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「お前、やっぱりいい加減だね。随分と寝坊助だ」
「は……?」
いつの間に、国を見下ろせる高い山の頂に移動したのか、何にせよ、そんな場所に連れてこられたのは一目瞭然。ここが最も、彼女が何をしたのかがわかる場所だからだ。
瓦礫の山が尚も轟轟と燃えている。それは地平線の先まで続き、草木も全て焼け野原。生き物は見当たらない。
惨状を目にして、ウィズはただ「なんだこれ」と呟くことしかできなかった。
「終わらせてやったよ」
「国を焼くことでか?!」
「馬鹿、よく見てごらんよ。焼いたのは大陸だよ」
「馬鹿はどっちだ! この国の不始末を大陸全体に負わせるなんて!」
「加減が苦手なんだ、そう怒るなよ」
「何人死んだんだ……」
「さあね。何人死んでも大差ないよ。また数百年もすれば元通り国でも立ってるよ」
大陸を焼土にした魔女は何気ない風に告げた。
ウィズは憎々し気に、オランピアを睨む。
「こういうことをするから、災禍の大魔女と言われるんだね……今わかったよ、お前がどんな非道な悪魔か」
「そう。ウィズ、良いか」
「気安く僕の名を呼ぶなっ」
「いいから聞きなさい。お前がやろうとした誓約の魔法っていうのはね、こういうことなんだよ。悪魔になるってこと。わかっただろう、お前には向いてない」
「だとしても……こんな方法しかできなかったなんて認めない……どうして、全てを焼き尽くす必要があるんだ!」
オランピアは黙して、じっとウィズを見つめた。まだ言葉を続ける気ならば、全てを聞こうと言う構えに感じられる。
続きの紡がれない様に、彼女は一度目を伏せて、燃え盛る地上へ視線を投げかけた。
「どの程度が、ちょうどよかったんだろうねえ」
「実験を止めるだけでよかった筈だ」
「なあ、それって、どこまで区分すれば良い?」
「はあ?」
「例えば私はあの時、お前の言った実験とやらに関わる全てを焼き尽くす魔法を放った。それが勝手に、大陸のあちこちを燃やしただけだ」
「っ……」
「魔力持ちを犠牲にした魔道具の技術は、私とて噂くらいは知ってるよ。十数年前からあるだろう。あちこちにもう流通しているんだから、あの実験に関連する全てを……それも二度と再起しないように破壊しようとしたら、どれくらいの規模がちょうど良かったと、お前は思う?」
「なら、もう十分だ……このまま燃やし続ける必要はない」
「それはできない」
「何故!?」
「それが誓約だからさ」
真っ赤な目がウィズを見る。それに一瞬たじろぐが、ウィズは負けじと、オランピアにつかみかかろうとした。しかし、軽く躱されると、逆にオランピアから胸ぐらを掴まれて拘束されてしまう。
「よく聞け、誓約の魔法ってのはねえ、言葉の通りの、自らの行動に条件をつけることで発揮される、言葉遊びみたいなものなのさ。条件が重いほど、得られる力も強くなる。私は一番単純で、一番一般的なもんでね、不変の誓約を掛けている。わかりやすく言えば、自分の魔法を、自分で覆さないってこと。だから不変だ。大昔には、魔法どころか日常会話でさえ嘘をつけない誓約を掛けて、大悪魔だなんて呼ばれた奴もいたから、そんなのと比べれば、私のなんて可愛いもんさ。私程度の誓約でも、これだけのことが起きる。お前に使いこなせたと思うかい?」
「う、ううぅぅ……」
言い返せず、苦々しげに唸ることしかできないウィズは目を伏せようとした。
オランピアはそれを許さず、じっと目を合わせ続け、完膚なきまでにウィズの闘争心を打ちのめしてやる。唸りが失せて、彼の薄い色の瞳がじんわりと涙を滲ませると、オランピアは手を離し解放した。
崩れ落ちるウィズへ、オランピアは手を差し出す。そこには、ウィズにとっては見覚えのある赤い石のブローチがあった。
「以前、母親の形見だって言って見せてくれた奴だろう」
「なんで、これを?」
「一応、お前の父親を探してみたけど、これしか見つからなかった」
本当は、集められた魔力持ちの家族は皆、なんらかの罪状を着せられて吊るし首になっていたのだが、オランピアはそれを伝えなかったし、今頃自分の魔法の炎が燃え広がり、焼かれているだろう。
ブローチを受け取ったウィズは項垂れて、地面にポタポタと雫の染みを作った。
「なんでだ。なんでお前は……あんな惨いことを平然とするくせに……僕にこんな優しくするんだ……」
「お前が特別だからだよ、ウィズ」
「わけがわからないっ、何がどう、僕と他が違った?」
「お前なら、私を理解してくれると思った」
「わからないし分かりたくない! あれだけのことをして平気なお前の考えなんて!」
「いいや、お前はきっと私を理解するよ。ウィズ、可愛い私の友人。この惨状を止める方法が二つある、好きな方をお前に選ばせてあげよう」
二本の指を立てて見せ、オランピアはウィズの肩に手を置いた。振り払う気力は、ウィズにはなかった。
「一つは、私に誓約を破らせるために、お前の言葉を尽くすこと。上手く説得できれば、私の気が変わって全て元通りにしてやることもできる」
「元通り……?」
「死んだ人間は蘇らないけどねえ、怪我人は治るし、倒壊した建造物もパパッと片付く。その代わり、私は二度と魔法を使えなくなるけどね。私の魔法を奪うだけの覚悟で、私を説得しなきゃいけないよ」
「…………もう一つは?」
「今度こそ、お前が誓約の魔法を使うこと。私は私の魔法を自分から覆せないけど、お前の魔法をぶつけて消すことはできるし、上手に使えば、さっき言った元通りにすることも、お前の力でできるかもしれないねえ」
ウィズは掌の中のブローチを強く握りしめて、数秒考えた。けれど、答えは最初から決まっていて、その時間は、意を決するために費やされる。
よろりと立ち上がり、ウィズはなおも炎が覆う大地を見下ろした。
「誓約する。やり方を教えろ、オランピア」
オランピアは胸中で「やはりね」と思ったが、口には出さず、軽い微笑だけをこぼした。
ウィズはオランピアとよく似ていたから、きっとその選択をすると、彼女は初めからわかっていたのだ。
「本当、馬鹿な子だね、ウィズ」