1-42 回想・ストラの開拓
僕もストラと初めてほら穴で会った時は大きな声を出してしまったが、初見の男たちも驚いてしまい、その声に驚いたストラは悲鳴を上げてしまう。
『ふぎゃう!?』
「うわぁっ!?」
「ひぃやぁ!!?」
そしてそのストラの悲鳴は、魔獣の言葉が分からないヒトにとっては咆哮のように聞こえており、さらに男たちを驚かせてしまった。
『ふぎゃっ、ふぎゃお、なんっ……なんなの!?』
「ストラ落ち着いて! 大丈夫、僕はここいるから、ゆっくり、ゆっくり深呼吸するんだ」
僕は怯えているストラの顔面に全身で覆いかぶさる。男二人をストラの視界に入れないようにしながら頭を撫でたり、ぽんぽんと顔の横を叩いたりして彼を宥める。
『ふぅーっ、ふぅーっ』
「大丈夫、大丈夫だよ。このヒトたちはおっきなストラにビビっちゃっただけだから」
『お、おいらに……?』
「そうだよ。僕たちより年上なのにね。ストラよりもずっと怖がりかもね」
『そうか……そうなんだ……』
ヒトを恐れて震えていたストラは落ち着きを取り戻し、安心したかのように地面に伏せた。僕はストラを撫でながら男たちへと振り向き「絶対に怖がらせるな、って言ったやろがい!」という意図を込めて睨みつけた。
「す……すまねぇ、マシロ」
意図が伝わったのか、男たちは僕に謝ってきたが、謝る相手は僕ではない。僕はストラにバレないように顎で本当の謝罪相手を指し示す。
「……あっ、スト……ラ? 悪い、驚かしちゃったか?」
「俺たちのこと喰わねぇよな? ……そ!? そうだよなっ、当たり前だよなっ。……マシロ、あまり睨まないでおくれ……」
やっぱりストラには無理をさせたくない。今回のところは一度帰らないか、とストラに尋ねたが、
『う、ううん。おいら、頑張ってみる。このまま戻ったら師匠に顔向けできないぞ』
と、身体を震わしながらヒトと相対する決意を固めていた。なんて強い子なんだ……。僕だったら逃避してしまうぞ。こうなったら僕も彼に全力で協力するしかない。
「ストラ、今からあのヒトたちの手伝いをしてもらうけど、何か嫌なことがあったらすぐに言うんだよ。もし今でも怖いんだったら手でも握っとこうか?」
『だ、大丈夫だよ。なんだかお母ちゃんみたいだぞ……。それよりも「手伝い」って何をするのさ』
「ここと村を繋ぐ道を開拓するんだよ。木を切り倒して、通り抜けしやすくするんだ。ですよね、お二方」
「お、おう! よろしく頼みます!」
「風魔法で景気よくスパスパッっとやっちゃってくだせえ!」
男二人はストラにまるで子分になったかのように頭を下げる。ストラはその行動に戸惑っていたが、狼狽えていたのはそれだけが理由ではなさそうだった。
『マシロ……おいら、風魔法得意じゃない……。師匠みたいに風でこんな太い木切れないぞ……』
「じゃあ土魔法で木の下から根っこごと持ち上げられない? まるごと引っこ抜く感じで」
『それならできそうだぞ!』
ストラは一番近い手前の木に近づき、伸びをするようなポーズで屈んだ。
『えいっ!』
そして掛け声と共に勢いよく上体を上げると、木の根元から地面が隆起し、一本の木が抜けた。木は小さな山のように隆起した地面の上に留まっており、ストラはその地面を戻しながら、慎重に木を倒した。
『……これでいいのかな?』
「すごいぞストラ~! 流石すぎる~! 才能の塊か~! よしよしよし」
『マシロ……なんだか気持ち悪いぞ』
ストラの活躍に感激しつつモフる。勇気を出して人前に出ただけでもすごいのに、魔法を使いこなせるなんて天才だ。子供なんていたことないけど、我が子の成長のように自分が嬉しくなってしまう。
おい、そこの男ども! ストラがこんなにも頑張っているのに反応薄過ぎやしないか!?
「ま……マジか……やべぇよ、これ革命だろ」
「今、工程を何段階吹っ飛ばした……? 短縮ってレベルじゃねえぞ……」
男二人はぶつぶつと何か呟いている。ストラがすごいのは分かるけど、もっと褒めてくれてもいいんじゃない? 何やら戸惑っている様子の彼らに事情を訊きに行ってみた。
「……どうかしたんですか?」
「ど、どうもこうもあるか! お前、木を一本切り倒すのがどれだけ大変なのか知らないのか? それを十秒足らずでやってのけたんぞ!」
「しかも滅茶苦茶、いやハチャメチャ手間のかかる切り株の処理まで済ませてんだ! いや切ってねえから切り株じゃねえんだけどさ。あれ、根っこ切って、掘り出す作業がクソほど疲れるわ、時間かかるわで考えたくねぇんだ……」
「切り株に薬剤入れて腐らすって手もあるが、それはそれで金はかかるし、腐らせるのに数ヵ月待たなきゃいけないからな。しかも、その後の地面の整地も同時にやってやがる……。俺、ちょっと頭痛くなってきたわ……」
要するに、ストラはかなりの時間と労力が必要な道作りの作業を限りなく短縮してしまったらしい。テンションが爆上がりしている男二人だったが、一方ストラは急に騒ぎ出した彼らに訳も分からず怯えていた。
『ま、マシロ……、どうしたのそのヒトたち。おいら、失敗しちゃった?』
「ストラ……君は最高だ」
『???』
ストラは自分がどれだけすごい事をしたのか分かっていなさそうだった。言葉だけでその偉業を伝えるのは難しそうだ。自分が当たり前にできることを褒められても、実感は薄いだろうし。
だったら村を上げてストラを褒め称える会(祝賀パーティ)でも開いてもらうか? でもそんなヒトだらけの空間にストラを向かわせたくないな。
……などと妄想していたら、男の一人が突然地面に膝を付き、頭を下げた。
「頼む……! ストラをうちで雇わせてくれないか?」
なんと、その男はストラをこの村の大工職人の一員に招き入れようとしていた。確かにストラの魔法を生かせば天職になり得そうだが……。
「俺ぁ親方に話付けてくるぜ。あと手ぇ空いてる奴を何人か連れてくる。……これで木材の仕入れも楽になるし、新しく開拓業も始められそうだな。ぐっへっへっへ」
そう独り言を言いながら去っていくもう一人の男からは、ストラを利用して金稼ぎをしてやろうという臭いがプンプンと漂ってきた。そんなこと許す訳ないだろう!
「ダメです! ストラはストラでやることがあるんです!」
「なっ!? 倒した木は俺たちが運ぶし、他のサポートだっていくらでもする。報酬だってそれなりに出せるはずだ! だからこのとーり!!」
「お金の問題じゃないんですー!」
男は頭を地面に擦り付けて懇願しているが、ストラをそんな都合のいいような道具にする訳にはいかない! ……などと心の中で奮起していたが、自分もこのダンジョンを「癒しの場」とするために魔獣たちを利用しているのではないか?
突然の特大ブーメランに何も言い返すことができなくなり、僕たちのやり取りを困惑しながら眺めていたストラにこう言うしかなかった。
「ストラ……自分のやりたいことをしな……」
『何がなんだか分からないぞ……。とりあえず、おいらは木を抜けばいいんだよね? ……これ邪魔だな。よいしょっと』
ストラは地面を連続で少しだけ隆起させ、倒れていた転がすように木を端まで移動させた。普通ならあんなに重い木は人間が何人も力を合わせたり、道具や馬を使ったりして運ぶはずだ。それを難なくこなしたストラを見つめる瞳の持ち主は、まるで呪文のようにぶつぶつと何か呟いていた。
「工数……人件費……削減……費用対効果……いける……いけるぞ……」
やっぱダメだー!! ストラをそんな邪な目で見ることは許さーん!!!
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……と、ストラを欲する大工職人たちとのいざこざがあったが、ストラの気が向いた時、たま~に手伝うということで落ち着いた。僕としてはストラがヒトに慣れていくのが嬉しい反面心配なのだが、このストラの手によって綺麗に整えられた村に続く道が視界に入るたびになんとも誇らしくなる。これが親心というものだろうか。
『今日はよく物思いにふけるわね』
そういう日もある。
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