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僕だけが騙されない超癒しダンジョン  作者: 東條水久
第一章 癒しが必要なあなたに
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1-8 泣いてる黒猫を追いかけて

 

 フィーニャは自分を褒めて、と言わんばかりの表情をしていた。彼女の足元には自分の前足で地面をこすった跡がある。おそらく「マシロ」と書きたかったのだろうが、判読不可能だった。


 だがここまで自信満々に主張されると、自分が間違っているかのような錯覚に陥る。……いや、もし間違っているのが僕でもフィーニャでもなかったとしたら?


 他の魔獣とも検証してみないと何とも言えないが、もし人間と魔獣の見えている景色が違っていたとしたらどうだろう。こんなにも賢く、意志を持っている魔獣が動物に間違えられたり、魔物と同一視されていたりするのは、未だに人間と意思疎通できていないからでは?


 なんだか胸の奥に異物があるような違和感がある。

 魔獣とは判り合えない、この世界はそういうものだ、と決めつけられているような気がした。


『マシロ?』


 考え込んでいた僕をフィーニャは不思議そうな目で覗き込んでいた。考えこんだら周りの声が聞こえなくなってしまうのは悪い癖だ。ひとまず魔獣が書く文字については忘れよう。


『ねえマシロ! 他の文字も教えて! 私もっと「書く」してみたい!』


 フィーニャは新しい体験にワクワクしている様子だが、これ以上文字を教えても正しく学べるか確証はない。

 無邪気なフィーニャをどうやり過ごすべきか、と思案を巡らせていると、三毛猫の一匹が駆け寄ってきた。


『なーなー白ヒトー! 砂遊びなんてしてないで、なんか飯くれー!』


『ああ!? レフ、踏まないでよ! 私の文字が消えちゃうじゃない!』


『「モジ」? なんだそれ? そんなことより腹減ったー!』


 レフと呼ばれたオスの三毛猫はフィーニャが書いた文字の上を構わず歩き回る。


『ああもう! レフのバカ! あっち行っててよ!』


『なんだよやんのか!』


 猫がケンカする直前の「ンニャーオ!」という鳴き声が聞こえてくる。どうしよう、止めた方がいいのかな……。そう迷っていると、後ろからもう一匹の三毛猫の声がした。


『お兄ちゃん、美味しそうなのが入ってるよ』


 振り返るとメスの三毛猫は僕のリュックを漁って、持ってきていたパンを咥えていた。


「ちょっ、ちょっとまっ……!」


 猫にとってパンはあまり良くない。猫は炭水化物を消化する能力が低いため、消化不良を引き起こしてしまうと聞いたことがある。身を案じてパンを慌てて取り返そうとするがさらりと躱されてしまう。


『でかしたライ!』


 レフは自分もパンにあやかろうと「ライ」と呼ぶ三毛猫を追いかけていった。

 まずいまずいまずい! 自分の不注意で猫に害が及んでしまう!

 焦る僕の上をワシミミズクが旋回している。


『うんちの補給! うんちの補給!』


 食事の目的が独特すぎる!



 パンを取り返すために何か有用そうなものはないかと、リュックの中を探していたらロープを見つけた。これで牛を捕らえるカウボーイみたいに捕まえろと? 無理でしょ!


 ロープを手に持ちながらあれこれと考え込んでいると、二匹の三毛猫は逆に自ら僕に近づいていた。

 三毛猫兄妹の視線はゆらゆらと揺れるロープに釘付けだった。そうか! ねこじゃらしの要領で気を引けば……。猫の狩猟本能を刺激させるように前足が届くギリギリの範囲でロープを揺れ動かす。


「いーーー…………よいしょ!」


 隙を見てライからパンを奪い返すことに成功した。


『あ……、取られちゃった。ぶー』


『ずるいぞ! それは俺たちの獲物だ!』


「だ、ダメです。これは人の食べ物なの。き、君たちが食べたら、お腹壊しちゃうよ?」


『そ、そんなの平気だ!』


「最悪、死んじゃうかもよ」


『えっ……』


 レフとライはぞっとした顔で見合わせている。強めに驚かしてみたが正解だったようだ。


「今度、君たちが食べられるご飯を持ってくるから、それで勘弁してね」


『ほ、本当だな!』


『美味しいのがいい……』


 なんとか丸く収まったようだ。上空で騒がしかったワシミミズクも飛び去っていく。一つの言葉を残して。



『うんち継続チャンス!!』



 黙れ変態。






 ほっと一息ついたのも束の間、ダンジョンの奥から元気ハツラツとした声が響いた。


『遊んでるのー? ぼくも入れて―!! 行くよ行くよ行くよー!』


 ててて、と足音を鳴らすポメラニアンが加速しながら走ってくる。標的は僕だった。え、僕もウォーレンのようにポメラニアンに轢かれちゃうってこと?


『逃げろ、白ヒト! あいつに目をつけられて宙を回らなかった奴はいねえ!』


 いつもふざけ気味だったレフが真剣に忠告をする。僕、死ぬの?


『あいつ、旋回性能も高いから避けるの無理だよ。諦めが肝心』


 もしかしてライちゃん、遠回しに僕に死ねって言ってる? 


『行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ行くよ!!!!!』


 苦し紛れに探ったリュックの中から盾代わりの鍋の蓋を取り出した。こんなので防げるわけがない! 過去の僕、死ね! いや、今死んじゃうんだよ!


 足音がドドドドドドドドド、という重低音に変わった。ウォーレンが轢かれて宙を舞った光景が思い浮かぶ。僕は彼ほどタフじゃないので死ぬのは確実だろう。二度目の死因がポメラニアンによる轢死ってなんなんだよぉ!



『マシロ!!』



 フィーニャが駆け出した。だがその行く先は僕ではなく、僕とポメラニアンの間に入るように。

 このままだとフィーニャは僕を庇って轢かれる。 

 まだ出会って幾ばくも無いのに、こんな僕を…………、



 それだけはダメだ!!!



 無我夢中だった。僕は手に持った鍋の蓋をポメラニアンに投げつける。水平に投げた蓋は回転しながらポメラニアンの頭上を越えていった。



 まるでフリスビーのように。



『わふっ!!!?』


 ポメラニアンは持ち前の脚力でクイックターンをし、飛んでいく鍋の蓋を追いかけていった。


「けほっ、ごほっ」


 ポメラニアンが急旋回した際に舞い上がった大量の砂埃により咳込んでしまう。だがその程度、死の窮地に比べればどうということもなかった。

 がじがじと鍋の蓋を齧っているポメラニアンが目に入る。もうそれあげるから大人しくしててね……。


 一方、僕を庇ってくれたフィーニャは、全身にかかった埃を振り払うように身体をぶるぶると震わせていた。


『全く……あの子の駆け出したら止まらない癖はどうにかならないの?』


「あ、あの……助けてくれて、ありが……」


『何言ってるのよ。あなたの機転のおか『すっげー! すっげーぜ白ヒト!』レフっ!!』


 またもや話を遮られたフィーニャは憤慨しているが、当のレフは構わず僕に話しかけてきた。


『あのドドドの突進をやり過ごすヒトなんて初めて見たぜ!』


「「ドドド」ってやっぱり、あの子の名前?」


『走ると「ドドドドドドッ」って音がするからな! その音が聞こえたら必ずヒトが吹っ飛ぶんだぜ!』


 こ、こわ~。


『ねえ、もっとロープ振って。楽しいのやって』


 ライはロープが気に入ったようだ。もう一度遊んでほしいとねだる姿は何とも愛らしい。


『次はボクの番だ! ほぉら、格好いいポーズを考えてみたんだがどうだい?』


 妙な決めポーズをしているシャム猫がアピールしてくる。格好いい、というよりもアクロバティックなポーズは試行錯誤の跡が窺える。


『くっ……このポーズを保つのはなんと難し、あぅ!?』


 シャム猫は飛び出してきたレフにぶつかって転げてしまう。興奮気味のレフはそのことにまるで気付いていない様子だった。


『なあなあ、白ヒトー! お前面白い奴だなー!! お前、俺の舎弟にならないか?』


『こらレフ! 危ないでしょ! それにこいつは私の下僕よ!』


 フィーニャの下僕になったつもりはなんだけど……。尻尾を大きく振り明らかに苛立っているフィーニャだったが、レフは彼女の静止に全く耳を貸さなかった。


『いいだろ白ヒトー! 可愛がってあげるぜ? 舎弟になれよ白ヒト~』


『いい加減にしなさい……!』


 遂に堪忍袋の緒が切れたのか、フィーニャはレフに臨戦態勢を取る。しかし、猫のケンカのように跳びかかる様子はない。ただ狙いすますかのように睨みつけていた。




『そいつは「白ヒト」じゃない! 「マシロ」って名前があるの!!』




 怒っていた理由はそこ? フィーニャの怒号と共に彼女の鼻先の空間が歪んだ。不思議に思い、つい覗き込んでしまった。フィーニャとレフの間に入る様に。



 ばしゃっ、と顔面が水で濡れた。何もないはずの空間から水が噴き出したのだ。この現象ってもしかして……。


『あっ……、そんなつもりは……』


『お、お前! 最低だな!! よりにもよって水の魔法を使うなんて!!』


 やっぱり魔法だったのか。すごいな、魔獣って魔法が使えるんだ。いや「魔法が使える獣」だから「魔獣」なのか?


『見損なったぜフィーニャ! もうお前なんかについてってやんねー! ついてったことねーけど!!』


『フィーニャとは口利かない。ぷい』


『流石にそれはナンセンスだよ、君ぃ』


『う……、いや……』


 予想以上に猫たちから非難囂囂だった。水鉄砲を浴びせられた程度だったのに少し過剰ではないかと思ったが、猫は水が苦手な生き物だったことを思い出す。彼らにとって水の魔法は最悪な行為だったのだろう。


『大丈夫? あんたは末っ子だから慰めてあげる。よしよし』


『ボクのパートナーよ! 気を確かに!』


『舎弟のお前は俺が守ってやるぜ! ……おい、いつまでそこにいるんだ! あっち行けよ!』


『……っ!』


 いつの間にか肩書が増えているが、このまま一方的にフィーニャが責められるのはいたたまれない。とにかく割って入ることにした。


「ま、まあ、みんな落ち着いて……」



『うるさいうるさい!! もうあなたたちなんて知らない! 勝手にすればいいんだから!バカバカバカーーーーーー!!!!』



 フィーニャは涙声交じりの罵倒を繰り返しながら、ダンジョンから飛び出してしまった。

 あっという間に森の中に入り、見失ってしまう。


『あーあ、またどっか行きやがった。何度目だよ』


『その内戻ってくる。忘れたころに』


『まさに形式美だな。ふふん』


 皆慣れているのか、仲間が一匹飛び出したのに淡泊な反応である。どうやらよくあることらしいが、さすがに心配になってくる。見に行こうか迷っていると、後ろから初めて耳にする声が聞こえた。



『マシロさん……というのですよね。ご機嫌いかが?』



 振り返ると、そこには少しぽっちゃり目で丸い体型の猫がいた。額には七三分けのような模様があり、傍から見てもそれなりに歳を重ねていそうだった。


『「セレニャ」と申します。フィーニャ様の乳母を任されておりますの』


 おっとりとしたメスの猫はフィーニャの従者だと言う。僕を下僕にしたがっていたことと言い、フィーニャは偉いところの出身なのだろうか。


『お願いしますの。フィーニャ様を追いかけて頂けませんか? そしてどうか落ち着くまであの子の傍にいてやってください』


『えー、婆やさん。ほっといてもいいだろあんな奴』


『レフくんだーめ。ちゃんと仲直りしなければいけませんの』


『ちぇー』


 嘗められているフィーニャと違って、セレニャは皆に一目置かれているようだ。


「で、でも何で僕なのですか……?」


『貴方、だからこそなのです』


 微笑みを向ける彼女の表情からは真意が読み取れない。部外者の僕が役に立てるとは思えないのだが……。


「……分かりました」


 セレニャはふふん、と笑って見送ってくれた。どうにもならなさそうだったらすぐに戻ってこよう……。

 僕はフィーニャが走っていった大体の方向に向かって進んだ。木々や茂みが生い茂る中で猫を探すのは至難の業だったが、彼女のすすり泣く声が聞こえてきたのですぐに見つかりそうだ。


 へこんでいる子にはなんて話しかけるのが正しいんだ……? 突然課せられた未知のクエストに辟易としてしまうが、ほっとけないという気持ちもあるためできるだけ頑張ろう……。

 茂みをかき分け森を進んでいると、泣いているフィーニャの声が段々と近くなってくる。

 何故か彼女の泣き声に違和感を抱く。普段ならば魔獣の声を聞くと、その魔獣の鳴き声に重なるように言葉の意味が頭に入ってくる、そのはずだった。



 僕が向かっている先の泣き声からはフィーニャの鳴き声が聞こえなかった。



 この茂みの向こうにいるのはフィーニャじゃない? 別の存在を追いかけていたのだと戸惑うが、泣いている者がすぐ近くにいるのは確かなため、様子だけでも伺おうとした。


 茂みで身を隠しつつ、頭だけを出すようにして泣き声の主を確認する。




「うぅぅうう………ぐすっ、うぅ~~、ばか、ばぁかぁ! みんなのばぁぁあか!! うわぁぁあん!!!」




 そこにいたのは、全裸の黒髪少女だった。


挿絵(By みてみん)

序盤の区切りの良い所まで来ましたので、明日の更新は今までの挿絵を纏めたものを19時に更新します。

本編の続きの更新は明後日、26日の17時です。

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