表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

聖女はやさぐれた

作者: 薄霞

難しいことは考えず読むタイプの短編です。


「うわあぁぁぁんんっ!! 愛が、欲しい!!!」


 机に顔を伏せ雄叫びを上げている彼女の名は――エミリア・ヴァレンタイン。

 なんと、この国の聖女である。


「愛はどこにあるんだぁぁぁぁ!!」


「……そこのお馬鹿さん。こんなところで喚かないで欲しいのだけど」


 辛辣な言葉を吐いたのは、エミリアの双子の姉であるアリシア・ヴァレンタイン。

 今も煙たがるようなしかめ面でエミリアを睨んでいる。

 だが、アリシアがパーラーで寛いでいるところにいきなり入室してきたかと思えば不審な行動を連発する妹には、弁解の余地はないのかもしれない。

 王都にあるタウンハウスには、彼女達の両親の姿はない。領地で問題が起きたらしく、今は二人ともそちらに滞在中だ。

 とは言え社交期間は過ぎてそろそろ戻ろうか、と話していたところだったので、戻ってくることはないだろう。


「それで? ……元から残念な貴女の中身がさらに衰えるような出来事があったのでしょ? 今なら聞いてあげるから話してみなさいな」

「毒舌だけどやさしぃ……あのね、今日も今日とて私の周りには愛が溢れていたのよ。右を向けばカップルのイチャコラ、左を向けば告白現場。歩くだけで浮かれたやつらに遭遇する日々に私の涙腺は崩壊寸前よ」

「それの何が泣きたくなるほどのことなの? 平和でいいじゃない。貴女のおかげもあるでしょうし、誇りなさいな」

「……私自身には無くても? 愛が無くても?? ねぇねぇねぇねぇねぇ!!」

「貴女、今日はいつもより鬱陶しいわね……」


 エミリアは急激に距離を近づけて、拳一つ分の至近距離で責め立てる。アリシアの顰めっ面が戻った。一瞬引っ込んでいたのに。

 それでもエミリアの口は止まらなかった。


「聖女は別に生涯独身を貫くとかの決まりもないんだよ!? なんなら私、優良物件でしょ? それなのにっ……なんで婚約者の一人や二人いないの〜〜!」


「二人いたら問題よ」


 この国に一夫多妻や一妻多夫の制度はない。

 アリシアの冷静なツッコミに、怯むことなく暴走していく。


「教会でも既婚の司祭はいるし、先代の聖女様も既婚者!! なんなら処女であれとかの法律もないわ! つまり、ヤってもいいということよ!!」


「イメージを著しく損なう発言はやめなさい」


 諸外国にも名が届く聖女であるエミリアが、そのような発言をするのは様々な方面で問題である。

 聖女とは――癒しの祝福を持ち浄化をする女性のこと。そして平和の象徴でもある聖女には、清廉なイメージが根付いているのだ。

 癒しの力が使えることから連想されたのか分からないが、少なくとも善良な市民達は清廉潔白純情可憐な聖女を求めている。

 聖女とはそうであれ、そうだろう、と思っている。

 少なくとも、昼間からピーピーギャーギャー騒ぐ女が聖女だとは露ほども思っていないだろう。


「だって! 私を置いて、周りがどんどん婚約済みになっていくのよ! この辛さが分かる? まぁ、婚約者のいるアリシアには分からないと思うけどね!」


 この国では貴族は貴族としか結婚出来ない。しかも結婚が早い。

 その為、貴族の義務である三年の学院生活で自身の結婚相手を選ぶ人が多いのだ。というか、優良物件はそこで売り切れるだろう。

 聖女が相手を見つけられなかったなんてことになれば、滑稽だと笑われそうだ。絶対に溢れ者にはなりたくない。

 エミリア達はもうすぐ三年となる。つまり残された時間は一年だ。

 その間に好ましい殿方と結びつきたい。エミリアは今すぐにでも恋人が欲しい。だって――


「で? 結局何が言いたいの?」

「恋愛したい。婚約者とイチャイチャな学院生活を送りたい。愛されたい」

「……はぁぁ」


 エミリアは一息で自身の欲望を言い切った。

 面倒そうにため息をつくアリシアに盛大にむくれる。


「しょうがないじゃん! そもそも親も姉もラブラブで、私だけ相手がいないことも影響を与えてるんだからね! はぁぁ……絶対聖女の肩書きのせいで、逆に近付きがたいと思われてるんだよ。聖女ってモテるはずでは?」

「エミリアのことを好いている人がいると仮定しても、肩書き程度で怯むなら大したことのない好意だからそいつはやめなさい。それにどちらかというと、聖女の肩書きがある方が男は食いつくと思うわ。つまりモテない原因は――エミリア自身よ」

「うわぁぁぁん!!!」


 再び机に突っ伏して泣いた。今度は割とガチ泣きだ。


「もう政略結婚でもいいからぁ……演技でもなんでもいいから、私を愛してほしいっ………………嘘ですぅ! ちゃんと恋愛したいぃぃぃ!」


 使用人に用意させた菓子を口にしつつ、アリシアは至極真面目に回答する。


「……聖女の婚約者は、様々な方面の影響を考えて選出されるのが常だった。でもエミリアには猶予がある。猶予は学院を卒業するまで……その時間を必死に掴み取ったお父様達に感謝しつつ、悪い男に捕まらないように男漁りしなさいな」

「はぁーい……」


 エミリアはしわしわと表現したくなるような顔で返事をした。


「あぁ、この後オーウェン様が来てくださるの。夕食も召し上がっていく予定だから、そのみっともない顔と髪は侍女に直してもらいなさいな」

「なにそれ聞いてない! くそっ当てつけか! お家デートなんて、全然羨ましくないんだからっ!」


 ――嘘だ。心底羨ましい。

 エミリアはぶるぶると震えながら嫉妬の涙を流すと、捨て台詞を言い残して去って行った。実に哀れな後ろ姿だ。

 もう届いてないとは分かりつつ、アリシアは妹に苦言を呈した。


「聖女がくそ、なんて言葉使わないでよ……はぁ、最近の貴女は心ここにあらずだったから忘れてると思ったら、案の定だったわ」


 アリシアは自身も動き出した。もうほとんど出迎えの準備は済んでいるが、お茶だけはまだしていないのだ。小休止していたら突然エミリアが入ってきた為に。

 あと少しで訪ねてくるだろう婚約者のことを思い、エミリアによって損ねた機嫌は上を向いた。




「でね〜マーガレットにも恋人が出来て、いつものグループで私だけ相手が居ないの!」

「……まぁ、他人を気にし過ぎてもよくないかと……」

「あまり私の婚約者様を愚痴に付き合わせないで欲しいわ。返答に困ってるでしょ」


 夕食も間近なこの時間。かわいそうなことにアリシアの婚約者であるオーウェンは、ただいまエミリアの不平不満を聞く役として拘束されていた。

 背丈が高く強面なオーウェンは、一見話しづらい雰囲気を持つが、話してみると清廉潔白な気のいい男だ。そんな彼なので、いつも巻き込まれている。


「愚痴らないとやってられないの! それに話をすることで良い男を紹介してもらえるかもしれない!」

「あはは……」


 どうしよう……と言いたげな目を向けてくるオーウェンに変わり、心底呆れた目をしたアリシアがエミリアに真実を突きつける。


「――貴女が一歩踏み出さない限り、誰も動かないわよ」

「私からはなんか……っ恥ずかしいじゃない!」

「そう言って女子生徒としか話さないから悪いのでしょ」

「うっ、おっしゃる通りです……」


 エミリアは男性を前にすると、異性への免疫がないせいで省エネモードのようになってしまうのだ。こんなにも恋愛に飢えながら、ひたすらに受け身なのである。

 恋もなにも生まれないのは、エミリア側に原因があるとしか言えない。だから、アリシアはずっと呆れているのだ。

 しょぼしょぼな顔になってしまったエミリアの為に、オーウェンは話題を逸らす。


「では、最近話題になっている占い師はご存知ですか?」

「占い師……?」

「はい。王都の東地区に出てる店の女性占い師で、よく当たると話題になっている方です」


 オーウェンは職業柄、結構顔が広い。この国では騎士の業務は多岐に渡り、仕事で得た情報は貴族社会から民衆の間に流れる噂話まで豊富に持っているからだ。

 彼は今代の聖女の縁者になるということで、今は護衛兼学院の警備を担っているが、少なくともエミリアよりは世情に詳しい。

 そんなわけで、彼の持つ情報は信頼できる。エミリアは笑顔を取り戻した。


「へぇ〜行ってみようかなぁ!」

「店は貴族街に近い東の三番街に位置しています。治安は良いですが、一人での外出は避けて下さいね」

「はぁーい!」

「……返事だけはいいんだから」


 呆れた声を出すアリシアだったが、さりげなく晩餐のデザートはエミリアの分だけ少し量を増やすように指示していた。

 今日のデザートは、エミリアの好物であるカスタードプディングだ。恐らく気を落とすエミリアを気遣ってくれたのだろう。


(もうっ、素直じゃないんだから)


 姉と義兄になる人のおかげで、エミリアの荒んだ心は安定を取り戻したのだった。




 だが翌日、エミリアたちが学園に登校すると修羅場が待ち受けていた。恋の修羅場が。

 ――しかもなんと、エミリアの名前が槍玉に上がっている。


「もう分かっているんだから! 貴方が聖女様と不義を働いているって!! 最っ低ね! ――婚約破棄よ! この分からず屋の浮気者ぉ!!」


「浮気なんかしてないと言ってるだろう!」


(んんっ? どういうこと?)


 教室へ向かう前に生徒会室へと寄ると、男女が言い争っているような声が聞こえてきた。不審に思い中をこっそり伺えば修羅場の真っ只中だった、というわけである。

 エミリアの目の前で広げられる会話は、誰にでも明らかなレベルで不穏だ。

 

「道ならぬ恋にうつつを抜かそうが、知らないところでやってくれればいいのに! 学園やらお城やら人目のあるところで堂々とぉっ!!」

「だからなんのことだ。聖女様とはなんの関係もないぞ」


 男の言う通り。エミリアとその男の間にはいかがわしい関係なんてない。

 彼は公爵家の嫡男で、エミリアとの交流はたしかにある。だが、それは所属する生徒会での仕事で関わる程度で特別親しくはない。

 むしろ婚約者に気を遣って、異性との交流を最低限に保っている可能性すらある男だ。

 

「エミリア……貴女の持ち前の豪運には私も驚かされるわ。今日は朝から憂鬱な授業だったから、愉快な余興が見れてよかったわね」


 そう言って嬉々として修羅場を覗く。


「アリシア……余興とか言っちゃだめだよ、人の修羅場を」

「こんなところで繰り広げられる茶番劇を余興と言って何が悪いの? 見せ物になりに来ました、と言っているようなものよ」


 後ろでは本日の護衛騎士が苦笑している。

 護衛の任に就いた頃は、最初こそアリシアの直接的な毒舌ぶりに誰もが驚くが、人とは順応するもので笑って済ませられた。

 ……感覚が麻痺していくともいう。


「はぁ〜ちょっと生徒会室まで忘れ物を取りに来ただけなのに。これじゃあ取れないよ」


 生徒会室は、二間続きの構造で奥にエミリアが使っている机がある。

 そして修羅場も奥で起きており、スルーして忘れ物を取ることなど困難だ。


「一昨日だって聖女様と部屋に二人っきりでいたと証言が出ているのよ! 他にも親切な方々が、わざわざ教えに来てくださったわ!」

「仕事で共に行動することはあるが、疑われるようなことはしていない。その発言は聖女様に失礼だぞ。訴えられてもおかしくない」


 確かに不名誉だ。そして婚約者のいる男性と関係を持ったかのように言われるのは大変不本意である。


「……っ、やはり彼女を庇うのね」

「違う」


 何を言ってもの取り合ってもらえないことに、男――エドガルは困り果てている。彼は言葉があまり上手くないので、このままでは二人の溝は広がるばかりだ。


「聖女様との時間はたいそう心地良かったでしょうね? 日頃私みたいなツンツンした女の相手をさせられているんだから、癒されるはずよ。……私、浮気されても当然ね」

「……はぁ、だから落ち着けと言っているだろう」


 エドガルがため息を吐くと、その姿も女性の堪忍袋を刺激するようで、少し潤んだ瞳で男を睨みつける。

 その顔には覚えがあった。失恋を味わう苦痛に耐えている顔だ。

 ――実は、エミリアは聖女としての活動の一環として悩み相談のようなことをしている。

 そこに来る人々は様々で、人間関係の悩みから将来の相談、あるいは懺悔をしに訪れてくるが、その中で若い女性に多かったのが恋愛相談だ。つい先週も、失恋から立ち直れない女性が訪れた。

 エミリアは彼女に贈った言葉の数々が正しかったのかは分からない。相談先に選んでくれるのは信頼されているようで嬉しいが、専門外なのだ。悔しいことに。

 だから、今からしようとすることが二人のためになるかは分からない。

 エミリアは一切関わらない方が、話をややこしくしないかもしれない。

 ――それでも手を差し伸べたいと思ってしまった。


(だって……こんなすれ違いは、切ないよ)


 エミリアは扉の隙間から覗くのをやめ、一歩踏み出した。

 共に覗いていたアリシアが「相変わらずのおせっかいね」と小さく呟くのを苦笑して受け止める。


 ――だってしょうがない。私は聖女だもの。


「はいはいっ、二人とも落ち着いて。状況を整理しよう」

「「っ!?」」


 二人は、今一番言い争いを見られたくなかったであろう人物の登場に驚く。女の方は特に、先ほどの発言を気にして顔色を青ざめさせているほど驚愕している。


「えっと、キャロライン様、ですよね。私、一応この国の聖女でヴァレンタイン家の次女のエミリアと申します。どうぞよろしく」


 ついでに生徒会の仲間である彼にも声をかける。そちらは互いに軽い挨拶で済む。が、彼女は日頃あまり関わりのない侯爵家のご令嬢だ。聖女だからとはいえ、粗末にしていい相手ではない。

 キャロラインは一瞬呆けた顔を見せたが、慌てて名乗り返す。


「ご、ご丁寧にありがとうございますっ! ナイセル家のキャロラインと申します。聖女様にご挨拶が叶い、誠に光栄に思います」


 エミリアに対して恐縮したまま畏まった挨拶をするキャロラインに、ニコッと微笑む。そのままエミリアは、子供を相手にするように優しく言い聞かせる。


「ふふっそんなに畏まらないで。ここでは一人の生徒同士だもの。あのね、少しあなた達の話を聞いてしまったのだけど……エドガル様の言うとおり、私たちの間にはキャロライン様が心配するようなことは起きてないわ」


 エミリアの言葉に、不安そうな顔を見せる。信じたいのに、信じきれないという顔だ。


「実は、アリシアが親しくなると問題が起きそうな殿方をリストアップしてくれてるの……その中にエドガル様のお名前もあるわ。だからほんとに親しくないの」

「えっ……?」


 エミリアの発した言葉の中にある不思議な言葉に、キャロラインは耳を疑った。思わず自分の婚約者の顔を見上げたり、エミリアの背後にいるアリシアに視線を向けたりと忙しく行ったり来たりしている。

 心配性なアリシアが、自身の人脈や婚約者からの情報を元に作成した「恋愛対象リスト」には政治的に有力候補ランキングや不適切な男性一覧表まで載っている。エミリアも最初に渡されたときは目を見開いて驚いたものだ。

 そこにはなんでこんなこと知れたの? みたいな危うい情報まで載っており、エミリアはあまりの完成度にアリシアの才能に震え上がったものだ。


「だから生徒会の仕事以外では、まったくお話したことがないくらいよ。ただの仕事仲間。それに、私の証言だけだと信用出来なくても、ここにいる騎士様達の言葉は信じられるでしょう? 彼らに証明して貰ってもいいわ」

「あっ……」


 エミリアを護っている騎士は、全員この国の王により直々に任命された正統な護衛。

 それらを疑うなど、臣下たる貴族には愚行でしかない。暗君ならまだしも、今代の王は明君と言っていい施政者なのだから。

 その王が遣わした騎士の証言を疑うのは、王を疑うも同じだ。


「ねぇ、キャロライン様。貴女がそこまで追い詰められてしまったことには、理由があるのではない? ――そもそもその話は、誰から聞いたの?」


「そっ、それは……学園のサロンで……デージー様主催のときに色んな人から……」


 エミリアの事情聴取に、キャロラインは素直に答える。そこでようやく、じっと佇むだけだったアリシアが初めて口を挟んだ。


「それなら、主犯はデージー・トンプソンの可能性が高いわね。同じ侯爵家だけど、ナイセル家よりも格上。でも、自由にやりたい放題出来ない微妙な差……だから手駒の女たちを使って、じわじわ疲弊させたのでしょうね」


「……ゆっくりと私への不信感を抱かせていき、キャロラインの心を病ませて婚約解消となるよう図ったのか……確かにキャロラインが辞退すれば、次に私の婚約者として有力なのはトンプソン侯爵令嬢だ」


 アリシアの予想は大抵当たる。エドガルの言葉がより、彼女の推察に確証を持たせた。

 場は一気に静まり返ってしまう。


「……そんな、いつから……」


 キャロラインは、震えた声で誰ともなく疑問を呟いた。


「彼女が学園のサロンで主催を務めるようになったのは、一年前から……少なくとも、そこから洗脳は始まってたと考えるのが妥当ね」

「……だが、彼女は私ではなくクリストファー殿下に気があるようだったが……?」


 エドガルが、ここにはいないこの国の王子の名前を出す。不可解だと言いたげなエドガルに、アリシアは遠慮なくずけずけと言い放った。


「今婚約者のいない女なんて、大抵王子殿下の婚約者の座を狙っているわよ……自分の意思はともかく、当主や父親はそう考えているはずだわ」

「……たしかに」


 アリシアの言葉にエドガルも納得した。

 

「まぁ、あの女の場合は金のある高位の男に嫁げれば誰でも良さそうだし。彼女にちょっかいをかけたのも、どうせ暇つぶしの嫌がらせよ。蛇みたいな女だもの……ゆっくりじわじわ痛めつけて、さぞかし愉快だったでしょうね。昔からいけ好かない女だと思っていたけど……とうとう本性が外に漏れたようね、ふふっ」

「……」


 ――デージーとの間に何かあったのだろうか?

 普段はもう少し遠回しな言い方をするアリシアだが、彼女に対する毒舌は嫌悪が滲み出ている。


「そういえば……近頃トンプソン侯爵は宮廷への出入りが多いな。私もクリストファー殿下のいる宮ぐらいしか出入りしないが……そのうち何回かは陛下の方ではなく、殿下の元に訪問してきていた」

「……王子の元へ、ね……娘の売り込みかしら? あの家の女が王族に嫁いでも、問題しか起こさなそうだわ。王女殿下すら今回のように虐められるかもね。さすがの彼女も、兄の妻なんて扱いに苦労するでしょうし」


 アリシアがエミリアを横目で見ながら未来の可能性を提示してくる。それはあくまで可能性だ。

 だが、エミリアにとって王女は仲のいい友達でもある。その可能性は跡形もなく排除してしまいたい。

 それでなくとも、キャロラインへの仕打ちに静かに怒っていたのだ。今日の祈りでは、デージーが毎日椅子に小指をぶつけますようにとついでに祈るつもりだったほどには。


 エミリアは、協会に設置されている女神像のような慈悲深い笑顔をキャロライン達へと向けた。

 ――彼女がわざとこの顔をするときは、滅多に出さない怒りの感情が出るのを抑えてる証拠だ。


「ほんの少し、意地悪しよっか」



 * * *



 ――学園の卒業パーティは、在籍する全員に参加資格がある。

 主役である三年生以外には細々とした参加ルールが存在するが、それさえ守れば参加可能な為ほとんどの在校生も参加するのだ。

 今年の三年生には、婚約者の決まっていないこの国の王子らがいるので尚更のこと。

 会場では、まだ相手の決まっていない有力な夫候補たちにアピールする女性の姿が多く見える。デージーもその一人だった。


(ふふっ今日は数少ない殿下とお近づきになるチャンスだし、狩りはしないでおきましょう)


 デージーは、最近お気に入りの遊びを()()と称し楽しんでいた。じわじわと獲物を追い込む感覚が、彼女を虜にしたのだ。

 自分から破滅しようと仕掛けている女のことを思い出し、うっかりと出かけた嘲笑を周囲との談笑に紛らせた。

 歓談の中周囲を探ると、丁度よく今日一番の目当ての人物がやってきていた。令嬢に囲まれているが、自身よりも下位の家の娘だと分かった瞬間すぐさま動き出す。


「ご機嫌よう、殿下――」


 自分を最大限に良く見せる角度や笑みを武器に、この国の王子へと接触しようとするが――

 

「おや……? 君は、エドガルにちょっかいをかけていたと記憶していたのだが、略奪など考えず真っ当に誰かにアピールする気になったんだな。君に良縁が見つかるよう、祈ってるね」


 優しいのにどこか突き放すような物言いに、デージーは背筋が凍るような衝撃を受けた。

 それに王子が浮かべたこの笑みは……嘲笑だ。自分が皮肉を込められた笑顔を向けられたことに固まるデージーをよそに、王子は自身を囲んでいた女達も置き去って聖女の方へと向かって歩き出す。

 置いてけぼりにされたデージーを、皆が遠巻きにする。同じく残された周囲の女達にはくすくすと笑われた。


「ふっ、今の見た?」

「えぇもちろん」


 一応忍んでいるかのように扇子で口元を覆っているが、デージーをあざ笑う声が漏れ聞こえている。

 侯爵令嬢が王子殿下に一切の興味も持たれず振られた。ましてや婚約者がいる令息に粉をかけていたと、匂わせどころではない暴露をされてしまったのだ。


「……っ!!」


 デージーの持つ扇子が悲鳴を上げる。

 恥をかかされたデージーは、顔を真っ赤にして早歩きでその場を去っていった――




「殿下、ご協力ありがとうございました」

「いいや、あのくらい礼にもならない。君は、普段から我が王家にも多大な恩恵を与えてくれている。聖女と王家の仲が良好なことで、我々が助かる場面は多いのだから気にするな」


 エミリア達の実行した意地悪は、なかなかに強烈だった。このような策を講じられたのも……デージーに一泡吹かせたかったのはエミリア達だけではなかったからだ。

 どうやらアリシアの推測通り、トンプソン侯爵はここ最近娘を王家へ嫁がせようと動いていたらしい。それに困っていた王子にとっても渡りに船だった。


「それに、ちょうど良くトンプソンに一つバツをつけることが出来た。侯爵も娘の行動ぐらい把握したほうがいい。親子で足並み揃えないから不意を突かれるんだ」


 最後に鼻で笑うクリストファーに、エミリアは苦笑いする。どうやら侯爵に苦渋を飲まされたことがあるようだ。

 デージーには上にも下にも姉妹がいたため、侯爵が彼女を嫁がせようと考えていたのかは不明だが……身持ちの悪そうな性悪娘は御免被る、と清々した顔をするクリストファーにエミリアは苦笑する。


「あはは……まぁ殿下に姉の方を……と思っていたのかもしれませんよ? だから放置していたのかも。私もキャロライン様たちの修羅場に遭遇しなければ、デージー様の静かな暗躍に気付かなかったですもの」


 エミリアは少し離れたところにいるキャロライン達の方へと目を向けた。エドガルの腕に手を添えてキャロラインは心底嬉しそうな笑みを見せている。

 お揃いの意匠であつらえた衣装が眩しい。まるで仲の良さを見せつけているようだ。

 ちょうどあちらもエミリア達の方へと顔を向けていたらしく、二人ともさりげなくエミリア達へ会釈をした。

 罪には問えないような、でも陰湿な嫌がらせへの鬱憤は、晴らせたようだ。


「あぁ、私はナイセル侯爵令嬢と私的な交流は一切ないから、君たちに聞いて初めて事態を知って驚いたくらいだ。エドガルは無口な朴念仁だし、私の方から気付くことはなかっただろう。まぁどちらにせよ……トンプソンの娘は選ばれないが」


 クリストファーもキャロライン達の方へと目を向けさりげなくウインクをしてみせた。……案外茶目っ気がある人なのだ。

 だが、エミリアは先ほどのやり取りを思い出す。いつもにこやかに笑っている殿下の、あまり見ない冷たい表情に驚いたものだ。


「なかなか辛辣でしたね? もっとオブラートに包むのだと思っておりましたが……」

「ははっ、私かエドガルか他の令息たちか……本命が誰だったのかは分からないけれど、ふらふらとキープを作ろうとしたり裏から関係を悪化させようとする女を――私は妻にしたくない」


 話すうちにだんだんと微笑は消え失せ、熱を秘めた真剣な顔で王子は宣言した。

 そんな彼と見つめ合うことになったエミリアも、至極真面目な顔でクリストファーに応える。


「――ですよね! 夫婦として隣に居てくれる人は、誠実な相手がいいです! 浮気なんて論外!」

「…………ふふっそうだね、その通りだ」


 エミリアは胸の前で握り拳をつくり、熱心に主張する。クリストファーはその姿に笑みをこぼすと話を切り変えた。


「ところで、最近はどう? 聖女の仕事も卒業が近づくにつれ増えてきただろう?」

「確かに作業量とかは増えてきたけど、体力には自信がありますし平気です! 増えたって言っても、国が平和ですから孤児院の子どもの面倒を見たり、参拝に来た方とお話するだけですし」

「あら、貴女の相談コーナーは大人気で大忙しだって話じゃない! 最近話題の占いの館に行くよりも効果がありそうだし」


 二人の会話に入ってきたのは、この国の王女だ。

 一年生のはずだが、エミリアよりも大人っぽく着飾った姿は言葉が見つからないほど美麗である。

 付き合いの長いエミリアだから我慢できたが、もしこれが初対面ならば美しさに逆に目を顰めていたところだ。


「その占い師って東の三番街に出てるあの……?」

「えぇ、そうよ。もしかして行きたいの?」


 意外そうな顔でエミリアを見る王女に、エミリアは頷き切実な思いをぶつける。


「行きたいんですけど(卒業までの)時間がなくて……!」

「たしかに(聖女の勤めが忙しくて)時間は無いわよね」


 王女がこくこくと小さく頷いた。残念なことに、勘違いを訂正出来そうな人材はこの場に居らず二人の間にある誤解は解けなかったが、エミリアの名誉を思えば結果良しだ。


「……お待たせ」

「あっ! もうっどこまで行ってたの? 最後の場面でいなくなるなんてっ」

「見てたわよ。……ちゃんとね」


 デージーへの報復になぜかエミリアよりもノリ気だった双子の姉は、彼女が王子へと接触する前に突然「野暮用ができたわ」なんて言ってどこかへ去ってしまったのだ。オーウェンが迎えに行ったので心配はしていなかったが、だいぶ遅いお帰りに文句の一つも出る。


「――キツネ狩りの為に、巣穴を閉じていただけよ?」


 怖いと思えるほどの、蠱惑的な笑みにエミリアは顔を青くした。どこの誰かは知らないが、アリシアを怒らせたらしい。

 周囲の人たちもさりげなく距離をとったようで、先ほどよりも会場が広く感じる。

 ――少し肌寒くなった気がするのは、気のせいだろうか?


「そういえば――」


 クリストファーが苦笑を顔に浮かべたまま話題を逸らしたおかげで、異様な雰囲気は去った。

 その後、四人でいるところに挨拶に来る者も数名居たが、メンツに気後れしたのか早々に人が寄らなくなる。

 卒業パーティーではある程度は無礼講として話しかけてもいいということなのだが、デージーからの一連のやり取りを見ていた者が多かったことが原因かもしれない。

 こうして、今年の卒業パーティーの幕は静かに幕を下ろしたのだった。



 * * *



「ありがとうございましたっ聖女様!」

「いえいえ気を付けて帰って下さいね」


 今日最後の相談者は、幼い少女だった。母親の誕生日の贈り物に悩んでいたらしい。微笑ましい相談に、エミリアも思わずほわほわと温かい気持ちになる。


「春休みに入ったおかげで順番待ちの人が大分減ったわね……これなら占いの館に行けるわ!」


 最近は国が平和で浄化の依頼も少ない為、余計相談所に時間を割いていたのだ。小さな祝福をかけたあとは、ただの雑談と化すことも多いが、エミリアはこの時間が気に入っていた。

 ――たが、やはり占いの館には行ってみたい。

 早速帰りに寄り道して行こうと、エミリアは決意した。何事も思い立ったらすぐ行動だ。

 教会へ迎えに来ていた御者にねだり、占いの館へと向かう。


「なんか、男女で歩いてる人が多い気がする……」


 馬車の窓に掛かっているカーテンをほんの少しずらして外の様子を伺うと、見えるのは明らかに親密な関係にある男女のデート風景。

 エミリアは一分も経たないうちに、カーテンを閉めた。これは逃げではない。


(逃げじゃないんだからねっ……!)


 心の中で間抜けな捨て台詞を吐き、悔しさを座席に敷いてあったクッションに一発乗せた。




「お嬢様、到着いたしましたよ!」

「ありがとう!」


 占いの館は、比較的高さのない建物が多いこの区画の中でも小さくこじんまりとしていて、いかにも一昔前に取り残されたようなデザインだ。少々の蔦とカーテンの締まり切った窓が、得体の知れなさを演出してる。

 御者にお礼を言って、御者台に乗っていた護衛の騎士と共に占いの館へと入っていく。中は外観の割に綺麗に整っていて、黒を基調としつつも可愛らしさがある仕様だった。

 入ってすぐはカフェスペースのようになっており、受付に占いの料金を払うと一杯分の飲み物が無料らしい。お茶を飲みながら順番を待つことも可能なようだ。

 比較的空いていたのか、エミリアはあまり待つこともなく奥の部屋にいる占い師の元へと案内された。


「よろしくお願いしまっす!」

「迷える子羊よ……おまえさんは何を占いたいんだい?」


 占い師は朗らかな笑みで、迷える乙女の悩みを尋ねる。


「はいっ! 私の恋愛運についてです!」

「ほっほっほ、定番中の定番だね。いいともさ、どれどれ…………」


 占いが始まると場は緊張感に包まれ、占い師の表情も固く真剣なものとなった。


「……おまえさんの周りに、愛はある」


「それは本当ですか!? 近く? 近くってこと? そこに愛はっ……愛があるんですか!!」


「………………あぁ、愛はある。確実にな……まぁ」


「ありがとう占い師さん!!」


 エミリアはフライング気味に礼を言い席を立った。

 自身にも可能性があることが分かればいいのだ。


(ふふ〜ん! 早速アリシアに話そ!)


 エミリアはウキウキで占いの館を後にした。なにか言いたげだった占い師に、気が付かないまま……。




「――というわけさ! 私にもラブが! 身近な人とのラブロマンスが待ってるよ〜!」


「……それ、『貴女の周りの人達は』という意味では?」 


「………………は?」


 確かにここ最近、特にエミリアの周りでは――


「それに、ちゃんと最後まで占い師の言葉を聞いたの? 愛は愛でも恋愛とは限らないでしょ」


「……っ!! うわあぁぁぁっ! 神よぉっ! 愛がっ、愛が欲しいですぅぅ!!!」



この世は、無常である。だが、この世には愛が溢れている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 聖女の浄化を使うより人に寄り添って相談事を受けて解決するって言うのが、探偵業の人が依頼を受けて調べるうちに事件が起きるみたいな有名どころだと銀魂の万事屋とかSKETDANCEとかそんな感じ…
[一言] 王子と割といい雰囲気のはずなのに気がついてないのかなぁ〜? 妹も確実に牽制してる気がするんだけど… まぁ確かに愛はある、筈ですね。
[一言] 某消費者金融会社のキャッチコピーとロゴがちらつきます♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ