07:私に浮気のふりは無理ですの
そして、さらに後日。
「まあっ、またやられましたの!?」
「殿下ったら、なんと鈍いこと……」
「いやいや。これはもう脳筋殿下ベタ惚れ確定でしょ。諦めてくっついちゃいなよナタリア」
「お姫様だっこだなんて、とてもロマンチックですねぇ。羨ましいですわ」
「羨ましがっている場合じゃありませんよ。ナタリア嬢のお心が向いていなければ、いくら溺愛されたところで迷惑なだけです」
令嬢たちから呆れたような、少しばかり羨ましいような視線を向けられ、私は思わず赤くなってしまいましたの。
さすがに腕に抱かれたことは話すのを躊躇ったのですけれど、皆さんがあまりに興味津々なものですから話してしまいましたの。そうしたらこの有様ですの。
「は、恥ずかしいですからそれ以上お話にならないでください……。思い出すだけで顔から火が出ますの」
「……それはもしや脈ありということではなくて?」
セルロッティ様までそんなことを言い出すものですから、私はますます恥ずかしくなってしまいます。
扇で口を隠し、ふふふと笑っていらっしゃるご様子を見ると、おそらくこの状況を楽しんでいらっしゃいますの。そういう意地の悪いところをぜひとも見習いたいところですの。
「もし本気で嫌われるつもりがおありなら、ですが」しばらく沈黙していたアリス様が顔を上げ、おっしゃいました。「浮気をするのが一番手っ取り早いのではありませんか?」
私は驚き、危うくティーカップを落としそうになってしまいましたの。
だってアリス様の発想はあまりにも意外すぎたのですもの。
「う、浮気……!? ご冗談が過ぎますの、アリス様」
「いいえこれは決して冗談などではなく、一つの案としての話ですの。もちろん浮気と言っても本当の不貞をするわけではございませんよ? たとえば怪しげな舞踏会に一度出席してみるですとか、男の方と一晩同じ部屋で過ごすだけでもよろしいのです。そうすればさすがの皇太子殿下とて嫌悪感をお示しになるでしょう」
……確かに、よくよく考えてみればアリス様のお話にも一理ありますの。
でもそんな破廉恥なこと、たとえ見せかけであってもやりすぎですの。そう思っていたのですが――、
「それ、いい案ですわね。浮気というのには個人的に反対なのですけれど、嫌われたい相手があの皇太子ならむしろぜひぜひやってくださいまし」
「うん。私もそれしかないと思う」
「賛成ですわ」
「仮でも何でも、浮気なさったら?」
と、皆さん揃って頷かれましたの。
五対一ではもちろん勝ち目がなく、その上他の方法も思いつかないため、私はあれよあれよという間に仮浮気をすることに決定してしまいましたの。
もしも私の名前に傷がついて、仮に婚約破棄された後も文官になれなかったらどうしますの!? という疑問には誰も答えてくださいませんでした。将来が不安でなりませんの……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ところで、浮気と言ってももちろん一人でできるものではございませんの。
そのお相手選びがなかなか難航しましたの。実際に夜を共にするならともかく、これはただ見せかけのもの。しかも私が今まで異性の方々との交流をなるべく控えていただけあり、私と面識がある上に処女を奪わないことを誓っていただける方といえば非常に限られて来ますの。
そしてその結果、私の選ばれた殿方は――。
「なんで俺なんだ?」
「仕方ないですわ。悔しながらあなたが一番手を出さなそうな男だったのですもの」
「その言い方はないだろ、タレンティド嬢。俺はこれでも妻持ちなんだぞ。俺を選ぶくらいならお前の婚約者にしろよ」
「アタクシの婚約者は浮気性なので信用が置けないことくらい知っているでしょう! 相変わらずですわね、アルデート!」
アルデート・ビューマン伯爵。
セルロッティ様とたった今口論――というより喧嘩をなさっているこの青年こそ、私の仮の浮気相手ですの。
彼はセルロッティ様とそこそこ親しい間柄であると同時に、十八歳にして爵位を継がれたという有能な方とお聞きしておりますの。銀髪に菫色の瞳をしていらっしゃいまして、それはそれはお美しいですの。
彼を見て惚れ込まない女性など、それこそ異性に関心のない私だけではないでしょうか。
「ごきげんよう、アルデート・ビューマン伯爵。私はジュラー侯爵家が長女、ナタリア・ジュラーと申しますの」
「貴女が噂好きと有名なご令嬢か。俺はアルデート・ビューマンです。……俺と浮気のふりをするつもりって、正気ですか?」
「はい、事情がございまして、少し。もちろん不躾なお願いであることは重々承知の上ですの。それでも――――す、少しお待ちになってください?」
「……? 今頃になって恥ずかしくなりましたか?」
首を傾げるビューマン伯爵。しかしその一方で私は、先ほどサラッと彼が口にしていた言葉を思い出し、思わず震えてしまいましたの。
「そ、そういえば、ビューマン伯爵は既婚者……ですの?」
「そうですが」
「き、聞いておりませんの!」
私は先ほど彼の言った通り、多少噂には精通している自信があり、噂好きなどと呼ばれていますの。
それなのに私はたった今までビューマン伯爵が既婚者などと存じ上げませんでしたの。彼ほどの有名人であれば、当然のように公に知れ渡るはずなのに。
これは一体どういうことですの……?
「あっ……。タレンティド嬢、ジュラー嬢にも知らせてなかったのか?」
「もちろんですわ。口外するなと言ったのはアルデート自身でしてよ」
「それはそうだが」
何やら事情がある様子。もしかして私のような人間が知ってはいけないことでは?
そんな風に思いましたが、見事的中してしまったようです。
なんと、ビューマン伯爵は、昔私の婚約者であった元子爵令息のヒューゴ様が恋したという女騎士とご結婚なさったそうですの。
しかしそれは身分差結婚であり、国王陛下に許され特例で認められたもの。何かと面倒ごとが起こることが予想されるため、あまり公にしない方がいい、ということになり……結局、結婚式はごく少人数で行い、結婚の事実を伏せているということらしいですの。
初耳の話に私は思わず息を呑み、驚愕を隠せませんでしたの。
独身男性ならともかく、妻帯者となれば話は別。
私は慌ててお断りをいたしましたの。
「結婚なさっている方にこんな下品なお願いはできませんの。ど、どうか、この話はなかったということにしてくださいませっ」
「別にそんなに焦らなくても大丈夫ですよ。このことは内密にしますから。……タレンティド嬢、あらかじめ何も知らせていないで俺と彼女を引き合わせるってのは気遣いが足りないにもほどがあるぞ」
「アタクシの責任じゃございませんわ! でも、こうなると仮浮気相手が一人もいなくなってしまいましたわね……。浮気作戦は却下せざるを得ませんわ」
せっかくの良案でしたのに……と肩を落とすセルロッティ様を見ると、なんだか申し訳なくなってしまいますの。
けれど既婚者との仮浮気なんて絶対御免ですの。やはり、多くを望みすぎる私に浮気など到底無理なのでしょう。
せっかくビューマン伯爵やセルロッティ様にご協力いただいたのにこんな結果になってしまい、私はつくづく自分を情けなく思ったのでした。
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