1-35 知ることで
多分、信じてもらえないだろうと思っていたから誰にも話していなかったけど、僕の転生の事情は当然の如く一蹴された。今後はもう変な誤解を与えたくないし、なるべく誰にも転生のことは話さないでおこうと密かに誓ったのだった。
「ま、まあ、転生のことは置いといて、僕がこの世界……少なくともこの村に一か月前から住み始めたのは事実なんだ」
『…………』
「突然の環境の変化に慣れなくてね。失敗ばかりで未だにこの村に馴染めてないんだ。だから……ああ、そうだったのかも」
『?』
僕はストラに自分のことを話している内に気が付いてしまった。自分が無意識に望んでいたことを。
「ストラは僕に何か「裏」があるのか、って訊いたよね。それあったのかもしれない」
『はあ!? やっぱり何か企んでたのか!?』
「いや、今ふと思い至ったことなんだけど……僕が君たちの力になりたいと思うのは、この魔獣と話せる能力が君たちの役に立ったことがきっかけなんだ。それで、その……」
気恥ずかしさでしどろもどろになってくる。自分でも気が付かなった心中を話すのがこんなに大変だったとは。でも言っておきたい。言葉にしないと自分の気持ちを否定してしまうような気がしたから。
「認められた気がして……受け入れてくれた気がして……それで僕は……僕の居場所が欲しくなったみたいなんだ」
『…………え?』
身体が火照っている感覚がする。おそらく今の僕の顔は真っ赤に染まっているのだろう。ああ、ストラがまじまじと僕を見ている!
「そ、そうだよね、ヒトの僕が魔獣たちの住処を自分の居場所にしたいなんて変だよね!」
『お……おいらと一緒だ』
「……はい?」
『お母ちゃんがいなくなった後、おいらはあのダンジョンにたどり着いて、受け入れてもらったんだ……。ここに居ていいって言われたんだ……それがどれだけ嬉しかったことか……』
ほら穴の奥で警戒するように身を屈んでいたストラは立ち上がって僕の方へと歩いてきた。顔が当たりそうになるくらい近づいて、僕の目を真っすぐに見つめてきた。
『何も変じゃない! 居場所を求めるなんて当たり前のことだ!』
ストラの大きな瞳に自分の姿が映る。雨に濡れているし、服はボロボロでなんともみすぼらしい。なのに、肯定してくれた嬉しさが隠し切れずにやけているじゃないか。
『おいら……ずっとお前のことを理解できない変な奴で怖かったんだ。でもどうしてだろう、今は何ともないんだ』
「それは……僕を知ってくれたからなんじゃないかな。未知は興味を引かれることもあれば、恐怖の対象にもなる。なんたってよく分からないものだからね」
『「知る」か……今でもおいらはお前のことを変な奴だと思ってるけど、怖くないのは「知る」ことができたからか!』
なんかさりげなく僕のことを刺さなかったか? どうやらストラは僕の想いに共感してくれたようで、僕を恐怖の対象に見なくなったみたいだ。
「じゃ、じゃあ僕はあのダンジョンに居るのを許してくれる?」
『許すも何もそんなのおいらが決めることじゃない。そもそもおいらの我儘だったんだから……』
「いやいや、少なくとも上層に住んでいる魔獣たち全員の同意が欲しかったからさ」
『同意って……よくあの師匠が首を縦に振ったね』
「師匠? ああオズヴァルフね、彼はまあ……振ってはないけど優しいから……はっ……はっ……はぁっくしょん!」
特大のくしゃみをしてしまった。恥ずかしい。くしゃみを皮切りに身体が途端に震え出した。身体が冷えていることを自覚してなかっただけで、すでに雨に濡れた身体はすでに芯まで冷え切っていたのだ。
おまけに全身も痛い。崖から落ちた時は軽傷だと思っていたが、今頃になって身体を動かすのも辛くなってきた。
『ま、マシロ? なんか顔色が悪いけど……』
「さっ、寒くて……痛くて……もう…………無理だ……」
視界が段々と薄暗くなっていき、僕の意識はそこで途切れた。
――――マシロ……マシロ……大丈夫?
ストラの声が聞こえる。でも一体どこにいるんだ? ああダメだ……睡魔がひどい。目不足だったのに、結局ダンジョンに持ってきた毛布は猫たちに占領されて、仮眠を取ることもできなかった。でも今はこのふかふかな毛布がある。ぽかぽかと暖かい中で寝られるなんて最高じゃないか。思わず枕に頬ずりをしてしまう。
――ま、マシロ。くすぐったいんだけど……。
うわっ、口の中に草が入ってきた……。あれ? いつの間に僕は草原で寝ていたんだ。まあいいや、草の上に転がって寝るのも悪くない。……んん? なんだこの感触……足元が揺れ動いて……す、スライム!? 僕の下半身を覆うようにスライムが纏わりついていた。
「うわぁあああ!?」
『マシロ!?』
見上げるとそこには岩の天井と、僕を心配そうな目で見ているストラがいた。そして僕の背後にはストラの体毛があった。どうやら僕はストラにもたれ掛かって寝ていたようだ。ふわふわで柔らかく、温かい感触はこの世界に来て一番の寝心地の良さだった。下手したら元の世界の時よりも。
『マシロ、大丈夫? うなされてたけど』
「ストラ……ありがと……だいぶ良くなった。温かい……すごく気持ちがいいよ……」
『なっ……なんだか恥ずかしいぞ』
上半身が軽く沈むほどのふわふわに心が奪われてしまう。寝ぼけ半分の頭に思い浮かんだのは、ストラの話に出てきた母親がヒトにした行為だった。
「ストラ……君の母もこんな風に……ヒトを温めていたんだろうね」
『…………』
「その時、ヒトが何を思っていたのかは分からない…………でも僕は、君の母はとても立派なことをしたんだと思うよ……」
『…………マシロ……ありがとう』
ストラの身体から微かな振動を感じた。ストラは顔を背けていたが、瞳の辺りがきらりと光ったように見えた。いや、気のせいだったのかも。すでに僕はまた微睡みの中に堕ちていた。
「温かい……温かいよ……すぅ……すぅ……」
『い、いや、起きて! 大変なことになってるんだ!』
ストラの体毛に顔をうずめて再び寝落ちしかけていた所、ストラの大声で無理やり覚醒させられる。僕たちがいるほら穴は入り口から坂道になっており、そこから豪雨による水が少しずつ入ってきて水たまりができていたのだ。幸い、現在地であるほら穴の最奥は一段高くなっており、水に入らないで済んでいるが、それも時間の問題だ。
「ああ……スライムってそういうこと……」
『マシロ?』
「いや、夢の話……」
スライムの夢をみたのは現実で水が溜まってきていたからだろうか。……なんて分析をしている場合ではない。今はこのほら穴からの脱出が先決だ。
「ストラ、このほら穴は君が魔法で作ったんだよね?」
『う、うん』
「じゃあ、天井に穴を開けて地上への道を作れる? そこから脱出しよう」
『……魔力が足りるか分からないけど、やってみる!』
ストラは上を向き、何か力を入れている様子だった。するとストラが顔を向けている先の岩が凹むように歪み始めた。
『いっけぇえええ!!』
ごばっ! と、凹んだ岩を中心に押し出すように天井に穴が開いた。ストラがぎりぎり出られるくらいの大きさの穴が地上まで開通した。脱出することを最優先にしていたため頭から抜けていたが、外は勿論激しい雨が降っている。当然、雨は穴の下にいる僕らにも降りかかる。
『ふぎゃぁあああ!?』
「ぶはぁあ!?」
上からは雨、横からは水が侵入してくる状況になってしまった。しかもストラが驚いた拍子に彼にもたれ掛かっていた僕は弾き飛ばされるのだった。
『わぁっ!? マシロ、ごめん!』
「いや、大丈……いだだだっ!?」
立ち上がろうにも崖から落ちた時に負った怪我の痛みが全身に入り、身体を動かすこともできない。せめてストラだけでも脱出できないか……?
「ストラ……雨に濡れちゃうけどそこから出られないか?」
『ちょっとぐらい濡れるのは平気だけど……でもマシロは……』
虎はネコ科だが水中を潜ることができると聞いたことがある。多分多少濡れても平気だろう。そのまま上手いことその穴をよじ登って脱出できれば……。
「僕は動けない……そもそもその穴を登れないから、出れたら誰か呼んできて……」
『そんな……』
雨で身体が濡れていく。ほら穴に溜まっている水も少しずつだが増えている。あとどれくらいもつのだろうか。うつ伏せのままそんなことを考えていたら、首をぐいっと引っ張られた。
『ふぁしほ、ふぃふほ!』
「ストラ!?」
ストラが僕のコートを咥えて持ち上げていた。僕を吊り上げたままストラは地上に続く天井の穴へと跳躍した。両手両足を周囲に張り付かせ、落ちないように身体を固定する。そして慎重に足を一本ずつ動かし穴を登り始めた。
『ふんす、ふんす!』
ストラは鼻息を鳴らしながら穴を登っていく。僕の視界には土壁しかないが、顔面に打ち付ける滴に耐え、雨で濡れる壁から滑り落ちないように気を張っているのだろう。段々と呼吸が荒くなっているが、僕を咥えているため鼻呼吸しかできない状況だ。疲労がみるみるうちに溜まっていくのが分かる。
「ストラ……僕のことはいいから離し……いや今離したら落ちちゃう! 流石にまた落ちるのは……えっと……その、が、がんばれ!!」
『ふごぉー!!』
応援することしかできない。そんな状態が何とも悔しい。けれどストラが穴を登り切れるのを願うしかない。雨で濡れているせいでストラは何度か足を滑らせかけていて、思うように登ることができていないようだ。せめてこの雨が止んでくれれば……。
『ふがっ?』
「えっ?」
本当に雨がぴたりと止んだ。ストラも疑問に思ったのか、空を見ようと首を上に持ち上げた。同時に土壁しか見えなかった視界が開け、地上が広がる穴の出口が見えた。
その穴の出口には、穴を覆いかぶさることができるぐらい大きなスライムが浮かんでいた。
『ふぎゃぁああああ!!!?』
「あっ」
ストラの悲鳴と共に、僕は再び浮遊感を味わうことになるのだった。
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