてないわ。私はもうオフィーリアよ。私は私らしく振る舞えばいいだけ』


オフィーリアである私は緊張で高鳴る胸を押さえて、テーブルを挟んで座るレオリックに目を向けた。



―――ヤバい。


顔がいい。

悪役令嬢のオフィーリアが目をつけた男だけある。

金髪碧眼の王子様顔なんてヤバすぎる。


レオリックは、この小説のヒーローらしく抜群に見目の良い男だった。


顔が凶器だ。

目を合わせてはいけない。目を合わせたら、オフィーリアのセリフが言えなくなってしまう。



オフィーリアは焦点をレオリックの顔の横にずらしてながら、自分の言うべきセリフを口にする。


「ふ、ふふ……。私、レオリック様の事、ずっとあ、あ、あ、……」


震える声で話し出したが、「愛してる」が言えない。


「愛してる」、なんて……!

「好きです」ならまだ言える。「お慕いしています」もまだ大丈夫だ。

その言葉には爽やかさがある。


だけど「愛してる」だなんて。

そんな深い愛情を伝える言葉は恥ずかしすぎる。


いやいやいや。

落ち着け、私。落ち着け、オフィーリア。


私は悪女。

派手系美人の、高慢で、残酷で、男好きな悪役令嬢のオフィーリアだ。

「愛してる」なんて、いつもの言葉だ。オフィーリアにとっては、深い意味なんてない言葉なのだ。


オフィーリアは『女は度胸!』と気合をいれて、スゥと息を吸ってセリフを吐きだす。


「あ、あ、あ……愛してますっ!わ、私の気持ちに気づいて……くれませんか……?」


叫ぶように勢いよく出した言葉は、最後には消えいるような声になってしまった。

……レオリックに聞こえただろうか。



チラッとレオリックの顔を見ると、驚いた顔でこちらを見ていた。


反射的にグルン!と顔を背けてしまう。


ヤバい。顔がいい。見ちゃダメだ。

こんな超絶素敵な人に、初対面で「愛してる」なんて言ってしまった。

身の程知らずもいいところだ。


かああっと身体中が燃えるように熱くなって、何も考えられなくなり、顔を背けた先に見える絵画をじっと睨みつける。


お願いだ。

早く次のセリフを言ってほしい。


『このシーンの私のセリフは終わったわ。次はレオリック様の番なのよ。お願い……!!』


心の中で強く祈りながら、オフィーリアは恥ずかしすぎて涙が滲んできた。

ここで泣いてはいけない。

『ここはそんなシーンじゃない』と、膝に乗せた手をぎゅっと握りしめて、レオリックの言葉を待った。




「……エディス家の、我がウォルシュ家の援助に感謝している。――婚約者となったあなたに愛を返せるよう、僕も努力しよう」


永遠にも感じるくらいの時間が流れた後、やっとレオリックが言うべきセリフを話してくれた。


ホッとしてまたチラッとレオリックを見ると、彼の瞳が優しかった。少し微笑んでいるようにも見えるその顔は、破壊力が半端ない。

またグルンと顔をそらしてしまう。



「あの……よろしくお願いします……」


このシーンでのセリフはもうないはずだが、間が持たなくて、顔の火照りが引かないままに、壁にかかる絵画に向かって言葉を返して―――ハッとした。


余計な言葉をつけてしまった。

『間違えた!』と思って青ざめた時、画面が変わるのを感じた。

周りの景色がフェードアウトしていく。


どうやら無事に初演技を終えることが出来たと、オフィーリアはホッとする。

だけど『あれ?』と違和感も覚える。




“答えたレオリックの声は冷たく温度のないものだった”


見えた台本はそう書いてあったが、今聞いたレオリックの声のトーンに、冷たい印象は受けなかった気がする。


『気のせいかな?……気のせいだよね』と、変わっていく目の前の景色に、オフィーリアはフウッと息を吐き出した。


出だしは好調だ。次も頑張ろう。





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