1-37 二ヵ月後、グリーン・ピース稼働中
体調の回復のために一週間寝込んだ後、現場に復帰してから二ヵ月が経った。ある程度この超癒しダンジョン「グリーン・ピース」の設備も整ってきた。
ダンジョンの名前がないのが不便だったため、僕が名前を付けるのを魔獣たちに提案したら、あっさりと聞き入れてくれた。意外とその辺りの拘りはないらしい。その名前は僕が好きな緑色と平和が由来である。グリーンピースの微妙に嫌われている感が自分と重なるというもう一つの由来は伏せておこう。
一ヵ月前、崖から落ちた時にボロボロになってしまった深緑のコートをマザーに直してもらい、今日も自分の仕事を進める。フィーニャはこのコートが気に入ったのか、それとも僕のことが心配なのか、復帰後からグリーン・ピースに居る時はほとんど僕のフードの中で丸くなっている。
「おっす! マシロぉ!! 来てやったぜ!!」
「い、いらっしゃいませ。ウォーレンさん」
グリーン・ピースの入り口に設置した西部劇のお店でよく見る両開きの扉――ウェスタンドアを押し開け、村長の息子のウォーレンが入ってきた。グリーン・ピースの設備の大半は彼を通して依頼し、作成してもらっている。彼は家業である大工の仕事や修行の合間の息抜きで魔獣たちと触れ合うために来ることもあるが、今回は少しばかり目的が異なるようだ。
「クロ……フィーニャちゃん元気ぃ?」
『……ふわぁ、はいはい元気元気』
「んんん~~~! 可愛いぃいい❤❤❤」
僕のフードの中で眠たそうなフィーニャはウォーレンにそっけない返事をする。ウォーレンはそんな塩対応で十分だったようで、身体をくねらせ悶えている。そんなことよりも彼の背後の入り口付近にいる人影が気になるのだが……。
「ウォーレンさん、あの人たちは……?」
「あ、そうそう! 今日、仕事が休みだったから誘ったんだよ。おーい、入ってこいよ」
ウォーレンは入り口の人影に向かって呼びかけると、ウェスタンドアが開き、数人の男女がぞろぞろとグリーン・ピースに入ってきた。
「ここがウォーレンが言ってた癒しの場かぁ。思ってたより広いな。やっほぉおおーーー!! おおー、響くねぇ」
「ここなんだっけ? 「グリピ」だっけ? 動物と触れ合えるのマジ楽しみなんだけど!」
「お気にの子がいたら持ち帰っていい感じ? うち猫好きなんよね」
「俺ぁ犬派だな。一緒に走りたいぜ! ハハァッ!」
「こいつら俺のダチでよぉ。今日は隣町からわざわざ来てくれたんだ」
ウォーレンの友達らしい人間たちは、見るからに「陽」の属性だった。眩しすぎて拒絶反応が起こりそうだ……。だがここは「陽」の気に当てられようとも耐えて、このグリーン・ピースの管理者兼従業員である僕が接客をしなければならない。
「い、癒しの場、グリーン・ピースにようこそ……」
「うわっ、老人かと思ったら案外若いな。あんたの白髪すげぇ白い白髪だな!」
「わぁ~~~、フードの中に猫ちゃん入ってるぅ! マジウケるんですけど!! 一周回ってオシャレじゃね?」
「ねぇねぇ触っていい感じ? いい感じよね?」
『はぁあ? 何言ってんのこいつ? しっしっ!!』
フィーニャさん威嚇しないで……。ぐいぐい来る彼らの積極性にもう心が折れそうだ。だがここを利用するからには必ず提示しなければならないことがある。そこだけはしっかり伝えないと……。
「ここは獣たちと触れ合い、癒しを与えてくれる場です。ですがここを利用するためにはこちらが決めたルール――規則を必ず守ってもらいます!」
「るーる? なんだそれ、めんどくせぇな」
「は? だる。アタシらが勝手にやればよくね?」
学生の頃にクラスの高カーストの人たちに冷めた目で見られたような気分だ。正しいことを言ってるはずなのに、ただノリが悪いという理由で排斥されるような。ま、だから何だと言うんだけど。この場では彼らが最高位カーストだ。
「従わない場合、速やかにこの施設の利用を停止し、強制的に退出させて頂きますので、ご了承ください」
「強制的に退出だぁ? こんな細い体で何ができるってんだ」
「腕っぷしなら自信があるぜぇ? 試してみるか? あぁん?」
「…………えっ……マジ?」
「……いやいや……ありえんって……ひっ」
僕が相手をすると思っているのか、力自慢の男たちは意気揚々と迫ってきた。しかし、連れ添いの女性たちはさっきまでの勢いが嘘のように怖気づいていた。それもそのはず、彼らの背後には鬼のような剣幕で唸っているオズヴァルフが立っていた。
『貴様ら……切り刻んでやろうか?』
「…………は?」
「う、うわぁあ!? 化けもんだぁああ!!」
「きゃぁああああああ!!!」
「ひぃぃいいいいいいいい!!!」
一瞬でパニックに陥る陽キャたち。彼らを意に介さず、オズヴァルフの前に立ちはだかったのはウォーレンだった。
「オズヴァルフさん!! すみませんっした!! こいつらには俺がよく言い聞かせますんで!!」
ウォーレンはオズヴァルフに勢いよく頭を深々と九十度以上下げた。今にも噛みついて来そうな大狼に堂々と謝罪する光景に、あれほど騒いでいた陽キャたちは一瞬で静まり、きょとんとした表情のまま目が奪われていた。
「何やってんだ! お前たちも頭を下げんだよ!」
「「「「はっ、はいぃ!!!!」」」」
ウォーレンに続いて陽キャたちは次々と頭を下げていった。その下げた頭一人一人にオズヴァルフは己の鼻を近づけ、まるで匂いを覚えるかのようにじっくりと嗅いでいった。その間、彼らは体勢を崩さないように震える身体を必死に押さえつけていた。
『…………ふんっ』
匂いを嗅ぎ終わったオズヴァルフは鼻を鳴らし、一瞬で姿を消した。おそらくいつもの高台に戻ったのだろう。目の前から脅威が去ったのが分かると、緊張の糸が切れたのか陽キャたちは地面にへなへなと座り込んだ。
「……なっ、なんなんだあいつ! つーかあんなでかいの動物か!?」
「こ、怖かったよぉ……」
「あの方はオズヴァルフさんって言ってな。ここの用心棒らしいんだ。下手なことをしたら喰われちまうぜ。こいつのようにな」
ウォーレンはそう言って僕を指差した。そういえばウォーレン含む村人たちの目の前でオズヴァルフに咥えられたな。当事者だったからいまいち実感が湧かないが、外から見たら衝撃的な光景だったのだろう。
「ま、マジか! マジかよ! あ、あんた、どうだったんだよ!」
「え? 生温かった……です?」
「マジだよ……」
なんだかよく分からないが納得してくれたようだ。さっきまでのどこか見下した視線とは打って変わって、陽キャたちは僕に羨望のような眼差しを向けている。命の危機から見事生還を果たしたすごい奴だとか思っているんだろうか。
「ね、ねぇ……帰らない? こんな怖いとこ嫌なんだけど……」
陽キャの中の一人の女性はまださっきの恐怖体験に怯えているようだった。始めは色々あったが、このまま帰ってしまうのはいただけない。それを察したのかフィーニャは僕の頭に前足を乗せ、彼女たちを招くように手を振った。
『せっかく来たんだし、ちょっと遊んでいきなさい。私の仲間たちも歓迎するわ』
「え、やだ、あの子めっちゃ招いてない? ちょーかわいいですけど」
「ねえ、ちょっとだけならいい感じじゃない?」
『はっ、ちょろいわ』
流石フィーニャさん、自分の可愛さを分かってるー。一先ず引き止められたようなので、改めてこの施設のルールを説明していく。
<癒しの場 グリーン・ピースを利用するにあたって>
・獣たちを絶対に傷つけてはいけません。
・もし獣たちによってケガを負わされても、当施設は一切の責任を負いません。
・大声や大きな物音を立てて、獣たちを驚かせてはいけません。
・獣たちへの食べ物やおもちゃの差し入れは、一度従業員への確認をお願い致します。
「つまり、自己責任ってことか……」
「あと、この施設は犬と猫に分かれていまして、それぞれにも細かいルールがありますのでご了承ください」
「守れなかったら、オズヴァルフさんがすっ飛んでくるってわけだな。あはは」
「ウォーレン……何で笑えるんだよ……」
圧倒的にこちらが有利なルールだが、このくらい縛らないと人間は何をしでかすか分からないからな。ルールは状況に合わせて逐一追加していく予定だ。一通り説明を終えて、次は二つの選択肢から選んでもらう。
「犬と猫、どちらと触れ合いますか?」
「犬、かぁ……」
「うち、猫派だし」
恐怖体験が頭を過ったのか、犬に対する反応が悪い。しょうがないがあの子には我慢してもらって、皆猫の方に案内しよう……と思ったら彼らの中の一人が手を挙げた。
「俺は、犬派だ! 犬の方に案内してくれ!」
グリーン・ピースに来た時から犬派だと言っていた彼が志願してくれた。いい気合いだ。体力もありそうだし、これは期待ができる。
「では、案内しますね。他の皆さんは少し待っていてください」
犬用の施設はこのダンジョン一階層の大部分を占めていて、ドッグランのように周りを柵で囲っている程度のものだ。そこであの子はいつも誰かと遊びたがっている。
柵の前まで来た僕はグリーン・ピースで唯一、一緒に遊んでくれるイヌ科の獣の名を呼ぶ。
「ドドドぉ~~~~!! あぁそびぃましょぉお~~~!!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!
『あぁ~~~そぉ~~~~~ぶぅう~~~~~~!!!!!!!』
神速のポメラニアン、ドドドが柵の向こうから風を纏いながら走ってきた
この続きは本日の21時更新!