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僕だけが騙されない超癒しダンジョン  作者: 東條水久
第一章 癒しが必要なあなたに
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1-4 猫が本気を出したら、世界は支配されてしまうかもしれない

 

 草木が生い茂る道なき道を、ただ真っすぐに進んでいた。


 虫に刺されたら嫌だなあ……と思いつつも歩みは止めなかった。それが僕のやるべきこと知ったからだ。


 数時間前、マザー・エリーザから女神エクレノイアの神託が告げられた。



<教会から北北西へ向かいなさい。その突き当りにある『ダンジョン』に挑むのです>



 ダンジョン、それはこの世界の冒険者と呼ばれる腕に自信のある者が挑む迷宮である。ダンジョンには魔物が巣食っており、奥に行けば行くほど強い魔物が鎮座している。また、侵入者を排除する罠が仕掛けられていて、引っかかったら最期、即死することもありうる。

 だがダンジョンを踏破した者にはそこに眠っている財宝を手に入れることができる。


 ……と、マザーが教えてくれた。

 そんな恐ろしいところに行かなければならないのか……。


 お金は欲しいが別に一攫千金を望むほど欲しい訳でもないし、魔物と戦う勇気なんか持ち合わせていない。だから神託通りにダンジョンがあったら、軽く入って出直す予定だ。だって神託では『ダンジョンに挑め』ってだけだし! 『踏破しろ』とまでは言われてないしぃ!


 ……少なくともこれで何かが進んだことになるのだろうか。自信がない背中で揺れるリュックが勇気づけてくれる気がした。リュックには家にあるダンジョンで役に立ちそうな物を手あたり次第入れてきた。


 もし魔物等に襲われた時に対抗するための剣と盾……もとい鍋のおたまと蓋。家にはこんなのしかなかったんだ……。

 もしダンジョン内で落とし穴に嵌った時に脱出するためのロープ。上手く引っかかるところがあればいいのだけど……。そもそも落ちた先に槍とかの即死トラップだったら終わりじゃない?

 もしダンジョン内で迷ってしまった時に道しるべ用に所々にちぎって落とすためのパン。それで失敗する童話を読んだことある!



 ダメダメすぎる。何もかも足りない。自分の無能さに吐き気がするが、教会を出る時にマザーから餞別に貰った目元まで隠れるフード付きの深緑のコートが目に入った。



 ――貴方の行く末に神のご加護があらんことを。



 本当にあの神様が加護をくれるのか分からないが、マザーの優しさを感じながら森を抜けた。


「あれは……洞窟……?」


 目の前に広がる岩壁にぽっかりと穴が開いた洞窟があった。洞窟から漂う空気は得体のしれない気配を感じさせる。

 確信する。あれこそが目的のダンジョンだと。


 まだダンジョンに踏み込んでいないのに直感で分かる。あれは人間が関わってはいけないものだ。入ったら戻って来られなくなる、と。


 ここで引き返すことはできる。帰って村長やマザーに伝えれば、ダンジョンのプロである冒険者に依頼して任せることもできる。


 そんな案が脳裏をよぎったが無理やり振り払う。僕は女神の神託に従うためにここに来たんじゃない。僕の何かが変わると信じて進んできたんだ。


 気合を入れ直し、僕はダンジョンへと歩みを進める。でも怖いものは怖いので、頭だけ覗き込むようにダンジョンの中の様子を伺った。



 恐る恐る覗く僕の目に飛び込んできたのは――





「んふふぅ~~~、おいでおいでぇ~~~❤ んぅ~~きゃわわぁ~~~❤❤❤」




 体格のいい男性が四つん這いで小動物と戯れる光景だった。




「あらぁあらぁ❤ ちびちゃんたちも来たの? えらいでちゅねぇ~❤」


 さらに数匹の小動物が男に近づいていく。暗くてよく見えていなかったが、あれは僕がいた世界でもお馴染みの動物――猫だった。


「んふふふふふふ、ネコちゃんネコチャン、んふっ、きゃわうぃうぃねぇ~~ん❤」


 うわぁ。


 ……少し落ち着いてきた。えっとここはダンジョン。罠と魔物の巣窟のダンジョン。そして目の前にいるのは猫数匹と青年……あっ、誰かと思ったら村長の息子じゃん!


 村長の息子のウォーレンは近頃仕事をサボり気味でどこかに抜け出している、と聞いていたが、ここが彼のサボり場だったのか。



 ウォーレンは地面に顔が擦れるほど身を屈み、目の前の猫たちに向かって甲高い声で話しかけている。猫に無我夢中な彼の背後で冷えた目で見つめている僕にまるで気付いていなかった。

 普段は頼れる兄貴分を装っている彼からは想像できないデレっぷりである。正直、見なかった振りをして帰りたい。



「んもう~、みんな俺のこと好きすぎだろぉ~❤」


『は? 好きなわけねぇだろ、ダボが』



 んん……? なんだ……今の声は……?


 ウォーレンのみっともないデレデレ声に答えるように別の声が聞こえてきた。


 ウォーレンの近くから聞こえたが、その声の持ち主は見つからない。

 辺りを見回すが、近くに人が隠れられる障害物などなかった。ダンジョンに魔法がかけられているのか、入り口から見た岩壁に収まり切れないぐらいの広さがある。見渡せる範囲での広さは、中、高学校の体育館ほどだった。誰かが近くに潜んでいるならすぐに気付きそうなものだが……。


「そぉら、みんなのためにご飯もってきたぞぉ❤」


 ウォーレンはポケットから小魚を数匹取り出した。それに気づいた猫たちは彼を取り囲みけたたましく鳴き始めた。


 人が猫にエサを与える。この世界でもよくある光景だ。だが、それだけじゃなかった。


『さっさと寄こせや、クズが!』


『ねえ、どうして早く渡さないの? 脳みそに蛆虫でも湧いてるの?』


『そんなことよりもっと美しいボクを褒めないか! ヒト風情ができることなど、それぐらいしかないだろう!』



 まるで映画等の副音声のように、猫たちの鳴き声に重なって罵詈雑言が聞こえてくる。



「ああ、もうかわいいなあ❤ でもそんなに鳴いても、何言っているか分からないよぉ。きっと俺に愛を囁いているだろうなぁ❤」


『きっしょ』


『きっと脳が蒸発してるんだよ』


『愛は素晴らしいが、君にはもったいないかな』



 ウォーレンから貰った魚を食べている猫たちから彼に対する悪口が聞こえてくる。

 この声はやっぱり猫たちが発しているのか……? しかし、今まさに中傷されているウォーレンは全く反応しない。


(これは……僕にしか聞こえていないのか? というか――)



「んふふっ、やっぱ愛を振りまいてくれる動物たちは、癒しだよなぁ~❤」




『黙れカス』


『勝手に勘違いしてるだけなのにね。哀れ』


『ははっ、卑しいのは君だよ』




(騙されてない?)



 傍から見ると愛想がいい猫たちだが、本心はウォーレンを馬鹿にしまくっている。猫たちの言葉が分からないウォーレンは幸せそうだが、このままでいいのか?


 恐らくこれからもウォーレンはこの猫たちに貢いでいくのだろう。そして貢ぎ物は段々エスカレートしていき、いずれは全てを捧げてしまうのでは!?


 いやー流石にそこまではしない……と言いたいところだが、実際に猫を飼っている人は愛猫のためなら何だってしてしまうのだろう。

 もしおねだりや媚びへつらいを猫が意図的に行うとしたら! 人間は猫に支配される!? それはそれで面白そうだけど。



 ……という極端の妄想に浸っていると、ダンジョンの奥から凜とした声が聞こえてきた。



『調子良さそうね。あなたたち』



 一匹の長毛の黒猫が尻尾をピンと立てて歩いてきた。しゅっとした顔つきや艶やかな毛並み、吸い込まれるような紅い瞳、それに堂々とした歩き方からは気品が感じられる。すらっと脚が長いが、見た目的に品種は元いた世界でいうペルシャ猫が一番近いか?

 そして体毛で見え辛いが、首もとに深紅の宝石の首飾りをかけていた。


 僕はその猫から目が離せなかった。佇まいから溢れてくる風格がそれを許さなかった。

 流れる血が熱くなるのが分かる。初めてこの世界で呼吸した、と錯覚するほどに。




 ようやく僕の物語が始まった気がした。




 だけど、彼女との出会いが僕の運命を大きく変えることを、今はまだ知らなかった。


プロローグと繋がりました。

遂にヒロイン登場!?

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