1-31 まだ雨は降り始めたばかり
「ストラ~……ストラくん~……ちゃん?」
ダンジョンを出て少し経った頃、雨が段々と強くなっていく中、僕は草木を掻き分け「ストラ」というネコ族の魔獣を探していた。性別も特徴も知らない猫なんて見つかるのだろうか。いや、無理じゃね?
あんな格好つけて出て来たのに戻るのも恥ずかしいな……。でもストラが先に帰っている場合もあるし、一度ダンジョンに戻るのもアリなんじゃないか?
なんて考えごとをしていたら背後の草藪が不自然に揺れた。
「す、ストラ……?」
件の捜索対象が隠れていると思い、その草藪を覗き込むように近づく。ガサゴソと揺れる音が一際大きくなると、草藪そのものが人間と同じくらいの大きさになった。
「うわぁっ!?」
驚いて尻もちをついてしまうが、よく見るとその草藪の正体は、葉のついた木の枝で頭を覆っているフィーニャだった。
「マシロ? 大丈夫……?」
戸惑いの目で見ているフィーニャの顔はどこか焦燥しているように感じた。身体が濡れるのが、かなりのストレスになっているに違いない。持っている木の枝もなるべく身体が濡れるのを防ぐための苦肉の策なのだろう。
「ふぃ、フィーニャさんこそ、雨に濡れて大丈夫なんですか?」
「こ、この姿だと、少しは耐えられるみたい……。それよりもストラが心配なの。きっとあなたの前に現れようとしないわ。それにあの子がこの村の住人と鉢合わせする前に見つけないと……」
「そ、それは何で……?」
「あの子……ストラはヒトが怖いのよ」
そういえばオズヴァルフがストラは僕を恐れている、なんてこと言っていたな……。もしかして、いつも二階層にいるというのは出来るだけヒトから離れようとしているからなのか?
「だから私が呼びかけないとあの子は出てこないと思うわ」
「……でも、今のフィーニャさんはヒトの姿ですけど……」
「…………はっ!?」
フィーニャは驚愕の表情を浮かべている。さっきもそのままレフに話しかけていたし、彼女はまだヒトの姿に慣れていないようだ。
「も、もう少しこの辺りを探してみませんか? たとえヒトに変身してても、貴方がフィーニャさんだと分かれば出てくるかもしれませんし……」
「……そうね! ストラー! 出てきなさいー! 私はフィーニャよー!!」
草木が生い茂る森に向かって呼びかけるフィーニャだったが、魔獣どころか動物の声さえ聞こえなかった。僕も彼女に続いてストラの捜索を始める前に、あることを訊いておかなければならなかった。
「フィーニャさん、ストラの特徴を教えてくれませんか?」
「ストラの?」
「はい。僕、ストラについて全然知らないので、捜索のために見た目とか教えてくれると助かります」
せめて見た目が分かれば、捜索しやすくなるだろうし、もし今見つからなくても村の住人に聞き込みをすることができる。ヒトが怖いらしいストラが人前に出てくる可能性は低いだろうけど。
僕の質問にフィーニャはまるで思い出を遡るように考え込みながら答えてくれた。
「ストラは……ネコ族の男の子で縞模様の体毛をしているわ。仲間の中でドドドの次に幼くてね、ダンジョンに来たときはとても弱弱しかったわ。でも魔法の才能があって、身体も大きかったから、よくオズヴァルフと一緒に二階層で戦いの訓練をしていたの。きっと外敵と戦うためだったんだろうけど、あの子は何かと戦える性格じゃないのにね」
フィーニャの優しい口調から、彼女はストラのことを心の底から心配していることが窺えた。
ストラ……名前は縞模様から来ているのかな。もしかして彼がダンジョンを出て行ってしまったのは、僕が二階層にまで降りてしまったからなのではないだろうか?。ヒトが怖いというのに、僕は彼の領域に無遠慮に踏み込んでしまったのでは……。
僕が原因で他者に迷惑をかけてしまった。勝手にあのダンジョンの管理者になったくせになんて体たらくだ……。責任は果たさなければならない。
「フィーニャさん……彼が何かに隠れる時の癖とかありませんか? 他に好きなものとかもあったら教えてほしいです」
ヒトが怖いなら僕はストラになるべく接触しないようにする。君の居場所を侵そうとするつもりはない。だから、君は僕を避けてダンジョンを出るなんてことをするは絶対にあってはならない。
「ストラの好きなもの……? そうだ、たまに外に出た時は、木に登るのが好きだったわね」
少しでも手掛かりを、最悪ストラの好きなものでおびき寄せることも考えたが思わずいい情報を聞けた。雨が降っている今なら猫は雨宿りしているはず。茂みに身を潜んでいると思っていたが、木登りをしていてもおかしくない。
「下じゃなくて上……木の上にいるかもしれない」
「! これだけ探して見つからないんじゃ、そうかもしれないわね! 私あっちから一通り見てくるわ!」
フィーニャは見上げながら木を一本一本確認し始めた。僕は彼女と反対方向の木を調べることにした。しかし、少し歩いた先は崖で行き止まりになっていた。こっちの方には来てないと思いつつも崖際の木を見上げると、崖に向かって伸びている太い枝が折れて皮一枚でぶら下がっていた。
「まさか……っ」
折れている枝と繋がっている木の傍まで近づくと、川の流れる音が聞こえてきた。崖の五、六メートル下を流れる川は、降りしきる雨の影響で激しさを増していた。
――ここから落ちたんじゃ……。嫌な予感がし、崖下を覗き込むように身を出した。その瞬間、体重をかけていた足場が崩れ、唐突な浮遊感に襲われた。
「…………マシロ?」
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