1-終 新しい朝、叶えたい夢
女神エクレノイアが降臨して一夜明けた朝、冒険者二人の見送りをするために僕らは村の入り口にいた。
「……迷惑をかけたな」
『本当よ。でも少しでも休めたなら良かったわ』
冒険者の一人のダンは申し訳なさそうに謝っている。一方、僕のフードの中で寛いでいるフィーニャはあっさりとしているが。
昨日、あれから中々ネコの姿に戻らなかったが、僕のベッドの上でいつの間にか元の姿で丸くなるように眠っていた。眠れば落ち着けるだろうし、今後意図せぬ変身した時の対処法として寝かしつけるのはいいかもしれないな。
「ふわぁあ……ネコちゃん可愛いなあ。もっと触れ合いたいなあ」
「こらカレン。俺たちは彼らの敵だったんだぞ。もう関わってはいけないんだ」
「ええー……そんなぁ……」
『ねえ、マシロ。あのヒトたちに伝えてちょうだい』
フィーニャに耳打ちされる。それは彼らにとっての救いの言葉だろう。
「お二方、またお疲れの時はお越しになってください」
「なっ……いいのか?」
「はい、獣たちも歓迎するそうですよ」
「はは、まるで直接聞いたみたい。ねえ、ダン。お金が溜まったらまた来ましょ」
「あ、ああ! そうだな!」
一番ダンが嬉しそうだな。元々は村人たちに魔獣たちの居場所を認めてもらうために始まったグリーン・ピースだったが、徐々に規模が大きくなっていきそうだ。
「ただし、他の人間、ましてや冒険者ギルドにはくれぐれも内密にお願いします。獣たちが対応できる数も限られているので、訪れる人をあまり増やしたくないんです」
「お、おう」
ただしっかりと釘は刺しておこう。人が増えて困るというのは方便で、目立ちすぎるのを避けるためであるが。
「約束は守ろう。ここで俺は夢を思い出させてくれたからな」
「ゆ、夢って……?」
「そりゃあお前を、カレンを守るぐらい強くなることだ」
「なっ、なんでそんな真っすぐに言えるかな……」
「?」
カレンはダンの告白紛いの言葉に顔を真っ赤にして俯いている。それに対しダンは疑問符を頭に浮かべていた。自分が何を言ったか分からんのか、このニブチンめ!
「そのために勇者の弟子になるという目的は変わらんが、あくまで手段だ。強くなるなんぞ、いくらでも手はある」
「ダン……強くなったね」
「? 強くなるのはこれからだが?」
「ふふ、そーだね♪」
なーんか、イチャコリャを見せつけられてるんですけどー。かーっ、甘酸っぱいねえ! さっさと帰れー。
「おーい、お前たち、まだいたのか」
背後から現れたのはヴァレニアだった。彼女はこの村が実家のはずだが、すでに旅支度を整えているようだった。
「ヴァレニアさんも出立するんですか? もっとゆっくりしていくのかと」
「こいつらがプロパ村に行くのを偶然見かけたから、気分で来ただけだ。暇だったし。パパとママにも十数年ぶりに直接話せたし、満足した」
「じゃ、じゃあ帰り道も私たちと来てくれるんですか?」
「いや、帰りは商業人の馬車に乗れないだろうし、君たちは徒歩だろう? 私は魔法で飛んで行くからここでお別れだ」
「そんなぁ……」
ヴァレニアはそう言って剣を斜めに立て掛け、そこに足を乗せた。おそらく昨日ダンジョンでテオドールに向かって飛んで行った魔法を使うのだろう。
「久々に実家に帰れていい気分転換になった。フーロウと闘えたし、ブレイクへのいい話の種ができたしな。では、さらばだ」
「なっ!?」
ヴァレニアの剣からバーナーのような炎が射出され、一気に上空に一筋の飛行機雲を残しながら飛んで行った。あっという間に豆粒のように小さくなる彼女を眺めていると、残されたダンが異様に慌て出した。
「なっ、なんでここで、あいつの名が……勇者ブレイクの名が出てくるんだ!?」
「ダン……勇者以外に興味なさそうだったけど、本当に知らなかったんだ……」
「ど、どいうことだ、カレン?」
「ヴァレニアさんは、魔王を討伐した勇者パーティの一人だよ」
「な、なにぃいいいいい!!?」
勇者と言えば、十五年前の魔物との戦争で活躍した人物だと聞いているが、ヴァレニアはその一員だったのか。
……って、戦争に参加していたらしいオズヴァルフがここに居ることを勇者に知られるのって結構ヤバくないか? 因縁をつけられていないことを願うしかない……。
「いやいや、戦争は十五年前だぞ! それにしては若すぎやしないか?」
「そりゃあヴァレニアさんはハーフエルフだし、ヒトと比べて歳の取り方はゆっくりだよ」
「そ、そうだったのか……。くっ……気付いていれば、勇者の弟子に入れてもらう絶好のチャンスだったのでは……? い、いや! 今からでも遅くない! カレン追うぞ!!」
「ええええ!? 無理無理!! 絶対に追いつけな……ちょっと! 待ってよぉ!!!」
冒険者のダンとカレンは彼方に消えたヴァレニアを追い、慌ただしくプロパ村から走り去っていった。だが、不思議とここに来た時のように焦燥している様子はなかった。それどころか、彼らからは青春のような爽やかさまで感じる。
彼らをここまで変えたのは魔獣たちのお陰だろう。改めて、魔獣たちの「癒し」の力を誇らしく思うのだった。
プロパ村の入り口を見渡せる崖の上で、ダンジョンに攻めてきた冒険者の二人が走り去るのを見届ける二匹の魔獣がいた。
『行ったか……、あの赤髪の女も長居せずに去ったのは僥倖だったな』
『珍しく押され気味だったですものねえ。寄る年波には勝てないものですの?』
『見ていたのかセレニャ。……口裂けヒトが邪魔したせいだ。短期決戦なら……まだ分からん』
老猫のセレニャの軽口に正直に答える大狼のオズヴァルフ。普段の彼なら憤慨していてもおかしくないが、ここまで穏やかな空気を保っているのは彼らの付き合いの長さからだろうか。
『次があるならば、奴を打ち砕くのは我が弟子たちだ』
『私としては、戦わずに済むならそれでいいですの。フィーニャ様は私たち以外の拠り所が見つかったみたいですし』
『わ、我は白ヒトなんぞ認めんぞ!』
動揺しながら吠える狼に対し、「誰も特定の人物のことは言ってませんよー」とでも言いたげな顔で老猫はによによ微笑んでいる。
『ぐっ……、事実として白ヒトが来てからはダンジョンが活気づいている。その点だけは褒めてやる。生き抜くだけで精一杯だった頃と比べて、良い傾向なのは間違いないからな』
『ええ、これで私たちの代わりに、フィーニャ様の望みも支えてくだされば助かるのですが』
『ふん、そこまで期待はしておらん。奴には荷が重すぎる。だが……』
狼は眼下で黒猫と談笑している白髪のヒトを、目を細めながら見つめていた。一瞬、憂いを帯びたその瞳は、すぐさま決意に漲った気迫に覆い隠される。
『奴にその覚悟があるというのなら、あのダンジョンなんぞくれてやる』
『……オズもマシロさんを認めているでしょうに。全く……素直じゃないんだから』
『はっ、後を託せる者を選んでいる余裕がないだけだ。そうだろう、セレニャ』
『我々に残された時間は少ないのだから』
『…………ん?』
「どうしたの、フィーニャ。崖の上に何かいるの?」
『いえ、気のせいだったみたい。帰りましょ、マシロ』
僕たちはダンたちの見送りが済んで、グリーン・ピースへと戻ろうとしていた。やり残した仕事が盛り沢山なため、今日は忙しいぞ。
『ねえ、マシロ。あなたって「夢」はあるかしら?』
唐突にフィーニャがそんなことを訊いてきた。ダンが自分の夢を語っていたから感化されたのかな。
夢……か。僕にそんなものがあると思うのかい? 今は目の前のことでいっぱいっぱいだし、何か叶えたい物を考える余裕はない。でも強いて言うなら……、
「フィーニャに夢があるなら、その力になることが僕の夢かな」
『なっ、なによそれ。もう!』
思っていた回答と違ったのか、フィーニャは若干怒って僕のフードから飛び降りた。でもこれが僕の本心だ。彼女に全てを捧げてもいいと思っている僕が、フィーニャの夢を叶えたいのは当然じゃないか。
「フィーニャの夢は何なの?」
『え、えっとね……ちょっと難しいことなんだけど……』
珍しくフィーニャはもじもじと口ごもっている。後ろ向きで尻尾をくるくると回している様子から、彼女はどうやって話そうか迷っているのが見て取れる。
うんうん、誰だって自分の夢を語るのは抵抗があるよね。でも、どれだけ難しい夢だったとしても、僕はフィーニャのためなら全力で尽くすつもりだ。
彼女は、堕ちに堕ちた僕の唯一の誇りになってくれた。その恩を返すためなら、たとえどんな手を使ってでも彼女の夢を叶えてみせる。僕は心の中で固く誓ったのだった。
『……………………私はっ』
フィーニャは意を決した面持ちで振り返った。
『私の国を造りたいの!』
…………予想の百倍、スケールの大きい夢だったぞぉ。
明日の19時に最終節の挿絵集を更新しますが、これにて第一章完結となります。
初めての長編で拙い部分もあったと思いますが、ここまで書き切ることができて良かったです。
二章はすでにプロットができていますが、本編はまだ執筆中なのでお待ちください。
改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。