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オランピアの庵に、ウィズが訪れなくなってひと月が経過した。
ちょうど収穫の時期でもあったし、人手が足りなくて畑仕事の手伝いでもしているのだろうと思っていたが、それにしたって、どこかしらで時間を作って、そのことを伝えるためだけにやってきそうなものだ。全くの音沙汰が無いことに、違和感を覚えた。
やきもきしたまま、オランピアはさらにひと月を過ごした。素知らぬふりをしてきたが、とうとう我慢も限界だ。勝手に出入りしていた可愛げのない子供の消息が気になってしょうがない。そんな自分の気持ちを認め、呆れ、受け入れて、仕方なしに自分から庵を出てみることにした。
小石を蹴りながら、ウィズの住む農村へ向かう。
少しばかり粉挽小屋の様子をうかがってみて、元気そうなら帰ればよい。案外、村の子供たちと打ち解けて仲良くやっているのかもしれない。得体のしれない魔女のもとへ来なくてもいいくらいに、充実した生活をしているに違いない。
そうこう考えているうちに、目的地へとたどり着く。
それほど大きくない村をぐるりと一巡してみるが、粉挽小屋らしき建造物は見当たらない。
ちょうどよく、目を向けた先の畑には作業する青年がいて、オランピアは声を掛けた。
「そこの坊や、この村、粉挽小屋は無いのかい?」
「小屋ならひと月前に取り壊されたよ」
「なに? じゃあ、どうやって小麦を加工するんだ?」
「都までの道が整備されてね、小麦は全部、そのまんま都に卸すことになったのさ。行商も良く来るようになって、色んなものが手に入る。便利になったもんさ」
「ああ、そう……いや、その、なんだ。私は粉挽小屋の住人に用があってきたのだが、確かこの村に、親子が住んでいただろう? 今は何処にいるんだい?」
「あんた、ふた月前の都からの布令を知らないのか?」
「あ、ああ。村の外で暮らしていてな……。自給自足だから、滅多に外に出ないもんで」
青年は怪訝そうにオランピアを眺めたが、身なりを整え、宛ら貴婦人のような様相であった彼女を、そこそこに位の高い世間知らずの婦人だと思ったのか、深く追求されることは無かった。
「都で、“魔力持ち”の人材を集めているとかで、ふた月前に使者と一緒に都に行ったよ」
「なんでまた都はそんなことを?」
「さあね。お偉い方の考えはわからんさ」
「…………手を止めさせて悪かったね。どうもありがとう」
適当に切り上げて、オランピアは目的地を決めずに歩き出した。気持ちはこのまま寝床に帰ってしまいたかったが、足は整備されたばかりの綺麗な道へと向いている。
うんうんと唸りながら、悩まし気に彼女は歩き続けて、空模様が変わる事にも気づかずに、雨が降っても風が吹いても気にせずに、結局そうして十日が過ぎた。ようやく腹を決めた頃、彼女にとってはあっという間に都に着く。
検問を適当に潜り抜けて、我が物顔でオランピアは町中を闊歩した。
この国の王が直々に出した布令だ。彼女は迷わず一直線に王城へ向かい、立ちはだかる衛兵は全て魔法で昏倒させた。あちこち歩き回って、程なくして、王の居所を見つける。王の顔を見てから、兵士どもを昏倒させる前に居場所を聞き出せば早かったなと、自らの計画性の無さに僅かな後悔を抱いた。
「お、おぬし、何者だ?!」
「ウィズって子供を探してるんだけど、お前知ってるよね? 隠し立てせず居場所を吐けば、悪いようにはしないよ」
「だ、誰だ……そいつは……だいたい、おぬしは何なのだ」
「大魔女オランピアの名を知らないわけあるまい。私の可愛い友人が、ふた月前の布令とやらで此処に連れてこられたはずだ。ウィズの名を知らずとも、自分で布告した令くらいは覚えているだろう?」
オランピアの名を聴いて、王はさっと青ざめる。否定をしたがって、口をぱくぱくとさせていたが、本物を前にして、その威圧感に本能は逆らうことを拒絶していた。
ガタガタと震えて、一向に言葉を紡げない王を見下し、嘲り、オランピアは手を叩いてみたが、このままでは埒が明かない。
「お前がね、何を企もうと私は何の関心もないよ。ただそれに、ウィズを巻き込まないで欲しいだけだ。アレを返してくれるなら、私は大人しく住処に帰るよ」
オランピアの囁きに、王は悲鳴のような高い声で、傍で立ち尽くしていた臣下へ、件の少年を連れてくるようにと告げた。
連れてくるまでに時間がかかると、弱弱しく言うので、オランピアは図々しくも、椅子を持ってくるように要求する。王は飛びのく様に部屋の端へ移り、先ほどまで自らの背にあった派手な玉座を差し出した。オランピアの趣味ではないが、座って待てればなんでもよかったので、ありがたく玉座へと腰かけた。
彼女が退屈で欠伸をするたびに、部屋中の人間がびくりと跳ねるので、オランピアはおかしくなって、わざと彼らを怖がらせるようにして揶揄ってやった。
まだこれと言って、何か一つでも害を与えているわけではないにもかかわらず、この世の終わりのような顔で彼女を恐れる人々を虚仮にして時間をつぶしていると、漸、待ちわびた相手が連れてこられる。
「お、畏れながら」
先に入ってきた臣下が零す。
続きの言葉が紡がれないまま、大きな籠に入れられた少年が運び込まれてきた。手はだらんと垂れていて、外傷はないが、明らかに衰弱し、意識が無いのは明白だ。
「なんだ、お前たち、私のウィズを殺したのか?」
「い、いえ! 辛うじて! 辛うじて、息は御座います……しかし、その……」
「ふうん、生きてるのか。なら問題ないな。おい、ウィズ、死ぬんじゃないよ。私が此処まで来た意味がなくなるだろう」
立ち上がり、オランピアはウィズの傍へ寄る。そのまま力の抜けているその小さな体を抱き上げて、幼子をあやすように、背を撫でてやった。
彼女の赤い魔力がウィズを包むと、次第に顔色が良くなって、垂れさがっていた腕が、懸命に彼女にしがみつく様に回される。
「お、おらんぴあ」
「お前ね、いなくなるなら居なくなるって、事前に言ってくれないと、急に来なくなったら、気になって夜も眠れないだろう?」
「オラン、ピア……うぁ……あああっ……オランピア、もう、会えないとおもっ……うぐっ」
「泣くんじゃないよ汚いねえ。……じゃあ、用は済んだから帰るとしようかね」
部屋中の誰もが、退却しようとする背中にほっと安堵した。
しかし、ウィズの声がそれを拒んだ。
「駄目だっ、あんな実験、続けさせたら駄目だよ! 僕みたいなのがまだ大勢いるんだ、放っておけない……!」
「私に国を敵に回せっていうのかい、ウィズ?」
オランピアは心の中で、「まあ別に、構わないけど」と思ったが、声には出さず、試すようにウィズを見た。
試されていることが分かったウィズは、彼女を突き飛ばし腕の中から抜け出す。
辺りは騒然とし、誰もが少年を糾弾したがったが、魔女の恐ろしさにただ鈍いどよめきしか響かない。
「自分でやる。オランピアは見ててくれるだけでいい」
「お前の力でどうやって?」
「誓約をする」
「……正気か?」
「本気だ」
「…………それこそ駄目だ。お前に向かないんだから」
「嘘つき」
ウィズは苦笑してオランピアを見上げた。彼女はハッとして、すぐさまウィズの腕を後ろ手に押さえ地に押さえつける。
「この程度の事で誓約するなんて駄目なんだよウィズ。それでもお前は止める気が無いみたいだから、私が代わりに終わらせてやる」
「オランピアっ……何を」
「お前には刺激が強いかもしれないからな、少しの間眠ってな。起きたら改めて聞かせてくれ、ウィズの決意を」
オランピアは苦い顔をして、魔法でウィズを眠らせる。
誰かの悲鳴が、意識が落ちる刹那の中で木霊していた。