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古魔女のオランピア  作者: 兎角Arle
エピローグ
10/10

黒い女神は夢を観る

前提:オフラインで頒布している三部作「黄金のウィズ」「青薔薇のソフィア」「透き通るテレサ」において、劇場の黒い女神が3冊の本を読む導入からシリーズが始まります。このエピローグは、その延長の結末になります。

 劇場の黒い女神は、時にお昼寝と称して眠りにつく。

 眠る彼女は、人間たちの夢の中へとほんの少しだけお邪魔して、その中のエキストラとして何食わぬ顔で宿主の世界を観光するのだ。

 ありふれた幼い少女に扮した女神は、今日も人間の夢を見て回る。

 普段は目的地も決めずフラフラとあちこち飛び回るのだが、此度は一直線に、彼の元へ駆け寄った。


「あ! いました。先生! 新作読みましたよ!」


 何処からともなく取り出した3冊の本を掲げ女神が告げると、男はちらと幼い少女の姿をした彼女を一瞥して、深々とため息をついた。


「なんだい、とうとう夢にまで観るんだな」

「寝ぼけてるんですか?」

「寝ているんだろう。残念ながら私のことを先生なんて呼ぶやつは、一人もいない」

「本を書いたのに?」

「そうとも」


 彼は頷き、「だから此処もお前もみぃんな夢の偶像に違いねえ」と嗤った。


「ではつまり、先生は夢に見るくらいに、ヒトから先生と呼ばれたかったわけですか?」

「さあ、どうだったかな。でも少しは、憧れたものがあったかもしれない。ま、もうどうでも良いさ。期待なんてするだけ無駄だと思い知った」

「あのぅ、ところでですね、この本、私も読んだんですよ。どうしても聞きたいことがあって」


 女神が手にした本を向けて、控えめに問いかけると、男ははっと笑いを漏らして「なんて自問自答だ」と。

 どうやら彼は、本気で自分が夢の中にいるのだとわかっているらしい。

 とはいえ、明晰夢だろうと何であろうと、女神には関係ないし、気にするものでもない。ただマイペースに、彼女は続けた。


「どうしてこの本を書いたのですか?」

「ナンセンスだ。作家本人に意図を問うだなんて!」

「知り合いが散々、解釈をひけらかしてくれたのですが、残念ながら私は、この本から何にも感じなかったのです。いいえ、掬い取ろうと思えばいくらでも、思いを馳せることはできるのですが、三冊読んだ途端に、何もかも戯れに思えてしまったのです。ともすれば、これは何のための物語だったのか? 先生の気持ちが気になりまして、ええ、そう、あなたがこれを書く意味を知りたかったのです」

「……面白い着眼点だ。って、夢の子供に何を言ってるんだか…………ま、いいさ、これは夢だから、ナンセンスだろうとかまわねえかな。特別だ、教えてやろう」


 彼は少女の頭を乱暴にわしゃわしゃと撫でた。女神は「わひゃあ」とその勢いに驚きのような、楽しんでさえいるような声を上げる。

 少女の小さな手櫛が乱れた髪を整えていると、繁々と見ていた彼がポロリとこぼした。


「意味なんてない。理由なんてない。こんなもの、恣意的なアイデアの寄せ集めにすぎない。ただ己の内側から湧き出ずる閃きを、思いつきを、書き綴り書き終わらせろと、私の中の化物が叫んだのさ」

「なんと」

「良い反応だ、お嬢ちゃん。そうさ、ご大層なテーマなんてない。読み手が勝手に何かの寓意を見出したなら、私はそれを嘲笑うね」

「はわわ、なんと悪趣味な」

「悪趣味で結構。だからこそ悲劇なんだろう、その話は。悲劇は単純だ、読み手が勝手に、その悲しみに意義を見出そうとして頭を使う。そうして考えるほど勝手に深みにハマってごく簡単に名作へと仕立ててくれる。が、実際はそうでもないか。見る目のあるやつが見ればこんな薄っぺらに価値がないのは明白だ。お嬢ちゃんはいいセンスを持ってるようだな……いや、私の夢だから当たり前か」


 何を言ってるんだか、と自らに呆れ嘆息した男に、女神は続けて問うてみる。


「黄金の魔法使いの話を取り込んだのはどうしてです?」

「単なる宣伝狙いさ。有名な話を混ぜればそれだけで注目されるだろう?」

「はわー、なんと悪質な」

「反応のパターンが一種類しかないのかねお前は……いや、私の発想が貧弱ってだけか、ははっ」

「ふむふむ、人間とは面白いものですね」


 もはや互いに互いが眼中になく、二人して独り言をこぼして納得している。だから相手が何を言ったのか、互いに聞き漏らしていた。


「ありがとうございました、先生」

「質問はもうないのか?」

「名残惜しいですか?」

「いいや、やっと終わって清々する」

「むむ、何やら邪険にされてますね」

「どうせ覚めたら全部消えて無くなる夢なんだから、どうでもいいだけだ」


 女神はふわりと浮いてみせる。

 男は驚かなかった。つまらなそうに夢の中で浮かぶ少女を一瞥して「くだらない」と吐き捨てた。

 そんな男の頭を女神は優しく撫でてやった。

 そこで、彼はほんの少しだけ、泣き出しそうに目元を歪めた。


「執筆お疲れ様でした。とっても有意義な時間でした。読んでいて楽しかったですよ、先生」


 嗚咽を飲み込むように、息の根だけが響く。

 無意味だと内心で吐き捨てたいけれど、夢の中むき出しの心はあまりにも実直で、望んだ労いと求めた言葉に、ほんの少しだけ、安心するのだ。


 彼はただ、欲していたのだ。

 無意味で無価値で何の意義もない、それでも向けられる温かな言葉を。

 高尚な解釈も、崇高な寓意もいらない。

 求めたのはひどくシンプルな一言。


「楽しい時間をどうもありがとう」


 女神の微笑みを最後に、男の夢は終わりを迎えた。

思いつきで書いた蛇足も蛇足のエピローグなので掲載を迷いましたが三部作のもう一つのオチとしてはあってもいいかと思い載せます。

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