14:ガチムチ男子は最強ですの
まるで風に煽られる木の葉のように軽々と吹っ飛ばされていくヒューゴ様を見つめながら、私は心底驚いてしまいましたの。
もちろんナック殿下が強いであろうことはわかっておりました。ですがまさか、平手打ち一つで人間を投げ飛ばせるとは思っていませんでしたの。
私、この方の実力を舐めていたようですの。
「ぐげっ、げほっ!」
部屋の壁に勢いよく叩きつけられたヒューゴ様が咳き込み、少量の血を吐いています。これぞまさに自業自得というやつですの。ヒューゴ様は本当に愚かですのね。
「何しやがる!」
「ナタリアに危害を加えようとしていただろう。その上口から出まかせを言って彼女を貶めようとは、許せん」
腕を組み、ヒューゴ様を睨みつけるナック殿下。
しかしヒューゴ様は悪あがきを止めようとはなさいませんでした。
「オレは本当のこと言っただけだぜ、愛されない皇太子殿下。邪魔だ、とっとと死んじまえよッ!」
どこから取り出したのか、ナイフを構えたヒューゴ様が立ち上がり、猛然とナック殿下へ向かって行きます。
殺傷沙汰になったらどうしましょう……!? 一瞬そんな不安を抱きましたが、杞憂でした。
――ガツン。
なんと、殿下の腹部目掛けてまっすぐに突き刺さるはずだったナイフがまるで岩にでも当たったかのような勢いでぶつかり、ポッキリと折れてしまいましたの。
普通であれば腹に穴が開いていたほどの一撃だったというのにナック殿下は無傷で、それどころか逞しい腹筋でナイフを押し返していたんですの。これはもう、圧巻としか言いようがありませんの。
「そんなヘロヘロの体で俺に挑もうとは、百年早いというものだな!」
「なんだと……!?」
悪役にしても三流以下のダサいセリフを吐き、わかりやすく狼狽えるヒューゴ様。
いくら鋭い刃物でもガチムチ脳筋の前には無力。それを思い知らされた瞬間ですの。
そして愚かにもまた突っ込んでいくヒューゴ様ですが結果は同じ。
今度は殿下の筋肉質な腕に囚われ、瞬く間に地面に押し倒されて動けなくなってしまったのでした。
「これで終わりだ、名も知らぬ罪人! ナタリアを害そうとした罪、俺は決して許さないぞ」
ナック殿下がそう言い切る頃には、倒れ伏したヒューゴ様は伸びてしまい、もはや何も言えない様子でしたの。
何はともあれ、こうして無事、私は身の危険から救われたんですの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナック殿下によって手足の拘束を解かれた私は、寝かされていたベッドから起き上がりました。
一体何時間寝かされていたのか、少しばかり頭がふらふらします。しかしそれ以外は大して具合の悪いところはなさそうですの。
「大丈夫か、ナタリア」
「どうやら無事のようですの。ナック殿下のおかげですの。――ありがとう、ございます」
私は助けられてしまった。嫌われたいと思っていた人に。
それも元よりこの一件は、私の勝手な行動から生じたこと。だというのにナック殿下はわざわざこうして私のために来てくださったのです。
なんと謝ればいいのかわかりません。命の恩人であるこの人に今までしてきた行動を思い返すと、罪悪感で胸が締め付けられそうになりましたの。
――殿下は、本当に私のことを。
わかってはいたのです。
私には全く何の心当たりもございません。ですがナック殿下が私のことを愛し、唯一だと言ってくださるのが嘘でも詭弁でもないことくらい。
それでも私は殿下の優しさを受け入れられなかった。だからこそバチが当たったのだと思っていましたのに。
それなのに、殿下はキラキラとした笑顔でおっしゃるんですの。
「良かった、ナタリアにもし何かあったら、自責の念で死んでいるところだったぞ」
――と。
だから、そんな純粋な優しさが耐えられなくて、私はたまらず言ってしまいましたのよ。
「どうして殿下は来てくださいましたの? ……助けてなんて下さらなくても、平気でしたのに」
そう言ってから、どれだけ自分が失礼なことを口にしてしまったのかに気づきました。
これでは不敬もいいところですの! これでは恩を仇で返したのと同義。婚約破棄はもちろん慰謝料まで請求されてしまうのでは? そうなったらまずいですの。
…………よく考えてみればそれが私の元よりの目的でしたの。どうして『まずい』だなんて思ってしまったのでしょう。
そんな私の内心の困惑などまるで知らないナック殿下は、私の華奢な腕をなぜかぎゅっと抱き寄せながらおっしゃいましたの。
「そうか? 明らかにナタリアは危ない状況だったぞ?」
「――」
「強がるのも可愛いな。愛してるぞナタリア。もう一生、離さないからな」
嫌われるどころかいつもと同じ、いえ、それ以上の熱量で愛を囁かれてしまって。
なんと言っていいかわからず黙り込む私に、ナック殿下は唐突に話し出しましたの。
「お前を助けた理由は……やっぱり、俺がお前を好きだからだな。初めて出会ったあの日から、ずっと――」
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