1-29 ネイキッドパニックガール
『だれぇ―? だれなのぉー? 知ってるけど知らないヒトだー!! あははー!!』
「うわぁぁあああ~ん!!」
『二階層にまでヒトが侵入するだと!? 貴様何者だ!!』
「いやあれヒト形態のフィーニャだよ! 姿見たことあるでしょ!」
『なにっ!? むぅ……慣れぬ……』
ドドドを追いかけて全裸で疾走するフィーニャに、警戒態勢を取るオズヴァルフをなんとか宥める。彼が初めて見たヒトに変身している時のフィーニャは、服を着ていたから別人だと見間違えるのはしょうがないかもしれない。しかし、オズヴァルフの威嚇するように低く唸った行為は、混乱状態のフィーニャの恐怖心を煽ってしまったようだ。
「わぁあああん!! オズ怖いぃいい!! バカって言ったこと謝るからぁぁああ!!」
『ふぃ、フィーニャ様! 我は気にしておりませぬ!!』
「怒らないでぇええええええ!!!!」
今のフィーニャには魔獣の言葉が分からないため、オズヴァルフの弁解が全く届いていない。彼の威嚇に怯えたフィーニャはさらに激しく泣き出してしまった。
『怒ってない! 怒ってないです!!』
「ごめぇんなさぁああいいい!!! ぉえっ」
『フィーニャ? フィーニャなの? ヒトなのにフィーニャなの? 変なのー!』
「ドドドも怒ってるぅうううう!!!」
嗚咽交じりに泣いているフィーニャの周りをくるくると駆け回るドドド。無邪気に走っているだけだが、フィーニャは彼にも責められていると思ったのか一層怯えてしまった。そろそろ収拾を付けたいのだが、ドドドはその身に風を纏い始め、段々と加速していく。
『どうやってヒトになったのー? それも魔法―? すごいすごーい!!』
「ひぃぃいい!! ごめん、ごめんってばぁあ!!」
「ど、ドドド! 少し落ち着いて……」
『すごいすごいすごぉおおいい!!! フィーニャすごいよぉー!!!!! だから元気出しッ――』
瞬間、ドドドはまるで電池が切れた玩具のように動きが止まり、地面を転がった。
「ドドド!?」
「えっ……ひくっ……う、嘘……ドドド?」
僕は地面の上でぴくりとも動かなくなったドドドに駆け寄った。何者かの攻撃? 病気の発症? 様々な嫌な可能性が脳裏をよぎった。とにかく彼の安否を確認しようと、横たわっているドドドを抱き寄せた。すると――
『スピー……スピー……もっと遊びたいょぉ……スピー』
ドドドは寝息を立てていた。本当に電池が切れたように寝落ちしていただけだった。
『ただの魔力切れだな。こいつはまだ魔力の配分に慣れておらんのだ』
「な、なんだ……びっくりしたぁ」
魔力の源は自身の生命力だからか、使いすぎると休息を取らなければならなくなるのだろう。だからって魔力が空になった瞬間に倒れてしまうと不安になる。直前まであんなに元気だったから余計に。
「ドドド! どうしたの!? どこか痛いの!?」
「フィーニャ……さん。ドドドは魔力が切れただけみたいですよ」
まだ状況を把握し切れていないフィーニャを落ち着かせる。中身が同じフィーニャだと分かっていても、外見が人間だとやっぱり畏まった口調になってしまうな……。
「よ、よかったぁ……。この子、遊んでいたらいつの間にか寝ていることはあったけど、こんな走りながら倒れるように寝ることなんてなかったから……」
今回は何ともなかったからいいものの、いずれ魔獣たちが怪我や病気に罹るかもしれないことを考えると、かかりつけの獣医を持っていた方がいいだろう。でもこんな人間の医者も不足していそうな異世界に獣医なんているだろうか。
『フィーニャ様……昨日もですが、いつの間に変身魔法を?』
「ひっ」
『ぐうっ……』
まだオズヴァルフに怯えているフィーニャは僕に隠れるように身を寄せてきた。避けられているオズヴァルフは微かに傷ついていそうだった。僕は誤解を解こうと昨日得た情報を彼に伝えた。
「オズヴァルフ、彼女のこの状態は変身魔法に拠るものじゃない。マザー曰く「体質」らしいよ。原因は分からないけど」
『「体質」だと……? いや、まさか……だが、奴が言うならば……うむぅ』
なにやらオズヴァルフは考え込んでしまった。マザーと並々ならぬ因縁を持ってそうな彼に事情を訊きたかった、背後のフィーニャが僕の服を強く握って恐る恐る尋ねてきた。
「マシロ……オズヴァルフは怒ってる?」
「怒ってないですよ。ヒトに変身したフィーニャさんにちょっとビビっただけです」
『ビビってなど! ……ないですよぉ』
僕の説明に語気を荒げたオズヴァルフだったが、彼の迫力に怯えたフィーニャを安心させるように優しい口調になった。それでも僕の背中から出てこないフィーニャを怖がらせないためか、彼女の目線より低くなるように伏せた。
「ほら、フィーニャさん。彼は怒ってないですよ。むしろ不安にさせた貴方に申し訳なさそうです」
『ぐっ……確かにそうだが、貴様に言われたくない……』
「……そう? そうなのね! 良かったぁ……はっ……はっくちゅんっ!」
この二階層の鍾乳洞は気温が低く、当たり前だが全裸だと寒い。鼻水を垂らしながら震えている素っ裸のフィーニャに自分のコート掛けようとする。しかし、寝ているドドドを抱えているため手間取っていると、フィーニャはオズヴァルフに駆け寄ってしまった。
「オズヴァルフー。温まらせてー」
『えっ、いや、我よりも適任が……』
「ありがとー。よいしょよいしょ」
フィーニャはオズヴァルフに構わず、彼の背中によじ登った。背中の上で大の字になるように跨っているフィーニャは何とも心地よさそうな表情を浮かべている。
「ふぃにゃぁ~。ちょっとごわごわするけどぬくぬくにゃぁ」
『ぐぬ……おい、ストラ! 近くにいるなら来い! お前の方がフィーニャ様の身体を温められるだろう!』
少し照れくさそうなオズヴァルフは二階層に響くように吠えるが、「ストラ」と呼ばれる者は出てこなかった。
「お、オズヴァルフ……? どうしたの? もしかして嫌だった……?」
『い、いえ! ……奴め、一階層に戻りおったな……』
どうやらストラは僕たちと入れ違いになるように上の階層に行ってしまったようだ。このダンジョンで働くにあたって、主に関わりそうな魔獣は把握しておきたい。
「……一度、戻りませんか? フィーニャさんの服も上にありますし」
「えぇー、服着るのぉ? まあ、寒いし仕方ないか。オズヴァルフ、行きましょ」
『……はい、しっかり掴まっていてください』
僕たちは体勢を立て直すために第二階層を後にするのだった。いくつか肝が冷えた出来事があったが、特に大事に至らずに済んだことに内心胸を撫でおろしていた。しかし、この時すでに上の階層で更なるトラブルが起こっているなんて思ってもいなかった。
『…………』
『お? ストラじゃん。お前が上がって来るなんて珍しいな』
『レフ君……』
『そういやフィーニャたちと会わなかった? あいつら下の階層に降りて行ったんだけど』
『…………らは……ない……』
『え? なんて?』
『おいらはヒトなんか信じないからな!』
『お、おいストラ! どこ行くんだ!?』
この続きは本日の21時更新!