03:『アクヤクレイジョウ』を演じて見せますの
――ナック殿下に、私を嫌っていただかないと。
そう思って色々考えてみたのですが、結局何も思いつきませんの。
だって嫌味も何もあの方には通じませんのよ? 溺愛されるというのはなんとも恐ろしいことですの。
そうして頭を悩ませていた時、私はふと、二年前のある日のとある会話を思い出したんですの――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『そんなアクヤクレイジョウみたいなことを言っていたら、婚約破棄されてしまいますよ?』
『アタクシのどこが悪役令嬢ですのよ! アタクシはただ貴族令嬢として正しく振る舞っているだけですわ!』
『外野の私が言うのもあれですけど、貴族令嬢ならもっと淑やかな方が好かれると思います』
『余計なお世話ですわよ!』
確か、そんな話をしていらっしゃったのはタレンティド公爵家のご令嬢セルロッティ様と、聖女のヒジリ様だったと思いますの。
お二人とも私の友人で、よくうちのジュラー侯爵邸で一緒にお茶会などをしておりましたの。これはその時に何気なく飛び出した会話でした。
『アクヤクレイジョウって何ですの? 聞いたこともない単語ですの』
首を傾げた私に、ヒジリ様はこんな風にお答えになりましたの。
『ああ、それは私の故郷の言葉なんですけど。高飛車で傲慢、時に極悪非道な物言いをする、金髪や銀髪の縦ロールに豪華なドレスが特徴的な貴族令嬢を指す言葉です。それからよくアホ王子から婚約破棄されるんですよね』
『何ですの、高飛車で傲慢とは! それにアタクシの婚約者はアホ王子ではございませんわ!』
セルロッティ様が縦ロールの金髪を揺らしながらぷりぷり怒っていらっしゃった様子が、今でも目に浮かぶようですの。
私はあの日のことを懐かしく思いながら、そっと口角を吊り上げ、微笑みましたの。
「『アクヤクレイジョウ』……そんなものとは一生無縁だろうとその時は思ったものですが、これは使えるかも知れません」
ヒジリ様のおっしゃっていた『アクヤクレイジョウ』になれば、婚約者に嫌われ、婚約破棄される。
ヒジリ様は嘘を吐くような方ではございませんでしたから間違いありませんの。こうなれば、方法はたった一つですの。
「私、『アクヤクレイジョウ』になって見せますの!」
ガチムチ脳筋なナック殿下でも顔を顰めるような、誰からも疎まれる令嬢。
私は元々物静かな方で、淑女の檻とまで呼ばれておりますの。しかしそんな名は脱ぎ捨ててしまおうというわけですの。
派手な服選びをし、言葉遣いも刺々しいものに変えて、態度も悪くしないといけませんの。
ある程度恥ずかしいのも覚悟の上ですの。今日から私は、ナック殿下に嫌われるため、『アクヤクレイジョウ』に生まれ変わるのです。
私は決意を固め、唇を引き結びましたの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
普段は背中に流している栗色の髪を縦ロールにセットし、はしたないと言われてもおかしくないどぎつい口紅を差して、ドレスも金色のものを纏う。
そして鏡の中の自分の姿を見てみれば……狙い通りの『アクヤクレイジョウ』そのものがそこに映っておりましたの。
「これで完璧ですの」
そう思い、思わず笑みがこぼれそうになります。
きっとこの姿を見れば、さすがのナック殿下でも嫌悪感を示してくださるはずですの。今までの私を愛しているとしたら、見目が変わった私のことなどすぐに捨てたくなるに違いありませんもの。
しかし――。
「おおっ、誰かと思えばナタリアじゃないか! 今日のその挑戦的な格好、なかなかに可愛いぞ。どんな姿でも女神様のように美しいとは、さすがは俺の婚約者だな!」
脳筋殿下は、私の姿を目にして、開口一番そんなことを言い放ったんですの。
あまりにも予想外すぎる反応に、私は戸惑うしかありませんでしたの。
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