1-41 酔っ払いお断り
「マシロ殿や~~~~~い」
猫たちの即席パレードが一段落し、まったりとした雰囲気が流れていた頃、小屋の外から聞き覚えのある声がした。自分を呼ぶその声色は妙に高揚しているが、なんだか嫌な予感がする。
「セレニャさん、ちょっとここ任せていいですか?」
『いいですの。婆やにお任せください』
僕はセレニャに耳打ちをして、小屋を後にした。グリーン・ピースの入り口で待っていたのは元騎士のテオドールだった。その立ち振る舞いは始めて会った時とは打って変わっておぼつかない足取りだ。しかも顔面がタコのように紅潮している。
「ういういうぅ~~い、ひっく、レフ殿たちに会いに来たのだがいいかい? うん? うん? うん?」
テオドールはあからさまに酔っていた。
『うわっ、ひどい匂いね。マシロ、こいつ入れるんじゃないわよ』
フィーニャにとって彼から漂う酒気を帯びた匂いは苦手なようで、フードの奥に潜ってしまった。他の魔獣たちもその匂いを嫌がるだろうし、酔って魔獣たちに変な絡まれ方されても困るから「酔った状態ではグリーン・ピースに入ってはいけない」というルールを後で付け加えておかなければいけないな。
「テオドールさん、お酒飲んでいますか? こんな真昼間から……」
「うぐっ、いやしかしだな。儂は今や騎士を引退した身……村の子供たちに剣術指南をすることもあるが、それ以外の日は暇でな……。エリーザも仕事が忙しいらしく構ってくれなくて、わしゃあは寂しゅーて寂しゅーて!」
それで寂しさを紛らわすためにお酒に逃げてしまった、と。顔を真っ赤にし涙をぽろぽろ流している彼の姿は、オズヴァルフと戦っていた彼と同一人物だと到底思えないほどの残念っぷりである。
「だからのう、儂はレフ殿に気に入られているようだしぃ、遊びにきた……おお、レフ殿ぉ!」
『あっ、やっぱり剣のおっちゃんだ! 来てくれたん……うわっ、何だこの匂い!? くっさ!』
「れ、レフ殿ぉ!? ど、どこに行くのだぁ!? 儂を……儂を独りにしないでおくれぇ!!」
テオドールに会いに来たレフは、彼の酒の匂いに拒否反応を示し、一目散に逃げてしまった。彼を追いかけようとしたテオドールを制し、中に入れないようにする。
「テオドールさん、今日はお引き取りください。お酒臭いままだと今のように皆に避けられちゃいますよ」
「おぉん! おぉぉん! ……ぐすっ、そうだな。今日の所は帰って頭を冷やすとしよう……。ここへの道も拓けて、行きやすくなったことだしのう」
そう言って持ち直したテオドールの先には、グリーン・ピースから村に向かって伸びている道があった。村とグリーン・ピースの間には木々が生い茂る森があり、ここに辿り着くには森を突っ切るか、大きく遠回りをするしかなかった。だが今では一直線で通り抜けできるように木々は伐採され、地面も綺麗に整えられている。
これはある魔獣による功績なのである。そう、あれは半月前の出来事だった。
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いつものようにグリーン・ピースで作業に取り掛かっていた時、外からカン、カンと何かを叩くような音が聞こえてきた。何事かと思い、外を伺ってみると、入り口前の森で木に向かって斧を振り下ろしている二人組の男がそこにいた。
「あ、あのぉ……そこで何をしているんですか?」
「おっす、マシロ。わりぃな、騒がしくしちまって」
「つーか親方から聞いてねえのか? ここから村への道を作りに来たんだよ」
彼らは大工の親方である村長の部下であった。そういえば、村長がダンジョンの探索をしようと来た時に一緒にいた人たちか。どうやら木々を伐採して村とこのグリーン・ピースを繋ぐ道を作ってくれているらしい。
「そこでよぉ、お前さんに頼みてぇことがあるんだが……」
「はい?」
「このダンジョンにいるでっかい狼。そいつすげぇ風の魔法を操るって聞いたんだが……それでこれらの木をスパスパッっと斬ってくれないか?」
「え、えーっと……」
「相棒よぉ。そんなうまい話があるわけないだろう……そんで、できるかどうかだけでも教えてくれないか?」
「えぇー……」
要するに、オズヴァルフに木々の伐採を頼めないか、という話だった。あれほど熟練された風の魔法なら、木を切り倒すぐらいできないことはなさそうだが……多分彼はヒトの頼みなど聞いてくれないだろう。
だが、期待の眼差しを向けてくる男二人組を無下にすることもできず、一先ずグリーン・ピースに戻ってオズヴァルフに尋ねてみることにした。
『誰がやるか、阿呆め』
ですよねー。僕伝手に尋ねた男たちの頼み事は、定位置である高台の上で寝そべっているオズヴァルフにあっさりと一蹴された。狼は心底面倒臭そうな態度のまま、早く立ち去れと言わんばかりの鼻息を鳴らしている。
「じゃあ、断ってくるねー」
『待て、白ヒト。何だその態度は。まるで始めから断れるのを想定していたかのような切り替えの早さだな。気に食わん』
えっ、なに? めんどくさっ!
『貴様の思い通りに動くのも癪だ。おい、ストラ! 隠れてないで出てこい!』
『ふぎゃう!?』
オズヴァルフが怒鳴った先には、一階層と二階層を繋ぐ通路に隠れていた虎のストラがいた。ストラはばつが悪そうな表情を浮かべながら、僕の傍に歩み寄ってきた。ふむ、今日ももふもふは絶好調だ。
『し、師匠……なんでしょう?』
『お前は白ヒトと共に外のヒトを手伝ってこい』
『ええっ!?』
オズヴァルフめ、自分がやりたくないからって弟子にぶん投げやがった。それにストラはヒトが怖いんだぞ! 師匠のくせにそんなことも分からないなんて、どうかと思うぞ! ……という視線を向けていたら睨まれたのでストラの前足の後ろにさっと身を隠した。
『ストラよ、ヒトを恐れるな、とは言わん。だが、今のうちにヒトに慣れておけ。敵としてヒトがここに来た時の備えだけはしてほしいのだ』
『……わ、分かったよ師匠。ヒトを「知る」のは大切だもんね。おいら、やってみるぞ!』
「す、ストラ大丈夫なの? 無理しなくていいからね! 怖かったらすぐに戻っていいからね!」
『マシロ、心配しないで。お、おいら大丈夫だから!』
「そ、それならいいけど…………でも、本当に無理だったらやっぱ『いいから早う連れていけい!』……へーい」
歯茎をむき出しにして怒るオズヴァルフに渋々従い、ストラを連れてグリーン・ピースの入り口に向かった。
とりあえず、ストラをグリーン・ピース内に待機させて、外で待っている男たちに事情を説明した。
「まあ、狼は来ないと思ってたけどよ。ありゃあヒトに従うような性格じゃなさそうだしな」
「そんで代わりに「ストラ」って子が来てくれるんだってな。どんな子なんだ?」
「ストラはとってもいい子なんですよ。ドジした僕を助けてくれたし、もふもふだし……。でも色々あって彼はヒトが苦手なんです。だから、絶対に……ぜっ~~たいに怖がらせるようなことはしないでくださいよ! 絶対ですからね!!」
「お、おう……」
「わ、分かったから、そんなに声を荒げないでくれ」
戸惑いつつも承諾してくれた男たち。彼らがストラに何かしたら、僕はその身を挺して守るつもりだ。実際は何も役に立たなさそうだが、そのくらいの気概ではいる。
彼らを警戒しつつグリーン・ピースの入り口に向かって呼びかけると、ストラは恐る恐るだが勇気を出して前へ歩き出した。
『ま、マシロ……ひっ、ヒトだ……ふぎゃう……』
「大丈夫、大丈夫だよ~。このおじさんたちはちょっと職人気質だけど、気のいいヒトたちだから怖くないよ~」
ストラは隠れられるはずもないその巨体を、ガクガクと震わせながら僕の後ろで縮みこませている。本当にヒトが怖いのだろうによく頑張っている。約束通り、ストラを怖がらせないように黙っている男たちに彼を紹介する。
「この子がストラです。ね、いい子でしょう?」
「でっ、でけぇええ!?」
「お、俺知ってるぞ! こいつ「虎」っていう凶暴な肉食動物なんだよな!? 俺たち喰われちまうんじゃねぇのか!!?」
あ、ヒト側が怖がることを想定してなかった。
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