1-44 冒険者ダンの来訪
「ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ」
商業人が操る馬車の荷台で揺られながら腕立て伏せを行う。移動の暇な時間も無駄にはできない。俺は勇者に弟子だと認めてもらい、英雄になるという夢がある。
「ちょっと、ダン! 狭いんだからそんなに幅取らないでよ!」
ちっ、と舌打ちをし、スクワットに切り替える。これならスペースを節約できるだろう。
「そういうことじゃない! トレーニングを止めてって言ってんの!」
だったら始めからそう言え。スクワットを止め、こいつの言う通り大人しく座ることにした。目的地にはいつになったら着くんだ。早くしないと、先に誰かに踏破されてしまうぞ。
俺はダン。スウィナートン伯爵が治める都市アントロポスに拠点を置く冒険者だ。いずれ復活すると予言されている魔王を倒し、次の英雄となるために修行をしている。
しかし、冒険者となって一年になるが、客観的に見て俺には才能がなかった。だからこそ俺は十五年前に魔王を倒した勇者に弟子入りして、力を付けなければならない
だが勇者は弟子を取らない主義らしく、俺は未だに見習いでさえ許してもらっていない。
「ダン……、本当にこの先に未発見のダンジョンがあるの?」
「ああ、今朝言った通りだ。嘘のような話だが、何故だかそれがあの村に存在している確信があるんだ」
「まあ、ダンの言うことなら信じるけど……」
肩付近で切り揃えた栗色の髪の毛を弄りながら少女は不機嫌そうにぼやいた。
彼女の名はカレン。平民出身の俺とは違っていい所の出で、今時珍しく魔法学校に通って魔法を習得している。幼い頃から付き合いがある腐れ縁ではあるが、何故か冒険者という道を選んだ俺に魔法の修行という名目でついてきた変わり者だ。少々神経質でその甲高い声で喚く癖があるのが難点だ。
俺たちは辺境の村プロパに向かっている。一番近い町からでも馬車で半日もかかる程遠いが、俺はそこに行かなければならない。なぜならそこに未発見のダンジョンがあるからだ。
そして、その未発見のダンジョンを踏破するという偉業を成し遂げれば、俺は勇者に認められ弟子になることを許してくれるはずだ。
だが、俺はそのダンジョンがどれ程の難易度なのかは知らない。無謀なのは分かり切っているが、事前に情報がないダンジョンを俺たちだけで攻略することになる。
だからこそ、今からでもこの暇な時間で鍛えなければならないのだ。俺はダンベル代わりに自分の剣を上下に持ち上げ始めた。
「ねえ、危ないから止めてって……きゃぁあああああ!!!」
いつも以上の甲高い声が馬車の荷台に響き渡る。声の主のカレンは魔法の要である自分の杖を抱えて凝視していた。
「な、何だ?」
「「何だ?」じゃないよ! あんたの剣が立て掛けていた私の杖に当たって倒れたの! ほらっ! ここ見て! ちょっと欠けちゃったかも!!」
カレンは杖を俺に押し付けるように見せてくる。どこがどう欠けたか分かるものか。
カレンとほぼ同程度の長さがあるその魔法の杖は、先端が団扇のように広がっており、その中心に緑色のごつごつとした巨大な石が埋め込まれている。高そうな杖だが、そもそも武器はいずれ傷ついていくものだ。それぐらい気にしていたらしょうがないではないか。
「欠けたとして、何か魔法に支障があるのか?」
「そ、それはないけど……」
「だったらいいじゃないか」
「そーいうことじゃない!! この杖がどれほど高かったと思ってんの!」
喚き散らすカレン。こうなったらこいつはなかなか収まらない。勝手に静まるのを待っていたら、馬車の荷台の上で待機していた同行者の女が、器用に身を翻して荷台の中に入ってきた。
「おい、騒がしくするな。お馬さんがびっくりしちゃうぞ」
「す、すいません……ヴァレニアさん」
ヴァレニアと呼ばれた女は、今日初めて会い、俺たちと共にプロパ村に向かっている剣士だ。俺よりも年下か、同い年くらいの若い顔立ちである。そして燃えるような赤髪の内側に金色が入っていて、頭のあちこちに髪を編み込んでいるという変な髪型をしている。
「杖がどうかしたのか? 見せてみろ」
「あ、ヴァレニアさんに見てもらえるなんて……」
ヴァレニアはカレンから杖を受け取ると、その長く扱い辛そうな杖をまるで自分の手足のように振り回した。そして杖に埋め込まれている緑色の石が点滅したのを確認すると、持ち主のカレンに手渡した。
「機能に問題はない。ただ魔法石の質が悪いな。物量で補っているがもっといい杖にした方がいい」
「えっ…………あ、そう……ですか……」
カレンは親から貰った小遣いでその杖を買ったらしいが、何でそんな立場の奴が冒険者をやっているか分からん。いや、今カレン以上に素性が分からないのは目の前の女だ。
「何故、剣士のお前がそんなにも魔法の杖に詳しいんだ?」
「そりゃあ私も魔法使いだからだ。半分な」
そう言ってヴァレニアは腰に携えていた剣を取り出した。細剣だと思っていたそれは、柄に金色に光るひし形の宝石が埋め込まれており、鞘が刀身と一体化していた。
「これは杖だ。まあ剣として使うことがほとんどだが。私は魔法剣士なんだよ」
魔法剣士? 聞いたことないぞ。俺と大して歳が変わらなさそうなのに剣と魔法、両方の才能があるというのか? ふざけるな。俺の憧れる勇者だって剣技を極めたからこそ、魔王を打ち滅ぼせたんだ。俺はどっちも才能がなかったというに……信じない、信じてなるものか!
「だ、ダンは勇者にしか興味ないもんね! ダン、この方は私が通ってた魔法学校の大先輩で、しかもね……ねえ、聞いてる!?」
ヴァレニアを疑心の目で見ていたことを察したのか、場を和ませようとカレンが割って入ってきた。「大先輩」なんて言うが、カレンとも歳が近いだろうに……。俺はこれ以上話をしたくなかったため、外の景色に視線を移す。
ヴァレニアは俺たちがプロパ村までの移動方法をたん検討していた時、どこからともなく現れ、用心棒という名目で商業人の馬車に乗せてもらえるよう斡旋してくれた。多少顔が広いのだろうが、俺には関係のないことだ。
景色が変わっていく。そろそろ目的地のプロパ村に着く頃だ。俺は一刻も早く勇者に俺のことを認めさせなければならない。そのためにも必ずダンジョンを攻略してやる。
商業人の馬車から降り、数時間ぶりの大地を踏みしめる。ついに目的地であるプロパ村に着いた。道沿って先に進めばダンジョンに辿り着くはずだ。
逸る気持ちを抑え、村へと足を踏み入れようとした。だが、この村で飼われているだろう大型の犬が目の前に立ちはだかった。
「グルルルルル……」
「ここの番犬なのかな? ちょっと通りますよぉ……」
「バウッ!」
「ひゃんっ!?」
横を素通りしようとしたカレンを阻むようにその厳つい顔の番犬が吠えた。この村に入れさせないための行動なのだろうが…………邪魔だな。
俺の邪魔をする者は排除しなければならない。たとえそれがただの動物であったとしてもだ。
「ワンちゃん、私たちはここを通るだけだ。危害を加える気はないから、どいてくれ」
「クゥーン……」
俺の行動を遮るようにヴァレニアが番犬に膝ついて宥めると、番犬は大人しくなり道を開けた。無駄な手間をかけさせやがって。最初からそうしていれば良かったんだ。俺は舌打ちをして再び歩みを進めようとした。
「おい、お前。今、あの犬に何をしようとした?」
険しい剣幕でヴァレニアが呼び止めてきた。こいつ……分かっていて割って入ってきたのか? 俺は表情で悟られないように感情を抑え「何も」と答えた。
「まあいい。だが覚えておけ。獣を雑に扱うといつかしっぺ返しを食らうぞ」
この俺が畜生どもにやり返されるとでも? この女、俺のことを嘗めすぎだ。今ここで分からせてやろうか? ヴァレニアとの睨み合いになり、剣に手をかけようとした時、カレンが無理やり話題を変えた。
「ヴァ、ヴァレニアさんは! この村に用があるんですよね?」
「ん? ああ。だがお前らが向かうダンジョンにも興味が出てきた。用が済んだら助太刀に行こう」
「必要ない。俺だけで十分だ」
俺は身を翻し、村の中に足を踏み入れる。無言で歩いていく間、ヴァレニアに言われた言葉がいつまでも頭の中で木霊する。俺がたかが獣に後れを取るはずがない。獣がこの先襲い掛かって来るならば、今度こそ俺の剣で斬ってやる。
村を横断するようにしばらく歩くと、田舎にしては立派な教会が見えてきた。ヴァレニアはそこに用があるらしく、俺たちと別れて教会に向かって行った。癇に障る奴だったな。奴が戻ってくる前にダンジョンを攻略してやる。
教会の傍の森を無理やり切り開いたような道を通る。今まで通ってきた道よりも妙に整備された道を通り抜けると、巨大な岩壁が出現した。そしてその中心に大きな穴が開いていた。
「ここがダンジョンか……」
「本当にあった……。ただの洞窟にも見えるけど……何か扉みたいなの設置されてない? 上下に隙間が空いてる変な造りだけど……」
「ふん、大方村の連中が独占するために取り付けたんだろうよ。だが、手に余ってたんだろうな」
「え、何で?」
カレンはきょとんとした表情で首をかしげている。こいつはここまでダンジョンに近づいたのに気付いていないのか?
「中からはっきりと生き物の気配を感じるだろうが」
暗くて奥まで見えないが、何かが蠢いている音や、獣の匂いが漂ってくる。当たりだな。ダンジョンに巣食う生き物は魔物に決まっている。しかも村人によって発見はされているが、冒険者ギルドに報告されていないとなると、まだ村への被害は少ないのだろう。
つまり村人程度で対処できる弱い魔物しかいない、ということになる。
「楽勝だな。突入するぞ」
「ちょ、ちょっと待って。なんか鍵掛けれらてない? きっと村の人が管理してるんじゃ……」
「ダンジョンの秘匿は罪にはならないが、非推奨だ。後ろめたいことがあるんだろ。そんなことに構っている暇はない」
俺はダンジョンの入り口に設置された扉を剣で斬り壊す。ここから始まるんだ。これは俺が英雄になる第一歩である。ダンジョンの奥にいるだろう生き物の意識がこっちに向いた気がした。肌がひりつくのが分かる。
だが雑魚なんぞがいくら束でかかって来ても無駄だ!
さあ、かかってこい魔物ども!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!!
「……ん?」
地面が揺れる。空気が渦巻く。何かが近づいてきている。だがそれはとてつもなく小さかった。例えるなら小型犬ぐらいの――――
「わっふぅうううーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「ごはぁあッ!!!!!???」
気が付くと俺は空中に吹き飛ばされていた。視界の端に茶色い流星が見えた気がした。
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