1-60 「安心」の在り処
役立たずが
どうしてお前は余計な事しかしないんだ。
何言ってるか分からないんだけど
あんたなんにもできないわよね。
生きてる意味ある?
邪魔なんだよ!
ちゃんと話しなさいよ!
自分が無能だってこと自覚してる?
頼むからもう何もしないでくれ。
生前の僕を否定する言葉が次々と湧き出てくる。
正しいと思ってしたことが否定されるのは辛い。自分が正しいと思うことが一つ一つ消えていく気がする。正しいことへの自信が無くなってくる。
だからこそ僕は、僕を否定する。
僕が間違っていることは間違いなく正しいのだから。
この世界に来て、ずっと考えないようにしていたことがあった。
死のうとも生きようともしなかったことだ。
結果的に死んでしまったとはいえ、僕は前の世界で自分の命をどうするか選択しなかった。
世の中には自分の意志関係なしに命を奪われる者がいる。自分の意志で命を絶つ者がいる。世界に抗って生きようとする者がいる。
僕の「選択しない」という行為は、その全てを侮辱しているのではないか?
魔獣たちの生き様を見ていると、そんな考えがふつふつと湧き出てきた。彼らは時に命を狙われる時があろうとも、生きて自分の居場所を守ろうとしている。
それが輝かしく見えると同時に、自身がひどく醜く思えた。
女神が僕の醜態を露わにした時、ようやく向き合うことができた。僕は命を侮辱する最低で最悪な卑怯者だって。
胸のつかえが下りた気がした。何かをしようとすることも、何もしないことも間違いだった。
僕は僕を否定する。それが唯一正しいんだ。
ああ、安心する。
フィーニャに文字が認識できていないことを伝えると、ひどくショックを受けている様子だった。フィーニャには悪いことをしてしまった。こんな僕に付き合わせてしまって……。
「それでも……それでも、あなたは優しいのよ……」
フィーニャは僕を励ましてくれている。フィーニャは優しいなあ。でも、気遣ってそんな嘘を吐かなくていいよ。
「あなたがいてくれたから、私は楽しく暮らしている」
僕がいない方が皆と楽しく暮らしていたはずだ。
「あなたがあんなにも頑張っているから、私は……」
僕は頑張れていない。もっと頑張らなきゃいけなったんだ。
「私はあなたのことが好きになったのよ!!」
……今、フィーニャは僕のことを「好き」って言ったのか?
こんな僕のことを「好き」だと言ってくれるなんて……
頭おかしいんじゃないか?
バチンッッッ!!!!!
視界がぶれた。遅れて顔に痛みが走る。僕はフィーニャにぶたれたのだ。
「ふっ……ふざけんなァァア!!!!!!!!!」
フィーニャが吠えるように激昂していた。なぜ怒っているのか分からない。
「ふざけんな! ふざけんな!! ふざけんなぁあ!!!!」
興奮が収まらないフィーニャは地団駄を踏みながら、大粒の涙を流している。顔を真っ赤にして詰めてきた彼女の瞳は、明確に僕に対する怒りを感じた。
「あなたがどれだけ自分を嫌いなのか知らない! どれだけ自分を否定したいのか分からない! でも、それでも…………」
フィーニャは両手で僕の胸倉を乱暴に掴んだ。だが、そこには悪意はなく、ただ縋るような気持ちが込められている気がした。
「私の……マシロのことが好きな気持ちまで否定するな!!!!」
一瞬、思考が止まった。僕は僕を否定したいがばかりに、僕を肯定してくれる者まで否定してしまった。そんな権利ないのに……。ああ……僕はどこまでいっても最低なんだな……。
「マシロ!! ちょっと来なさい!!」
突然、フィーニャは僕の手を掴み、教会の外へと連れ出した。
月明かりと教会から洩れる明かりで周りが見えなくはないが、こんな暗い中の教会の傍にある花壇の横にフィーニャは座り込んだ。
何をしているんだろう、と覗き込むと、彼女は指で地面に文字を書いていた。
< マ シ ロ あ り が と う >
フィーニャは文字が書けていた。魔獣の時と違って、ヒトに変身している状態だから正しく文字を認識しているのだろうか。いや、重要なのはそこじゃない。
僕が教えたことはちゃんと伝わっていたんだ。
「あなたがこれをどう見えていようと関係ない。これが私の気持ち! 私がいつも思っていること! それでも否定したいというのなら、消してみなさい!!」
気が付くと僕の頬は濡れていた。女神に自分の死因を責められた時とは違って、温かさを感じる涙だった。
「できるわけないよ」
涙が絶え間なく流れていく。拭っても拭っても止まらない涙に慌てていると、フィーニャは僕の頭を抱えるように自身の胸へと抱き寄せた。
「あなたがしたことにどんな理由や思いがあったとしても、私含めて魔獣たち皆、感謝している。その気持ちだけは否定しないであげて」
「……ごめん、ごめんよ……、やっぱり僕は……」
「そうね、あなたがこんなのをずっと抱えていたなんて……気付いてあげられなかった私がダメね」
僕はフィーニャに抱えられたまま、彼女の顔を見上げる。僕のせいで自身を卑下して欲しくない。
「そんなことない! フィーニャは周りをよく見ているし、気遣いもできる優しい子だよ! 僕が隠そうとしていただけで、君が悪いわけ……」
「そうよ。私は周りが良く見えるし、気遣いもできる優しいグリーン・ピースの頼れるリーダーなの」
「へ?」
フィーニャはまるで僕の言葉を待っていたかのように、自信満々に自分を褒め称えた。そして、僕の目を真っすぐ見つめながら言葉を続けた。
「そんなすごい私が好きなのが、あなたなの」
胸の奥が暖かくなる感覚がした。
「マシロ。いくらでも自分を否定するといいわ。私がもっともっとすごくなって、あなたを肯定してあげる。大好きなあなたをね」
沈んでいた気持ちが軽くなっていく。僕が求めていた「安心」がそこにあった。
「それってとても誇らしいと思わない?」
フィーニャの僕のことを「好き」だという気持ちが、僕の自信へと繋がっていった。
「……ありがとう」
「もっと言って」
「ありがとう、フィーニャ」
「私のこと、好き?」
顔が熱くなる。勿論好きだけど、改めて言葉にしようとすると照れてしまう。でもきちんと伝えたいな。僕の今の気持ちをそのままに。
「……うん、好きだよ。僕の全てを捧げてもいいくらい大好きだ」
「そ、それは言い過ぎでしょ!!」
急激に顔が真っ赤になったフィーニャに突き飛ばされる。えぇー、程度が分からん!