12:嫌な相手と再会しましたの
「なぜあなたが私を誘拐なさったのか、わけがわかりませんの。私からの罰を恐れましたの? 心配なさらなくても、依頼に失敗した際はお代金をお支払いしないだけですの。ですから大丈夫ですのよ?」
ようやくマブ男爵令嬢に誘拐されたという事実を受け入れた私がそう問うと、私を寝かせているベッドの端にどっかりと座り込んだマブ男爵令嬢が私をじっと見下ろしながら言いました。
「そんなこと心配してるわけないでしょ」
「なら、どうしてですの?」
「ナック殿下のお心がアタシに向かないのが、あんたのせいだからよ。可愛い子ぶっちゃってさ。腹立つのよ」
可愛い子ぶる……? あまりにも心外な言葉に、私は思わず眉を顰めましたの。
「『アクヤクレイジョウ』ってあんたがよく言ってるやつ」
「まあっ、『アクヤクレイジョウ』のことですの? あれは嫌われるために」
「はぁ? それ本気で言ってるわけ? あんたがやっても照れ隠しにしか見えないし」
え、と私はうっかり声を上げてしまいそうになりましたの。
私が努力して磨き上げた『アクヤクレイジョウ』。それを照れ隠しだなどと……。
「冗談もほどほどにしてほしいものですの」
「冗談じゃないんだけど。……まあ、そんなことはどうでもいーや。あんたを捕まえた理由は主に二つ。さっき言った通りアタシにとってあんたが邪魔だったからと、それから」マブ男爵令嬢はニヤリと悪魔のような笑みを浮かべられました。「頼まれたからよ」
一体誰に?
首を傾げ、私が問いかけようとしたちょうどその時、部屋の扉がノックされました。
マブ男爵令嬢は「来たね」と言って笑います。どうやら今から現れる人物こそ私の誘拐を依頼した張本人のようですの。
――それならちょうどいいですの。直接文句を言って解放していただくのみです。
私は覚悟を決め、「入っていらして」と答えましたの。
「自分から入室許可するとは。お前は相変わらずの馬鹿だな、ナタリア」
そんな声と同時に扉が開き、姿を現したのは、私がこの世で最も嫌う人物だったんですの――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私が男性嫌いになった原因、私の心を傷つけた方。
ヒューゴ・モンティぺ改めただのヒューゴ様。
かつてより随分とやせ細り筋肉の落ちたヒョロガリですが、間違いなく私の元婚約者で間違いございません。そんな彼が戸口の方から歩いて来て私の前に立ち、下品な笑みを浮かべてましたの。
「久しぶりだな、ナタリア・ジュラー。一体何年ぶりだ?」
「そこの方、私とあなたはもう他人ですの。婚約者または友人以外を呼び捨てにするのはマナー違反であると幼少の頃に習ったはずですの。まさかお忘れになってしまいましたの?」
「お前の立場をわかっているのか?」
「『仕事を依頼したマブ男爵令嬢に裏切られて誘拐され、どこかわからない場所に連れて来られた上、一生お会いしたくないと思っていた人に再会してしまった哀れな娘』という立場をですの?」
ヒューゴ様は不快そうに舌打ちされましたが、不快なのはこちらの方ですの。
「散々な言われようね」
「エリーズは黙ってろ」
「あらぁ? 平民風情がアタシに意見しちゃっていいわけ?」
「…………」
さらにマブ男爵令嬢とも仲違いしているご様子。手に負えませんの。
「私にこんな扱いをして、どういうつもりですの?」
「お前をここに監禁して存分に痛ぶってやる。オレを貶めた償いをしてもらわなきゃならねえからな」
――この方、やはり相当馬鹿ですの。
私は相変わらず愚かしい彼に思わずため息を吐きたくなりました。
己が後にどんなひどい仕打ちをされるか想像もできないようですの。私に暴行を加えたことが明るみに出れば死は確実ですのに。
でも、よく考えてみればその前に私の身は危険に晒されているわけで、後で彼らに然るべき罰が下ったところで無意味ですの。
とりあえず今この場を切り抜けなければなりません。ですが手足を縛られ、マブ男爵令嬢とヒューゴ様に囲まれた現状、できることはほぼないと言っても過言ではありませんでしたの。
「覚悟しろよ、ナタリア・ジュラー。お前を二度と見られないひどい顔に歪ませてやる」
憎悪が込められた視線を全身に受けながら私は、どうでもいいことを言って時間稼ぎをしようとしましたの。
「ところでなのですが……マブ男爵令嬢とそこの殿方はどんなご関係でいらっしゃいますの?」
しかしヒューゴ様はお答えになりません。代わりに口を開いたのはマブ男爵令嬢の方でしたの。
「アタシの夜のおもちゃよ。そこら辺の道端で拾ったから適当に使ってるの。――じゃ、アタシは戻るわ。どうぞお二人でごゆっくり」
そう言い残しマブ男爵令嬢はベッドから立ち上がると、さっさと部屋を出て行ってしまいましたの。
これで私とヒューゴ様は同室でたった二人。この先に何が待っているかは容易に想像できました。
「誰か……助けてほしいですの」
私は気付くと、思わずか細い声を漏らしてしまいましたの。
そしてその声は虚空へと消え――。
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