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ウィズはオランピアの庵を足繁く訪れた。
オランピアとの時間がウィズは好きだったし、魔法について話をできるのも新鮮で、楽しかったから。だが、ウィズには弟子入りや真面目に教えを乞うという意欲はなく、本当にただ気になったことを彼女と語らうだけである。そうしたウィズの距離の取り方が、オランピアもまた居心地が良かった。
ウィズという少年は、物事へ程々な興味を寄せたが、答えのわからないことには然して貪欲ではなく、ありのままを受け入れられる、さっぱりとしたところがあった。
「オランピア、言葉に魔力を込めて、言葉の力をさらに強めれば、もっと魔法でいろんなことができたりしないかな」
「おい、ウィズ。お前、それは自分で考えたのか?」
「え? うん。僕には他に魔法の話をするような相手はいないし、なんとなく考えてみただけだけど?」
「その閃きには恐れ入るな。流石の私もゾッとした」
「な、なんだよ一体」
「……今の魔法使いの殆どが忘れ失われた、古い魔法に“誓約の魔法”と言うものがある。正確にはウィズが言ったこととは逆で、魔法の方に言の葉の力を乗せてやることで、より強い力を引き出すものだけどね」
「ひょっとして、オランピアの魔法はその誓約によるもの?」
「ああ、そうさ。世界中に悪名轟くほど大昔からいる私は、誓約の魔法を使う唯一最後の古の魔女なのさ」
「それってどうやるの?」
「残念、お前みたいないい加減な奴には教えてやんない」
「僕には向かない?」
「全くこれっぽっちもね。逆も試そうとするんじゃないよ。誓約はとびきり魔法を強くしてくれるが、失敗したら魔力の全てを失って、二度と魔法が使えなくなる難しい代物だからね」
「ああ、えーと、なるほどね。いい加減な僕には向かないや」
ぼやくウィズの頭を、オランピアは乱暴に撫でた。髪の毛がくしゃくしゃになる。
ウィズは少し不服そうにしたが、自分でも“いい加減”と称した通り、ぼさぼさになった髪を直そうとはしない。だから仕方なく、オランピアは自分の手で崩したウィズの髪を、今度は丁寧に整えてやるのだ。
髪を梳く手が心地よく、されるがままに頭を委ねていると、気を良くしたオランピアが、今度はウィズの髪を編み込んでゆく。さらさらとした金の髪は、ウィズの態度と同じく、抵抗なく結われた。
「髪弄り、面白い?」
「ふん。特別楽しくはないね。だが、まあ、お前を着飾らせるのは悪くない」
「そうやって、珍妙な格好をさせて盛大に僕を嘲笑うのも含めてだ」
「よくわかってるくせに、お前は抵抗しないねえ」
「まあね。オランピアは僕を馬鹿にして嗤うけど、僕の事嫌いでやってるわけじゃないのはわかるから」
「ははっ、知ったような事を」
オランピアは結ったばかりのウィズの毛束を強く引っ張った。
それまで身をゆだねていたウィズも、痛みを伴ったことで不満げに彼女を見上げる。
「村の子供だってそんな幼稚な嫌がらせしないよ!」
「うん? なにさ、今のが嫌がらせって言いたいのかいウィズ。今のは編み込みの強度を確かめただけさ」
「乱暴な確認だなあ! 抜けたらどうすんのさ! くっきり此処に穴が開いたら恥ずかしいじゃないか!」
「あっはっは! 馬鹿め! そんな簡単にごっそり髪は抜けないよ!」
「長老の頭を知らないから言えるんだ、そんなこと。最近どんどん髪が抜けて、頭のてっぺんがくっきり丸く禿げてるんだからね。僕もそうならないとは限らないだろ」
「お前はそんなみじめにはならないさ。それでも心配なら、私が特別にまじないをかけてやってもいい」
提案しながらも、くくく、と笑いを堪えるオランピアに、ウィズは揶揄われている気持ちになって、顔を真っ赤にして「気休めは要らない!」と叫び、庵を飛び出した。
道中の小石を蹴りながら、家路につく。
粉挽小屋に帰り着くと、父がぎこちなく声を掛ける。最近、魔法を上達させていくウィズの様子を見て、得体のしれない恐ろしさを感じているようだった。
「ウィズ、その髪どうしたんだ?」
「髪?」
指摘され、そういえば編んだ髪をそのままに帰ってきてしまったことを思い出した。
ウィズの不器用さを父はよく知っているし、自分でやったわけではないのは明白。オランピアの事は騒ぎにならないように秘密にしていたから、ウィズは少しだけ答えに迷って、「友達に結んでもらった」と小さく返した。
「最近遅くまで出かけているみたいだけど、それもその友達が理由なのか?」
「ああ、うん。ちょっとここからじゃ遠くて……村の外に住んでるからさ」
「そうか……。良くしてもらっているんだな」
「……そうなんだ、すごく善い人なんだ」
「そうか」
父はそれだけ言うと暫く黙って、重々しく、ウィズの名を呼んだ。
ウィズはあどけなく返事をする。その両目に、家族への信頼の煌めきがあり、その光に気が付いた父は、緩く首を振り「何でもないよ」とほほ笑んだ。