11:失踪したナタリア ※ナック皇太子視点
――俺の婚約者にして最愛の人、ナタリア・ジュラー侯爵令嬢。
彼女が失踪したと知った時、俺は雷を受けたような衝撃を受けた。
明日は恒例の茶会で彼女と会える。そう思ってウキウキしていた矢先に手紙が届いたものだから、不審には思ったのだ。
まさかまた体調を崩したのか……? そう思いながら手紙を開いてみる。差出人はナタリアの父ジュラー侯爵で、震える文字で綴られていた内容は信じられないものだった。
ナタリアが昨日どこかへ出かけたきり帰らないのだという。
馬車には御者や数人の護衛もいたはずなのに、まとめて行方不明だというのだ。もしかするとなんらかの事故に巻き込まれているかも知れない……と。
最初は、ナタリアが悪戯でわざとこんな手紙を送って来たのではないかと考えた。だが、彼女がそんなことをする人間ではないだろうということを俺は知っていた。
最近でこそ恥ずかしがって厳しい態度ばかり取っているように思うが、彼女は元々とても優しい女なのだから。
「……ナタリアが心配だ。今すぐスピダパムの方に行かなければ」
手紙を机の上に置くと、俺はガバッと立ち上がった。
実は公務がたくさん溜まっており、今日中に片付けなければならないものも多い。だが俺にとってそんなことは二の次だった。公務など頭のいい弟がやればいい。俺はとにかく愛するナタリアの無事を確かめたかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
隣国スピダパム王国に渡り、ジュラー侯爵邸へ行ったが、やはりナタリアは不在とのことだった。
ジュラー侯爵の様子を見るに、ナタリアの失踪は嘘ではないらしい。侯爵夫人はあまりのショックに寝込んでいるそうだ。俺の胸の中にますます不安が広がっていった。
「ジュラー侯爵、何か心当たりはないのか!?」
「……ございません」
力なく項垂れるジュラー侯爵。俺は焦燥感に胸を焼かれるような感覚を味わいながら、歯を食いしばる。
ここで何か妙案が浮かべばいいのだが、俺はそんなに利口な人間ではない。ナタリアが行きそうな場所、仮に誘拐犯に攫われたとして連れて行かれそうな場所などを思い浮かべたが、何もわからない。
力技で解決できることなら何だって怖くはない。だが、正体の見えない敵とどうやって戦えばいいのだろう。
こうなったら大声で名を呼びながら国中をしらみつぶしに探すしかないかも知れない。でも万が一、他国へ連れて行かれていたとしたら? リペット帝国ならまだしもその他の国であれば勝手に俺が立ち入るわけにも行かないだろう。つまり見つけられないということだ。
――どうしたらいいんだ、俺は。
頭を抱え、その場にうずくまった俺は呻く。
俺の力ではどうにもできない。せめて足跡を残してくれれば良かったものを、何の手がかりもないのだ。
ただ待つしかないのか、そう思われたその時だった。
「突然の訪問、失礼いたしますわ! ナタリア様が失踪なさったというのは本当ですの!?」
そんな甲高い声が聞こえて、振り返るとそこには金髪に朱色の瞳の輝くような美女が立っていた。
……希望はまだ、絶えていなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――しばらく俺は取り残され、ジュラー侯爵と彼女だけで何やら話していた様子だ。
そして扉から出て来るなりその女は、外で待っていた俺を鋭く睨みつけた。
「お久しぶりですわね、ナック皇太子。先ほどは肉の塊かと思ってあなた様の存在に気づきませんでしたわ。随分と大きくなられましたのねぇ」
ふんと鼻を鳴らしながら嫌味っぽく俺にそう言った彼女――金髪縦ロールの女は、タレンティドとかいうこの国の筆頭公爵家令嬢だった。
この公爵令嬢と会うのは初めてではない。二年前、箱入り令嬢のくせに何の因果かリペット帝国に乗り込んで来たことがあるからだ。
その時の俺を知っているからこそ、こんな舐め腐った態度をしてくれやがるのだろう。まあ、あの時は酷かった自覚があるので別に腹が立ちはしないが。
「タレンティド公爵令嬢、なぜお前がここにいる」
「そんなこともわかりませんの? 相変わらず愚かな方ですわね! アタクシがナタリア様の友人であるからに決まっているでしょうが」
「ナタリアの友人……お前がか?」
俺は驚いた。こんな性格の悪い女とナタリアが友人なのか。
でも彼女のことだ、友人が多いのかも知れない。そういえば俺はナタリアの交友関係について何も知らないのだということに気づいた。きちんと聞いておかないとな。
……と、そんなことは後回しだ。
「もしやお前、何か知っているんじゃないのか」
「あなたには関係ないことですわ。必要なことならすでにジュラー侯爵に伝えておきましたもの」
そっけなく俺をあしらい、そそくさと帰ろうとするタレンティド公爵令嬢。
俺は慌てて肉の壁になり彼女の行く手を遮った。
「教えてくれ。もしもナタリアの居場所に心当たりがあるなら、俺が行く」
「ふん。ただの肉の塊が何をできると言いますの? いくら体を鍛えても所詮は無能な弱虫なのには変わりないのでしょう」
一応これでも隣国の皇太子なんだぞ。不敬で訴えてもいいんだぞ、と思いながら、そんなことは口にしない。
代わりに力強く言い放った。
「たとえそうだとしても今の俺には力がある。お前の知恵さえあれば、ナタリアを連れ戻す力はあるつもりだ」
タレンティド公爵令嬢はしばらく黙り込み、挑戦的な目で俺をじっと見上げた。
そしてはぁとため息を吐き、一言。
「もしもその言葉が嘘ならば、ナタリア様に完全に見限られると覚悟なさい」
そして俺の肉壁をなんでもないように押し退け、「ついて来なさい」と歩き出したのだった。
細っこいくせになんなんだ、この怪力女……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
タレンティド公爵令嬢に導かれ、ナタリアの友人だという四人組に引き合わされた。
公爵令嬢曰く、「毎日のようにジュラー侯爵邸にお招きいただき、アタクシたちであなたの悪口を言っていましたのよ」とのこと。まさかナタリアも俺のことを悪く言ってたんじゃないよな? な?
嫌われているのじゃないかと思ってとてつもなく怖くなったが、今はそれすらも気にしている暇はない。
紹介された四人のうち、ナタリアの従姉妹だという伯爵令嬢のジュリエラ・アンディス嬢が「心当たりがある」と言い出した。
「実は、ナタリアにエリーズ・マブ男爵令嬢にとある仕事を頼むように言ったの。だからもしかしてナタリアは彼女のところかも」
彼女の口から飛び出した名前は、ここ最近俺にまとわりついて来ていたふしだらな女の名前だ。
それにしても『とある仕事』とはいかにも怪しい響きだ。しかもナタリアに依頼されてだと? 俺はさっぱりわけがわからず、とりあえず深く考えることを放棄した。
「ナタリアを誘拐したのがそいつなんだな? 今から早速ぶっ飛ばしに行くぞ」
「さすが脳筋、考えが浅いですわね。アタクシたちがまとまって行っては不自然過ぎますわ。マブ男爵家へ乗り込んでも不審がられない方法を考えませんと」
つくづく馬鹿だとでも言いたげに俺を見ながら、タレンティド公爵令嬢が言う。
確かに皇太子である俺が急に登場しても驚かれるかも知れない。彼女の言い分には一理あった。
「ところでジュリエラ嬢、マブ男爵令嬢の幼馴染なのですよね」
そんな中で口を開いたのは、ミランダ・セデルーという名の公爵令嬢だった。
アンディス子爵令嬢が「そうだけど?」と首を傾げる。
「それなら、私にいい案があるのです。皆さん、ご協力いただけますよね?」
俺は躊躇いなく頷いていた。
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