02:脳筋な男は嫌いですの
隣国の皇太子殿下との婚約なんて、普通であればこれ以上なく光栄なことだということはわかっておりますの。
リペット帝国は豊かな国ですから、生活的心配もありません。後宮や側室もないので求愛を一身に受けられるのも確実。この上ない婚約ですの。他の令嬢なら大喜びするに違いありません。
ですが私、文官になりたいという夢を持っているからという以外に、もう一つこの婚約を嫌に思っている理由がありますの。
それは、私が男嫌い――殿方をあまり信用できないためですの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
我が国では、貴族の子息子女は幼い頃に婚約を取り決め、それに従うのが習わし。
私も例外ではなく、五歳の頃には婚約者が決まっておりましたの。
そのお相手はモンティぺ侯爵家のご令息、ヒューゴ・モンティぺ様。私と同い歳であり、剣の才があり将来は立派な騎士になること間違いなしと言われるお方でございました。
……しかしその実、彼はいわゆる脳筋というやつでしたの。
私に対し、婚約者としての配慮がまるでなかったんですの。
エスコートも乱暴、「騎士の修行が忙しいから」と月に一度のお茶会を毎度のようにすっぽかし、挙句の果てには夜会で私と踊ることもせず他の騎士や騎士候補の男性方と話してばかり。
つまり端的に言ってしまえば、色々な意味で考えるより先に体が動くタイプの殿方でしたの。
それでも私の両親は見逃しておりましたの。それなのに、十三歳のある日。
『ナタリア・ジュラー! お前のような弱っちい女はオレにはいらん! 婚約は破棄だ、破棄!』
彼曰く、私のような華奢な女とは違って筋肉を愛することを知っている逞しく美しい女性に出会い、その方を自分の運命の相手と選んだそうですの。
五歳の頃から八年間も彼の行動の数々を見逃していたにも関わらず、浮気まがいのことをされた上に婚約破棄だなんてひどすぎますの。せめて解消ならば許せたものを、破棄というこちらの尊厳をお貶められる形など非常識にもほどがあるというもの。
そうして婚約破棄を迫られた私は、当然ながら傷つきましたの。
そして結局、慰謝料を請求しヒューゴ様の有責で婚約を正式に破棄させていただきましたが、私の心の傷が癒えることはなく、男性不審になってしまってそれ以後の縁談は全て断り続けておりましたの。
文官を目指すようになったのもこのことがきっかけですの。頭が良くて本当に助かりました、もし私が馬鹿ならば貴族令嬢としての価値を失っていたでしょう。
ちなみにヒューゴ様は運命の相手――とある女騎士に見事にフラれた上、モンティぺ家から勘当されて平民に落ちぶれたのこと。まあそんなことは私、ちっとも興味はありませんが。
……それから五年後、私の元へ突然に舞い込んで来た厄介な縁談。
しかもそのお相手に会ってみれば、立派な衣服がはち切れんばかりの筋肉をたたえたガチムチな肉団子殿下でしたのよ。初めて出会った時は思わず顔を顰めそうになってしまったくらいですの。
しかもそれだけではなく、彼は非常にお馬鹿さんでいらっしゃいましたの。
嫌味などを言ってもまるで通じず、女性の扱いが雑で下手。そのくせ私を口説き落とそうと必死なのはなぜなのかよくわかりませんけれど……とにかく不快でたまりませんの。
「私、脳筋な男は嫌いですの」
どうしても結婚するなら細身で優しく賢い男性がいい。筋肉だけが立派で他には何の取り柄のないような脳筋野郎とこれ以上同じ空気を吸いたくありませんの。
ですから――。
「一刻も早く私に愛想を尽かしていただかなくてはなりませんの」
今もペラペラと「愛している」だとか何とかふざけたことをおっしゃっている脳筋殿下を見上げながら、私は静かに決心を固めましたの。
面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。
ご意見ご感想、お待ちしております!