08:泥棒猫を用意してみますの①
「仮浮気もダメなの? じゃあもう何も手がないじゃない!」
「だからってナタリア様をあの男に嫁がせてもよろしいとおっしゃいますの?」
「私はそこまでお二人のご婚約、悪くないと思えて来たのですけど……」
ビューマン伯爵との仮浮気案が没になった後、私たちは次の手に頭を悩ませることになりましたの。
最初は非常に乗り気だった友人の皆様も半数ほどが「手詰まりでは?」というお顔をなさっており、私自身も妙案が思いつかず、困っておりますの。
でもやはり脳筋殿下からの溺愛はお断りですの。なんとか溺愛を回避し、婚約破棄を誘い出す方法はないのでしょうか……?
と、その時のこと。
意を決したように視線を鋭くなさったミランダ様がこんなことを言い出しましたの。
「なら、こういうのはいかがでしょう。ナタリア嬢が浮気ができないのであれば、相手に浮気させればいいのです」
私は思わず耳を疑ってしまいました。「……ミランダ様、それは一体どういう? ナック殿下は私を溺愛していますのよ?」
だってあのナック殿下が浮気をするところなど、少しも想像できなかったんですもの。
彼は私にしか目がないのか何なのか、夜会などで他の女性に声をかけられても決してダンスを共にしないと噂ですの。考えてみればそれも当然で、私に会うためだけに毎度毎度わざわざ国境にかかる橋を渡ってまでこの国にいらっしゃるくらいですから。
つまり一途ということですの。
しかしミランダ様はゆるゆると首を振り、
「男は大抵において腹の裏に秘密を隠し持っているものです。表立ってはナック殿下のそういう噂はあまり耳にしませんが、セルロッティ嬢のお話から考えると健全な殿方とは思えません。ナタリア嬢の婚約者についてこんな風に言うのは非常に心苦しいのだけど、もしかすると本当は裏でたくさん女を囲っているのでは?という疑念……可能性すらあります」
確かに……。
私の前では『唯一だ』などと曰うナック殿下ですが、あれだけ甘言を吐けるのですもの、こっそり他の女性を口説いてもおかしくないですの。
ミランダ様の意見にうんうんと思わず頷きましたの。
「確かに浮気させるという手もありな気がして来ましたの」
「そうでしょう。まあでも、この作戦が効かなかった場合、本当に殿下がナタリア嬢に一途だということを認めざるを得なくなってしまうわけですが」
うぐっ。正論で返され、私は体を震わせました。
また失敗すれば、今度こそ私は諦めるしかなくなりますの。つまり……素直にナック殿下の愛を受け入れ、結婚するということですの。
「ですがやはり御免ですの! 私、まだ文官として一生独身を貫く野望を捨ててはおりませんの!」
「ナタリアは頑固だね」ジュリエラ様が呆れた様子で笑いました。「ならやってみなよ。で、ナック殿下のお相手の泥棒猫ちゃんは誰なの?」
「そうでしたの。浮気作戦にはお相手がつきもの……。これはまた厄介ですの」
「お手伝いして差し上げたいですけれど、アタクシはナタリア様と違って友人は少ない方ですから力になれそうにありませんわ。さすがにレーナ殿下に手伝っていただくわけには参りませんし」
セルロッティ様が悔しげに呟かれます。ちなみにレーナ殿下というのはスピダパム王国の第一王女殿下ですの。セルロッティ様と親しくいらっしゃるとのことですが、まだ十三歳の王女殿下にはこの作戦に加わっていただくには早いですし、身分的に考えても却下ですの。
「かと言って、この場の皆さんはもちろんのこと泥棒猫役を務める気はございませんよね?」
アリス様の問いかけに皆様頷きますの。当然ですの。私の口からナック殿下の様子を聞き及んでいる彼女らはいくら相手の地位が高くともお嫌でしょう。その上、皆様すでに婚約していらっしゃいますし。
「浮気相手役に適した条件としては、婚約者がいない、かつ、脳筋殿下のお心を間違いなく射止められるご令嬢ですの」
「その条件はかなり厳しいと思いますが、ナック殿下の好みの方なら大抵予想がつきますわ。聖女サオトメ様は背がとても低く、それに反するかのようにお胸が……その、とても豊かでいらっしゃったそうですわね? ですから聖女様のように小柄でお胸の大きなご令嬢を選べばいいのではないでしょうか。おまけにナタリア様のようなお金持ちの家の娘がよろしいと思いますわ」
「メリ様、さすがですわ。ヒジリは胸と破廉恥さだけが取り柄の男たらしな女でしたものね。それと、アタクシほどの美貌でなくとも、そこそこ可愛らしかったですし?」
「ではその条件に合わせて泥棒猫を私が探してみるよ。ナタリア、それでいい?」
こうしてとんとん拍子に話が進み、私たちはナック殿下の好みのドストライクであろうご令嬢、もとい泥棒猫さんを用意することになりましたの。
――これが私のナック殿下への最後で最大限の抵抗。これで敗れたら清く諦めますの。
誰にともなくそんなことを心に誓いながら、泥棒猫を待ったんですの。
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