1-46 紅き魔法剣士
「ぐっはぁ!!!!!」
ドドドに吹き飛ばされ落下した男は、地面の上で苦しそうに悶えているが、身体が頑丈なのか受け身が成功したのか、思ったよりも大事に至ってなさそうだった。
だが、これが「危機」の引き金になってしまったのではないか? 今の轢き逃げで魔獣を危険視した冒険者が大挙として攻めてきてしまうのでは?
『あーーーー!!! マシロ! フィーニャ! 敵だよーーーー!!! 敵が攻めて来たよぉおおおおーーーーーーー!!!!』
『ドドド!? どこ行っちゃうのぉーーー!!?』
久々にヒトを轢き逃げしてテンションが上がってしまったのか、ドドドは僕が走ってきた道を逆走するようにそのまま走って行ってしまった。あいつ……前より風の魔法が強くなっていないか?
彼の姿が見えなくなった頃、冒険者の男が魔法使いの女に支えられながらよろよろと立ち上がった。
「なっ……何だったんだ、ゲホッ、今のは……はあ、はあ……魔物の攻撃か?」
「あ、あの~……大丈夫ですか?」
「……何だ、お前は?」
「ぼ、僕はこの、ど、洞窟の管理者です……」
「洞窟? いやここはダンジョンだろう。「管理者」だかなんだか知らんが、俺の邪魔をするならば容赦はしない!」
「わわっ!?」
「ちょっと、ダン! 何してるの!」
魔法使いに「ダン」と呼ばれた男は抜身の剣先を僕に向けてきた。咄嗟に両手を上げて降伏のポーズを取る。しかしダンはひどく興奮している様子で今にも斬りかかってきそうだった。
『マシロにそんなものを向けるんじゃない!!』
フィーニャはフードから飛び出し、僕の肩の上でダンにフーッと威嚇している。ダンはフィーニャの威嚇に眉を顰め、明確に敵意を込めた眼差しで彼女を睨んできた。
『なによ! やろうっての!?』
「ふぃ、フィーニャ、落ち着いて……」
このままだとダンに跳びかかってしまいかねない。少しでも跳び出そうとしたら抑えつけるつもりで、上げた片方の手でフィーニャを宥める。一方、ダンの相方の魔法使いも彼を宥めようとしてくれていた。
「だ、ダン! ヒトに剣を向けちゃダメ!」
「うるさい! 俺は攻撃を受けたんだぞ! こいつの仕業かもしれないだろ!!」
「何言ってるの……? ダン……今日なんだかおかしいよ……」
魔法使いの声もダンには届いていない。本当に斬られてしまうぞ……。どうやって誤解を解いたらいいものか……。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!
……と思惑していたら、グリーン・ピースの反対方向からいつもの地響きが伝わってきた。ストラが作った道を爆走するのは勿論、ドドドである。
『てーーーーーーーきーーーーーーーーだぁーーーーーーーーーーー!!!!!!』
あいつ……助走をつけてきやがった。
「この地響き……間違いない! あいつだ! あいつが俺を吹き飛ばしたんだ!!」
ダンは風を纏いながら走ってくるドドドへと向き直し、剣を構えた。自身を攻撃した本当の相手を迎撃するために。……いや、そもそも扉を壊した者は敵だと教えたのは僕だった。
自分のせいでドドドが傷つくのだけは避けたい!
「待っ…………」
『わっふぅうーーーーーーーーーーーい!!!!』
「なにぃ!!!?」
二者を制しようとした途端、ドドドはさらに加速した。彼の纏っていた風は勢いを増し、彼自身へと収束していく。そしてふわりとドドドの身体は宙に浮き始めた。
「ええっ!?」
『ドドド!?』
その勢いのまま空中を駆けて突っ込んでくるかと思いきや、収束した風は霧散し、ゆるやかにドドドのスピードが落ちていった。
やがてドドドは空中をゆっくりと犬かきするただの子犬となった。
「…………え?」
「なんっ………」
『ドドドが止まるどころか……』
『ぼく飛んでる!? ぼく飛んでるよーーーー!!』
「ちょっと可愛いかも……」
しゃかしゃかと犬かきで空中を漂うドドドに皆が呆気に取られている内に、抱きかかえるようにドドドを確保…………できない! ドドドを掴んでいるのに関わらず、空中を移動し続けている。うおおっ、引きずられる!?
『あれれー? ぼくどこ行くのー??』
ドドドにも制御できていない? ドドドは僕を引きずりながらふらふらと浮遊し、ある方向に向かって行った。そこには剣をまるで指揮棒のように振っている赤毛の女性がいた。
「どうだ、ワンちゃん。楽しかったか?」
その赤毛の女性が剣を腰に仕舞うと、途端にドドドは浮いていた力を失くし落下した。慌ててドドドをキャッチして事なきを得たが、今の口ぶりからすると彼女がドドドを浮かしていたのだろうか?
……ん? よく見るとさっき教会ですれ違ったヒトだ!
『すごいすごーい! お姉さんがやったのー!?』
「うんうん、嬉しそうでなりよりだ」
「ヴァレニアさん! 来てくれたんですね!」
ヴァレニアと呼ばれた女性は鮮やかな赤髪に金色のインナーカラーを入れていた。そしていくつもの編み込みが頭からぶら下がっているのが目を引いた。身体の半分を隠すようなマントの隙間から見える武具は、素人目だが高級そうだった。
「やあカレン。なんとなく変な予感がしたからね。先にこっちに来てみた」
「助かりますぅ~」
魔法使いのカレンはヴァレニアの登場に心から安堵している様子だった。余程彼女のことを慕っているらしい。しかし、同じ剣士であるダンはヴァレニアに嫌悪感を示していそうだった。
「何故、邪魔をした! その犬は始末しなければならないんだぞ!」
「は? お前は何を言っているんだ? こんな小さなワンちゃんがお前に危害を加えたとでも言うのか?」
「なに……?」
「あれほど威勢が良かったが、まさか普通の子犬にまでケンカを売るとはな」
「普通……? あれは普通では……」
「言っただろう? 「動物を雑に扱えばしっぺ返しを食らう」と。思ったより早く食らったな」
「ぐっ……」
ダンはヴァレニアに言いくるめられて、顔を赤くしながらぷるぷると震えている。始めにドドドに轢かれた時、この子を認識できなかったのか、自身を攻撃したのはドドドだと確信してはいなさそうだった。
「ああ、そうだ。俺を攻撃したのはそんな子犬じゃない。だが少なくとも俺を吹っ飛ばせるほどの魔物がこのダンジョンに居ることは間違いないんだ」
「ならば私が力を貸そう。でないとダンジョンの踏破は夢のまた夢だぞ?」
「くっ…………ちっ、勝手にしろ!」
ヴァレニアはおそらくドドドをダンに攻撃した容疑者から外しつつ、自分を同行させるように誘導したのだろう。なかなかに口が上手いな。……ってダンジョンが踏破されたら困る!
「あ、あの~、ここには魔物なんていない……」
ヴァレニアは僕の発言を遮るように接近し、抱きかかえているドドドに小さな声で呟いた。
「君は素晴らしい魔法の才能がある。もっと強い魔獣になったら私と闘おう」
『わふ? 褒められた? やったーー!!!』
ヴァレニアはドドドと僕の肩の上で警戒しているフィーニャに微笑みかけ、冒険者二人の方へ向かって行った。
これは……二匹が魔獣だとバレている……? 何者なんだ、あのヴァレニアという剣士は……。
『マシロ……あの赤いヒトからとてもつもない力を感じるわ。直感だけど…………オズヴァルフよりも強いかもしれない』
マジで……?
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