01:どうしてこうなりましたの?
「愛しているぞ、ナタリア」
「キスしてもいいか? その桜色の唇を今すぐにでも食べてしまいたい」
「お前の瞳は美しいな。まるで女神様からの祝福のようだ」
「絶対に離さないからな。お前だけが俺の一番だ」
岩のように巨大な肉団子に囁かれるとろけそうな甘言の数々。
それに耳を塞ぎたい衝動を必死で堪え、私は愛想笑いを浮かべながら、内心でため息を吐いておりましたの。
ああ、どうしてこんなことになってしまいましたの? さっぱりわけがわかりませんの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ごきげんよう。私はナタリア・ジュラーと申す者ですの。
このスピダパム王国では一、二を争う領地の広大さを誇るジュラー侯爵家の長女ですの。自分で言うのは恥ずかしいですが、一般の貴族令嬢よりは頭が良いのが自慢でございまして、文官になるのが夢でございましたの。
……しかしその夢は今、私の目の前に座すこの肉団子のせいで潰れてしまいそうなのですけれど。
肉団子――もとい、筋肉が逞しくいらっしゃるこの殿方は、ナック・リペット様といいますの。
何も考えていなさそうな能天気なお顔をしていますが、これでも一応隣国リペット帝国の皇太子殿下でいらっしゃいます。
ナック殿下と私の関係についてですが。
誠に不本意ながら、私とこの方は、婚約者同士ですの。
私のような頭でっかちで華奢な娘と、脳みその代わりに筋肉が詰まっていると言っても過言ではない肉団子殿下という、あまりにも不釣り合いな二人がこうして婚約しているわけは私自身にもよくわかっておりません。
リペット帝国から突然手紙が届き、私、ナタリア・ジュラーを皇太子の婚約者にしろと言われたんですの。まったく、納得がいきませんの。
だって、今まで文官として生きていくために勉学に励んだ日々を台無しにされたも同然のことですもの。
当然皇太子妃になれば文官として王城に務めるのは不可能ですの。かといって私が皇太子妃としての器に足りるかといえば、決してそんなはずがございません。私はすでに十八歳であり、結婚はなんとたった半年後の予定。皇太子妃教育を始めるには到底間に合わないでしょう。
つまり無茶苦茶で無理難題な縁談でしたの。しかし帝国側がどうしてもと言って譲らず、隣国との戦争を恐れたスピダパム王国の国王陛下が私とナック皇太子との婚約をするよう命じられたんですのよ。
お父様……ジュラー侯爵も皇太子との縁談には反対だったのですけれど、さすがに王命とあらば従う他ありません。
こうして現在、私と皇太子殿下は婚約を結んで婚約者同士となり、なぜか望んでもいないのに気持ちの悪い愛の言葉を囁かれ続けているというわけですの。
どうにかしたくても、非力な私ではどうすることもできませんの。
今だって殿下が筋肉質で分厚い掌で私の細い手を掴み、「お前だけを愛している」などとわけのわからないことを言っていますの。いい加減離してはくださいませんでしょうか。
これが噂に聞く溺愛というやつなのでしょうけれど、私はちっとも嬉しくありません。それどころかこんな風に毎日接しられては肉団子に塗れて窒息してしまいますの。
「誰か、私を助けてほしいですの……」
「何か言ったか、愛しのナタリア。悩みがあるなら俺に聞かせてくれ」
「いいえ殿下、ありがたい申し出ですが私はそのお心遣いだけで充分ですの。ともかく、殿下はお忙くいらっしゃるのですから、私のことなど構ってくださらないでよろしいと思いますの」
「そんなわけにはいかん。だってお前は俺の唯一の女なんだからな!」
私にとってあなたはただの肉団子に過ぎませんの、などと言えるはずもなく、私は完璧な淑女の笑みで誤魔化しました。
本当にいちいち鬱陶しいですの……。
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