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古魔女オランピアの死後。
ウィズは人々の歩みに寄り添い、その強大な魔法の力で、大陸の復興に貢献した。
痛ましい死者数であったが、幸いにも、オランピアの最後の魔法のお陰で、怪我人は全て回復していて、焼けた建物も、大地の草木も、何事もなかったかのように綺麗である。元凶である研究所と研究資料、流通していた魔道具を除いてであるが。
ウィズは各地を巡り、人々のために尽力し、時には知恵を、時には魔法を貸して過ごしていた。魔力持ちの多くは、そんな彼に憧れて、魔法使いを志すきっかけにもなっていた。
黄金の魔力に、金の髪、綺麗な顔立ちの少年であったウィズは、黄金の魔法使いと讃えられ、いつの頃からか、崇められる存在となる。
その頃には、いつまでも幼い口調でいるのも少し気恥ずかしくなって、見た目が幼いならばせめて、言動くらいは威厳を持たせたい。記憶の中から浮かんだ言葉は、無意識の内に、あの大魔女を真似るような口調だった。とはいえ、この頃のウィズは、過去を思い返す余裕のないほどに多忙だったので、彼女のことなどすっかり忘れ果てていた。
長い時の流れの中、人と共に生きながら、ウィズはずっと孤独だった。それは誓約を守るため、自ら望んだことだったし、良くも悪くも、ウィズは独りでの時間を然して苦痛に思わない性格だったから。無論、全く寂しくないというわけではなかったけれど。
彼はそうして、長い時を過ごした。
長い。
永い。
いつの頃からか、求められる煩わしさから、人里を離れるようになった。
いつの頃からか、変わりなく愚かな民衆に辟易し、隠れ暮らすようになった。
やっと、穏やかな時間を手に入れると、のびのびと息ができるような気がして、吐いた一息で驚くほどに体が軽くなった。
すると、自らの身も心もゆとりができたからか、遠い昔に思いを馳せた。もうすっかり、薄くぼやけて曖昧な記憶。
嘗ての自分がどんな稚児だったか、母の存在、父の顔、友人は居たのだったか、家は、里は、どんな景色だったか、何一つ判然としない。
それは並の感覚ではとても恐ろしいことだろうと思ったが、今のウィズは怖いとも悲しいとも思わなかった。だからどうした。その程度にまで、ウィズの心は捻れてしまっていた。
それでも、大事な事実は覚えているもの。赤い石のブローチは誰かの形見で、金具が壊れたのでいつだったか加工をし直してループタイにした。今でも身につけている。金の耳飾りは民からの感謝の印として献上されたもので、とても気に入っている。棚の小瓶に入れて飾っている聖女の涙、あれもとても美しい、ウィズの最近のとっておき。
今にも鼻歌を始めそうな上機嫌で、ウィズが瞼を閉じて空間に浸っていると、いつか誰かの言葉を思い出す。
「なんだっけ」
赤い目の女の言葉。
あれは確か、師匠だったような、友人だったような、仇敵だったような、何にしても、今はもういないから、覚えている意味もない。でも、そう。彼女がウィズに、誓約の魔法を教えたことははっきりと覚えている。
少しの間思い出してみて、名残惜しく思う。
「あの頃の私は実に愚かだった。嗚呼、そうさ、何一つ分かってなかったんだ。ううん、今でもきみが生きてたら、もっと愉快に過ごせたのかなあ」
後悔しても詮無いこと。
ただし、きっと、今のウィズの唯一の理解者たり得るのは、彼の記憶上、彼女だけに違いない。だからこそ、惜しくて惜しくてたまらない。
ウィズはそっと瞼を開き、外界の刺激を受け入れることで現在へと意識を向けた。
「もう覚えていないから、名前も呼んでやれないけれど」
立ち上がり、鏡を見る。
一人での生活も慣れたもので、もう、自分の手で髪を編むことができた。何故、この髪型にしようと思ったのか、ウィズ自身もよくわからない。ただ、なんとなく、誰かに編んでもらった感触を思い出しながら、手が自然と動いていた。
「きみもこんな気持ちだったのかもしれないね」
鏡に映る自らへ、ウィズは小さく笑いかけた。
(了)
此方の実在を紡ぐ「古魔女のオランピア2」は来春、5月以降にこちらの作品ページでも無料公開予定です。
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