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僕だけが騙されない超癒しダンジョン  作者: 東條水久
第一章 癒しが必要なあなたに
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1-61 癒しはあなたのために

「あらら、意外と早く立ち直ったわね」


 気が付くと教会の扉にもたれるようにエクレノイアが立っていた。


「あなたねえ……」


 心底つまらなそうな態度のエクレノイアに、怒りを露わにしているフィーニャを制する。僕だって言われているばかりじゃ気が収まらないんだ。


「女神エクレノイア、あんたが行ったことは全て認めるよ。僕は卑怯者だ」


「…………」


「だけどそんな僕を「好き」だと言ってくれる子がいたんだ。そのお陰で僕は生きる自信が湧いてきた」


 背後のフィーニャに目配せすると、微笑み返してくれた。みるみるうちに活力が漲ってくる。


「また何か策略を仕掛けてくるがいい。どんな手だろうと、必ず魔獣たちを守ってみせる」


 これは誓いだ。今後、神の気まぐれでまた危機が訪れるかもしれない。だとしても僕は絶対に乗り越えてみせる。僕は魔獣たちが好きだから。


 僕の宣言を聞いてエクレノイアは何の反応も示さずに沈黙している。顔面に影がかかっていて、どのような表情をしているか上手く読み取れなかった。

 その後、両手を自分の顔の正面で合わせて、朗らかに微笑んだ。



「まあ、なんと頼もしいのでしょう。いつの間にか見違えるほど強くなりましたね、マシロさん」



 僕を褒める女性の瞳は金色の光を取り戻していた。すでに女神エクレノイアの気配はなく、いつもの穏やかなマザー・エリーザがそこにいた。


「ま、マザー・エリーザ?」


「はい」


「あ、あの……さっきまで何をしていたか覚えていますか?」


「何のことですか?」


「エクレノイアが憑りついていたこととか……」


「何のことですか?」


「イエ、ナンデモアリマセン……」


 これ以上、踏み込んではいけない気がした……。とにかく、元のマザーに戻ったということでいいのだろう。また、いつかエクレノイアが出現するとしたら恐ろしいのだが……。


「エリーザさん! 本当にエリーザさんなの!?」


「はい、本当にエリーザさんです」


 フィーニャもマザーが元に戻ったことに気付いたようで、すでに警戒を解いている様子だった。


「エリーザさん! 神様に伝言を頼めるかしら?」


「伝言ですか? 私は神託を受け取ることはできますが、こちらの言葉を伝えることは……」


 マザーはフィーニャの問いに口を濁しているが、フィーニャは構わずに要求を伝えた。



「私とマシロを会わせてくれてありがとう、って!」



 フィーニャの発言にきょとんとしているマザーだったが、やがて両手を胸の前で重ねながら微笑ましい物を見るような目で答えた。



「ええ、必ずお伝えさせていただきます」









 僕とフィーニャはマザーと別れて帰路に就いていた。色々さらけ出してしまったせいか、気恥ずかしさで無言の時間が続いてしまう。しかし、緊張しつつも耐え切れず沈黙を破る僕なのであった。


「……か、帰ったら、まずフィーニャさんの服を洗いましょう。その……僕のゲロ(汚いの)ついちゃってますし……」


「別に気にしてないって言ってるでしょ」


「いや……フィーニャさんはいつも綺麗でいて欲しいですから」


「そ、そう……」


 微妙な反応をしたフィーニャは黙ってしまい、再び静寂が訪れる。僕また変な事を言ってしまったか……?


「……ねえ、前々から思ってたんだけど、あなた、たまに私に対しても丁寧な口調になるわよね?」


 うん? 敬語のことだろうか? 人相手だと癖で敬語になってしまうのだが、ヒトに変身しているフィーニャにもついつい出てしまっていた。


「それ、ころころ変わるのむずむずするから禁止ね! 私にはいつも通りの口調で話してちょうだい」


「は、はい、分かりま……、分かったよフィーニャ」


「ふふん」


 敬語で返事しかけたら、ムッとした表情をしたので慌てて砕けた口調に直す。そうしたらご機嫌に笑ってくれた。かわいい。


「…………」


 また口数が少なくなったと思ったら、フィーニャは頭を僕の肩に乗せてきた。そのまま擦り付けてくるように動くものだから、ふわふわと揺れる髪の毛がこそばゆい。


「ふぃ、フィーニャ!?」


「ねえ、マシロ……あの時、叩いちゃってごめんね……」


 あの時って……教会で僕がフィーニャのことを変な目で見てしまった時か。そんなの叩かれて当然なのに。

 ……と思い返していたら、叩かれて少し赤くなっていた僕の頬をフィーニャがさすってきた。驚きと緊張で身体が強張ってしまう。


「……痛かった?」


 フィーニャが心配そうな眼差しを向けてくる。彼女の引け目を感じていそうな表情が可愛くて、ふといたずらごころが芽生えてしまう。


「……すごく」


「ごっ、ごめんなさい!」


 青ざめて泣きそうな顔をしているフィーニャに耐え切れず噴き出してしまう。何故僕が笑ったのか分からず、きょとんとしているフィーニャも愛おしい。


「冗談。痛いほど心に響いたってことだよ。逆に感謝してる」


「……もう!」


 不貞腐れた様子のフィーニャは、こてんと再び僕の肩に頭を乗せた。やがて朗らかに微笑むと僕にある要求をしてきた。


「ふふ……ねえ、マシロ。撫でて」


「えっ!?」


「ほら、いつもみたいに、ね?」


 そりゃあネコ形態の時だとたまに撫でるけど、ヒト形態だと抵抗があるんですが!

 そんな僕の内心に構わずフィーニャは頭を擦り続けている。断っても離れてくれなさそうなので、緊張しつつもフィーニャの髪の柔らかさを感じながら撫でてみた。



挿絵(By みてみん)



「ふふ、くすぐったい」


 フィーニャはくすくすと笑っている。ふわふわな触り心地がなんとも気持ちがいい。フィーニャに文字でお礼を言われて時のように、胸の内が暖かくなっていくのが分かる。


「ねえ、マシロ……私はあなたを癒すことができたかしら」


「……ああ、とても……とっても癒されたよ」


「ふふん、よかったぁ」


 そうか、フィーニャは荒んでいた僕を癒そうとしてくれていたのか。現在も癒されている上に、自暴自棄になり失意のどん底にいた僕は彼女に救われた。

 この恩を返すために、僕は彼女に尽くしていかないと。まず初めにフィーニャの「撫でてほしい」という願いを叶えるべく、満足するまで撫でてあげなきゃな。


 撫で続けていると、フィーニャは段々僕に体重を預けるように寄りかかってきた。

 まるで乗りかかってくる勢いだったため困惑していると、ぱさっと何かが落ちる音が聞こえた。


 それはフィーニャが着ていた服だった。


『ねえ、手が止まってるわよ。もっと撫でて』


 フィーニャは元のネコの姿に戻っていた。


「フィーニャ、姿が……!」


『……あれ? 元に戻って……わわっ』


 僕の肩に乗っていたフィーニャは唐突に戻ったネコの姿に戸惑い、バランスを崩しかけたので、両手で抱きかかえるように支えてあげた。


『あ……ありがと……えへへ』


 まったりとした口調のフィーニャからはゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえる。なんとなくだけど、フィーニャが元の姿に戻る条件が分かってきた気がする……。



『マシロさんも気付きましたの?』


 いつの間にか額に七三模様がある老描のセレニャが足元から僕らを見上げていた。


『ば、婆や、見てたの!?』


『フィーニャ様、貴方様が変身する条件を調べておりましたの』


「何か分かりましたか?」


 セレニャの表情から察するに答えを掴んだのだろう。僕はフィーニャを抱きかかえながら、彼女と話すために膝を付いた。


『おそらく、フィーニャ様の感情が大きく揺れ動くとヒトに変身してしまうみたいですの』


「癇癪を起こした後だとなりやすいですし、やっぱりそうでしたか」


 今までの傾向から見て、怒ったり、慌てたりしてしまうと変身してしまうのだろう。


『べ、別にいつも起こしている訳じゃないわ!』


『感情の種類が重要みたいですの。特に独りぼっちになった時など、寂しさを感じていそうな場合、高頻度でヒトに変身していましたの』


『「寂しさ」? あ……あー……あーあー』


 どうやらフィーニャにも思い当たる節があるようだ。癇癪を起こした後、フィーニャは独りでどこかに行ってしまうことが多かった。その時の寂しさで変身条件を満たしてしまったのだろう。


『逆に元の姿に戻る場合は、落ち着いた時。それも安心できる相手が近くにいると戻りやすいのかと』


 なるほど。確かに一騒動があって落ち着いた後にネコの姿に戻ることが多いな。つまり、現状から判断して安心できる相手とは……。あ~、自信が湧き出てくるぅ~!


『ね、ねえ婆や。その相手って……?』


『? 勿論マシロさんですの。てっきりお気づきになられていらっしゃったから、ここ最近ずっとマシロさんと一緒におられたのかと』


『ち、違うわよ! あれはただマシロが心配だったから……』





「別に安心できるからいた訳じゃないわよ!」




 フィーニャはまたヒトに変身してしまった。僕の腕の中で変身したので、彼女が僕の上を跨るようにのしかかられてしまった。


「ふにゃにゃ!? マシロ、大丈夫!?」


「う、うん。……平気」


 ひどく動揺しているようだが、何故感情が揺れ動いてしまったのだろう? ひとまず興奮している彼女を宥めなければ。


「フィーニャ、さ、さっきみたいに撫でれば元に戻るかも?」


「わ、分かったわ! ど、どーぞ!」


 フィーニャは緊張した面持ちで頭を差し出した。僕は上半身を起こし、彼女の頭を撫でた。だが一向に元に戻る様子はない。


「あ、あれ……戻らない?」


 もしかして安心できる相手って僕じゃなかった? なんか恥ずかしくなってきたぞぉ。


『全然、落ち着いていませんの、フィーニャ様』


「さっきまであんなにリラックスしてたみたいだったのに……。フィーニャ、僕じゃ君を安心させられないみたいだ……。あれ、でも何でさっきは元に戻ったんだ……?」


「~~~~~~~~~!!!」


 ぷるぷると震えていたフィーニャは、顔を真っ赤にしながら叫んだ。





「マシロがドキドキさせるからよ!!」




この続きは明日の17時更新です。

次が第一章最後の更新になります。

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