1-51 騒乱のダンジョン・裏 盛り盛りスライム
「あばばばばば!? ほ……宝石がこんなにたくさん!? やばやばぁあいひひひひひひ!!!」
カレンは山盛りの宝石を抱え狂喜乱舞している。その宝石はグリーン・ピースの発展に役立てればと魔獣たちから預かっている物で、他人に奪われるのは当然、誰かに見つけられるのも避けなければならなかった。ほぼ人の出入りがない二階層に隠しておけば安心だと油断していた……!
魔獣たちはあまり金品に執着がなさそうなため許してくれるかもしれないけど、あの財宝は彼らの物だ。必ず返してもらわなければならない。だが果たして、まるで狂ったかのように喜んでいる彼女から取り返すことができるだろうか。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ! 綺麗だぁ~~~かわいいぃいいい!! キィィイイイヒッヒッヒッヒッヒ!!!」
カレンは川の下流の方にいて、ここから割と離れているのに甲高い笑い声がダンジョンに響いている。……ん? 彼女の真上の鍾乳石に不自然に大きな水滴が……
「キャキャキャキャキャキャキャッ、ごぶあっ!?」
鍾乳石から滑り落ちるように、その大きな水滴はカレンの顔面に落ちてきた。いや、水滴ではなくスライムだった。おそらく騒いでいるカレンの声につられたのだろう。
「お、おいカレン! 落ち着け!」
「ごぼぼげぼがぼぼぼぼっぼがぼぼぉおお!!!」
カレンの頭はスライムによってすっぽり覆われてしまった。ダンはパニックに陥っている彼女を落ち着かせようと奮闘しているが、杖を無茶苦茶に振り回しているカレンに近づくのもままならなそうだった。
「マシロ! どうしたの? 皆と小屋で準備していたんだけど……」
なかなかカオスな状況になってきたところに、ヒト形態のフィーニャが駆けつけてくれた。いつもの黒いワンピースを着ているのだが、首もとが上手く留められてなくて片側の肩が出てしまっている。自分一人で着替えようと頑張ったのが窺える。
はだけたフィーニャの服を直しながら、僕は彼女の成長に静かに感激してしまうのだった。
「フィーニャ……さん。ちゃんと服を着ようとして偉いです。本当にすごい……やばっ涙出てきた」
「何で泣くの……? って何なのこの状況!? オズは戦ってるし、一人はスライムに窒息されかかってるし!」
「うぐぅッ!?」
あっ、ダンが回転するフリスビーみたいなのに吹っ飛ばされた。あれは……カレンが持っていた杖の先端? 仲間割れか?
僕も状況が把握しきれてないが、カレンが力尽きそうなのは分かる。
「フィーニャさん! カレンさんに付いているスライムを引き剥がせますか?」
「できるわ! 水の魔法で爆発させてやる!」
フィーニャは二つ返事で了承し、カレンに向かって駆け出した。爆発……スライムが体内に入ったまま爆発したら、どえらいことにならないか?
「フィーニャさん! あのスライムは引っこ抜いてください!」
「! 分かったわ!」
フィーニャの跳躍は堀を飛び越え、そのままカレンの目の前へと着地した。そして、カレンの顔面に纏わりついているスライムを掴むと思いっきり上へぶん投げた。
「ふぅぅうううにゃぁぁあああああ!!!!」
ずるずるずるっ、とカレンの口や鼻からスライムが抜けていくのが見えた。上手いこと水の魔法でスライムを捉えて、操ったのだろう。すごい勢いでスライムが射出され、べちゃっと天井にぶつかった音がした。
いや、待てよ……。さっきテオドールたちの戦いの熱気から逃げるように天井を這うスライムを見たような……。
フィーニャは咳き込むカレンを介抱していた。彼女をその場から離れさせようとした時にはもう遅かった。
ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとっ!!!!
天井に激突したスライムに触発されたのか、潜んでいたスライムが落下してきた。それはもう見るも耐え難いぐらい大量に。
天井に這うスライムが見えていたにもかかわらず、僕がフィーニャに指示したせいで……。
そんな僕の失敗を物ともせず、フィーニャは華麗にスライムを爆破していく。以前オズヴァルフに教わっていた通り、スライムの水を操作して内側から爆発させているのだろう。ちゃんと学んでいてすごいぞ!
一方、スライムを剣で潰していたダンの背後に巨大なスライムが忍び寄っていた。
「何ぼーっとしてるの! 後ろよ!」
「しまっ…………ぐッ!」
フィーニャの警告虚しく、ダンは人の大きさを軽く超すそのスライムに取り込まれてしまった。彼を助けようとその巨大なスライムに急いで接近しようとするフィーニャだったが、天井からさらに降ってきたスライムによって阻まれてしまった。
「くっ……近づけない!」
「ダン! しっかりしてダン!」
ダンを呑み込んだスライムは、天井から落ちてきたスライムと合体しさらに巨大になっていった。スライムから抜け出そうと藻掻いていたダンだったが、徐々に動きが鈍くなっていく。その光景に嘆くカレンの声が虚しく響いていた。
「どうしよう……このままじゃ……っ、マシロぉ! どうしたらいい!?」
えっ、僕ぅ!? フィーニャからこの事態の解決策がないか無茶ぶりされたけど、急に思いつくわけないって!
それでも何かないか思案を巡らせていると、物陰からこの状況の様子を覗き見しているストラが目に入った。
『うわぁ、スライムがいっぱいだ……あっ、さっきのヒトが呑み込まれている? 大丈夫かなぁ……』
ここである作戦が思い浮かんだ。逆に更なる窮地に追い込んでしまうかもしれないが、なりふり構っていられない。スライムが多すぎて邪魔なら一つに纏めてしまえばいい。
「ストラ! 頼む! あのヒトを助ける手伝いをしてくれ!」
『! う、うん、分かった! 何をすればいい?』
さっきダンから攻撃されかけていたのに了承してくれるなんて……優しすぎるぞストラ。さて、ここが勝負所だ。僕のイメージを上手くストラに伝えられるかどうかに懸かっている。
「ストラ! 僕と初めて会ったほら穴の時を思い出して!」
『えっ?』
「あの時、ほら穴が水没しかけた時の再現だ! 大きなスライムを中心に他のスライムが流れ込むように地面を凹ましてくれ!」
『……!! 分かった! やってみる!』
ストラは両方の前足を地面に押し付けるように力を込め、魔法を放った。
『《迷妄する流砂》!!』
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