子供の神話
これは、昔々、そう地球をたくさんの生き物達が埋め尽くしていた頃のお話です。あるところにトカゲの男の子の三兄弟が両親と一緒に仲良く暮らしていました。しかし、ある日大きな虎が彼らの家にやってきて、襲いました。両親は三兄弟の身代わりとなって食べられ、彼らを逃しました。その夜、三人が岩の上に涙を落としていると、月の光を身にまとった美しい女の天使が現れました。天使は三人に言いました。
「あなた達はたくさんの悲しみと共に、たくさんの涙を流しました。世界は平等でなくてはいけません。あなた達の望みの物を一人一つずつあげましょう。言ってごらんなさい」
長男が太い大きな声で怒鳴りました。
「大きく強い体と鋭い牙をくれ!俺は父さんや母さんの二の舞にならないよう、強くなりたいんだ!もう二度と奪われる側にはなりたくない!」
「いいでしょう」
と、天使が答えると長男の体を光が包み込みました。その光が消えると、長男の体は彼の望み通りの姿に変わっていました。
次に次男が言いました。
「僕は翼が欲しい。この広い空に羽ばたけばそこは僕だけの世界だ。奪う必要もなければ、誰かに何かを奪われることもない」
天使は少し考え込みました。翼は天にいる者だけに与えられる物であり、また天使でも作ることのできない物でした。しかも、それゆえに大きな価値がありました。しかし、ここで謝って断るのは自分が情けなかったのです。天使はしぶしぶと自分の翼を次男に与えました。長男はそれをただただ情け無い思いで見つめていました。
最後に天使は三男に望みの物をたずねました。三男は今の自分に満足していると言い、断りました。天使は静かに頷くと風と共に消えました。
それからしばらくて、氷河期が訪れました。多くの草木が枯れました。生き物達は、ほんの僅かに残った食べ物を奪い合い、それを得た者もいましたが、多くの者が争いに負け、死にました。長男は後者のうちの一人でした。三男は長男が他の生き物と争うのを止めに入ろうとしましたが、小さく弱い体のせいか見向きもされませんでした。争いが終わり、長男が死ぬ直前のことです。空腹や怪我で我を失っていた長男は、最後の最後に目の前にいた三男を食べてしまいました。次男にとって最後の家族が一度に二人も死んでしまう瞬間、彼は木のてっぺんから冷たい目で見つめていました。次男が争いに敗れたり、餓死したりして、死ぬことはありませんでした。なぜなら、彼は木の遥か上の方、つまり他の生き物達には手の届かぬところにある食べ物を独り占めできたからです。氷河期の悲劇の数々を見下す生き物は彼一人でした。
しかし、そんな彼を恨めしく思う者達がいました。悪魔達です。本来、天に居られるのは天使と悪魔だけでした。また悪魔達の楽しみは地上にいる生き物を騙し、彼らが苦しむのを見て笑うことでした。そこに現れた翼を持つ生き物。しかも賢く、生意気にも自分達のように生き物達を見下している。それが気に入らない悪魔達は次男を標的にしました。
ある日ついに悪魔達が次男に一杯食わせてやろうと、次男に話しかけました。最初に口を開いたのは悪魔のリーダーでした。
「よう、あんた。なんか望みはねぇのか。取り引きしようじゃねぇか。俺があんたの望みを一つ叶えてやるから、俺の願いも聞いてはくれねぇか」
次男はふと思い出しました。三男のことです。ああ、天使に願いを問われ、今を望んだ愛しい弟よ。彼ははっきり言って、馬鹿正直というものだった。しかし素直なのは良いことではないか。あんなにも純粋で真っ直ぐだったのに、あまりにも哀れな死に方だった。
「いいだろう。それでは僕からの願いだが、僕の弟を生き返らせ、彼に永遠の命と種族の繁栄を与えてくれ」
悪魔は内心で他人のことを願う次男を笑うと、いいだろう、と答え、次男の願いを叶えました。
「それじゃあ、今度は俺の番だ。願いはただひとつ、あんたの味覚を俺によこせ」
次男は嫌でしたが自分の願いはもう既に叶えられており、断ることもできなかったので、しぶしぶと頷かざるを得ませんでした。
その取り引き以来、次男は虫を食べることが多くなりました。悪魔達が嫌がらせに木の上から下まで実をとって、谷の底に捨ててしまったのです。今まではとても気持ちが悪くて木の実でなくては食べれないと思っていましたが、今では味覚がないため対して変わりが無いように感じるのです。そして、皮肉なことにも彼の弟はトカゲであり、彼を兄のように食べたとしても彼は永遠の命を持っているのです。また、彼の子孫が繁栄するということは自分の食べ物が絶えることの無いということでもあり、次男は大変複雑な気持ちでした。
悪魔の方はというと、こちらもまた皮肉な事態に見舞われていました。味覚を得た悪魔は食べることに快感を覚えるようになりました。
つまりそれは食欲でした。味覚を得る前の悪魔にとって、欲を持つ生き物は最高の獲物でした。しかし、今ではそれが自分なのです。それで終われば良かったのですが、悪魔は彼だけではなかったので、大変でした。かつての仲間達に獲物として追われるようになっていたのです。悪魔は裏切りという苦しみを初めて味わいました。悪魔達から追われ、いつか酷い目にあわされてしまうという恐怖に耐えかねた頃のある日のことでした。悪魔は翼のない天使を見つけました。かつて三兄弟の願いを叶えたあの天使でした。悪魔は魔法で自分と体を一つにまとめ、自分を隠してくれないか、と天使に頼みました。天使はそれの魔法を使うには大きな代償がいると言いましたが、悪魔はさっと反対の空を見つめ、翼を天使に見せました。確かに、翼なら代償としては充分でした。天使は承諾しました。天使に利益はありませんでしたが、彼女は翼を失っても優しい心はまだ持ち続けていましたし、何より、天からやって来た地上をさまよえる者、という点で悪魔を唯一の仲間だと思っていました。
すなわち、正義と思いやりの心、悪と偽りの目、そして他の生き物達にはない頭脳を持った堕天者が地上に生まれました。生き物達は彼とその種族をこう呼びます。人間と。




