09:泥棒猫を用意してみますの②
「初めましてぇ、マブ男爵家の娘、エリーズ・マブですぅ。よろしくお願いしますぅ」
そう言って私に頭を下げた人物は、ピンクブロンドの髪をしたとても愛らしい少女でしたの。
ジュリエラ様の紹介により私の屋敷にやって来た泥棒猫役こそが彼女ですの。お胸が豊かで、十歳の子供と見紛うほど小柄でいらっしゃいますが、男性の心をグッと掴む容姿であることには間違いありません。
……まあ、聖女ヒジリ様にここまでの色気があったかと問われれば否なのですが、これから頼む仕事を考えればこれくらいの方が都合が良いですの。
「マブ男爵令嬢、ごきげんよう。私はナタリア・ジュラーと申しますの。本日はわざわざ我が屋敷までお越しいただきありがとうございます」
「いーえぇ、こんな素敵なところにお招きいただき嬉しいですぅ。アンディス子爵家とのご縁に感謝しないとですねぇ」
ちなみに本日は用事のため不在のジュリエラ様は、「あの子っていけ好かないんだよね。ふしだらな集まりに参加してるって噂も聞いたことあるし」とおっしゃっていたのですのに。
少し可笑しく思いながらも私はそんな様子を一切見せず、早速マブ男爵令嬢へ用件を伝えることにいたしましたの。
「マブ男爵令嬢、今回あなたにお頼み申したいのは隣国の皇太子殿下、ナック・リペット殿下についてですの」
「ほぅ? あの筋肉男子って有名な殿方ですねぇ。エリーズの憧れの人ですよぅ」
これはいい話を聞きましたの。私はほんの僅かに口角を吊り上げました。
「それは良かった。実は私、どうしてもナック殿下と相性が悪くて困っておりましたの。ですからナック殿下をあなたに差し上げますの」
「と、いうことはエリーズに誘惑しろってことですねぇ?」
にちゃあ、と音を立てそうなほどねっとりした笑いを見せるマブ男爵令嬢。
私は頷きましたの。
「もちろん、これは不貞の依頼ということになりますので、相当の金額はお支払いいたしますの。依頼条件は三つ。
一、私と殿下の結婚式の前までに必ず彼を落とすこと。
二、このことは決して口外しないこと。もちろん親しい家族や友人にも明かしてはいけません。
三、脅しや違法な魔法・薬物などの使用を決してしないこと。
……以上ですの。ナック殿下を思いのままにした後は、あなたの好きなようになさってくださいませ。もしも依頼に失敗した場合、報酬はお支払いいたしませんのでご了承を。
では、よろしくお願いいたしますの」
「はぁい、わかりましたぁ。エリーズにお任せくださぁい」
青銅色の瞳をキラキラと輝かせ、自信満々の笑みを浮かべながら答えたマブ男爵令嬢は、私が提示した契約書にサインをしたんですの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どうだった、マブ男爵令嬢は」
「独特な方でしたの。いくら好意を寄せている殿方が相手だとしても不貞の依頼を簡単に受け入れてくださるとは思っていませんでしたのに」
「言ったでしょ、彼女は遊び好きだって。すでに五回婚約してるけど、その都度浮気が原因でお別れしてるみたいだし」
「まあっ。そんなの勘当されていないことが不思議ですの」
「マブ男爵がたいそう可愛がっててさ。ほんと困ったもんだよ、あの人は……」
ちなみにジュリエラ様とマブ男爵令嬢は幼馴染でいらっしゃるそうですの。とは言っても二人はあまり仲がよろしくないと有名らしく、親同士の付き合いがあるだけの腐れ縁らしいですが。
「性格的にはちょっとアレだけど、あの子ならちゃんとやってくれると思うよ。男をたらし込むプロだからね。まあ、失敗したところでナタリアと殿下がラブラブするだけだし無問題だけど」
「ら、ラブラブだなんてっ! 私は迷惑していますの!」
「どうだかね」
ジュリエラ様が肩をすくめて笑うばかりでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジュリエラ様の言う通り、マブ男爵令嬢は非常に優秀な方でしたの。
私の友人を装い、よくこの屋敷に出入りするようになりましたの。そうして不自然さをなくしてから、数日おきに開かれる悪夢――もとい、ナック殿下と私の楽しいお茶会に平然と乗り込んで来たのです。
「うわー、ガチムチで男前! リアちゃんったらとってもかっこいいご婚約者様をお持ちなんですねぇ。でも王国では見かけない顔。もしかしてぇ、隣国……例えばリペット帝国の方だったりしますぅ? 衣装も珍しくいらっしゃいますしぃ」
「――。ナタリア、あの女は誰だ?」
ナック殿下が思い切り眉を顰め、私に小声で尋ねて来ます。
私は「友人ですの」と答えておきました。本当はあまり、マブ男爵令嬢の喋り方やら笑い方などを好ましく思っていませんし、リアちゃんと変な愛称で呼ばれるだけでゾクゾクするので友人関係など御免被りたいですが。
「おい、お前。いくらナタリアの友人とはいえ、俺とナタリアの愛の時間を邪魔してくれたんだ、ただじゃおかないぞ」
「わぁ怖ぁい! それにお前じゃなくて名前で呼んでくれると嬉しいですぅ。エリーズ・マブですよぅ」
可愛らしい所作でウインクをするマブ男爵令嬢。
普通ならばそれだけで男性の方は何か心の変化があってもおかしくないほどの可憐さに見えましたの。しかし……、
「俺はナック・リペット皇太子だ。そこの娘、俺に媚びようとしても無駄だぞ。俺はナタリア一筋だからな」
という具合に、ナック殿下は想像以上に手強いようですの。
でもマブ男爵令嬢ならきっと大丈夫。私はそんなことを思いながら、マブ男爵令嬢へ目をやりました。が、
「そうですねぇ。殿下は昔からリアちゃん一筋ですからねぇ……」
マブ男爵令嬢は、ナック殿下にぐいぐい行くどころか同意してしまいましたの。
それに意味不明な言葉までおっしゃったように聞こえましたが……?
「殿下ぁ、エリーズもお茶会に混ぜてくださぁい」
しかし私が何か問い詰める前に、彼女はムキムキなナック殿下の腕に擦り寄って行きましたの。
その時チラリとマブ男爵令嬢が私を睨みつけたような気がして一瞬寒気を覚えたのは、きっと気のせいですの。
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