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僕だけが騙されない超癒しダンジョン  作者: 東條水久
第一章 癒しが必要なあなたに
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1-28 気苦労狼、気を回す

『ぷるるるるる! わぁい! 水遊び楽しーね!!』


 巨大スライムを突進で倒したドドドは、身体をふるふると震わせ水飛沫を飛ばしている。飛び散ったスライムの欠片は完全に沈黙していた。よく見るとドドドの身体を中心に風が渦を巻いている。これはもしかして……魔法?



『よく倒した、ドドド。お前の風魔法はまだまだ粗削りだが、可能性を感じるぞ』


 ドドドは風魔法を使えるのか! あの異常なまでの加速は魔法の力によるものならば納得ができる。というかオズヴァルフが認めるほどの風魔法の使い手が、人間を轢き逃げしようとするなよ!


『? わぁーい! お師匠さまに褒められたー!』


 何故褒められたか分かっていなさそうなドドドは嬉しそうにその場を回っている。自身に凄まじい力が備わっている、という自覚がないのだろうな……。力の使い方を学ぶまで、ヒトの前に出すのはお預けだな。


『…………』


「ふぃ、フィーニャ? 大丈夫……?」


 フィーニャは水魔法がスライムに全く効かなくてショックを受けたのか呆然としていた。


『あ、あの時みたいにもっと水を出せれば……』


 昨日のヒト形態で使った水魔法のことだろう。あれほどの規模ならスライムを押し流せそうだが、先ほどの水をかけたスライムの反応からして――


「そうしたらその分の水を吸って、さらに大きくなるんじゃ……」


『……ンナーオ』


 あ、また心折れちゃった……。いや、とどめを刺したのは僕だけど。


『そっ、そもそも! スライムに水魔法は相性が悪かったのよ! 別の相手だったらもっと上手くやってたわ!』


『フィーニャ様……むしろ水魔法はスライムを完封できるほど相性が良いです』


『へぇあ……?』


『属性魔法はその属性に対応した現象を生成することに注目されがちですが、基本は物質操作です。身体のほとんどが水で構成されているスライムならば、その体液を操作すれば容易に内側から破裂させることができたはずです』


 なるほど……魔法において0から1を生み出すよりは、1を自由に動かす方が容易なのだろう。確かマザーの説明によると、生命力を「魔力炉」とやらで魔力に変換するんだったな。魔法の現象を0から生み出し続けていたら、生命力を使いすぎてすぐに力尽きてしまいそうだ。


『で、でも、そんなの知らないし……』


『……前にも何度か教えました』


『え……?』


 フィーニャの魔法の師匠でもあるオズヴァルフの教えは、彼女に届いていなさそうだった。そう言えば以前、オズヴァルフが使う魔法と自分の得意魔法が異なっていて困っていると愚痴を漏らしていたな。この二者の師弟関係はあまり上手くいっていないのだろうか。


『…………っ』


『フィーニャ様……?』


 フィーニャは眉間にしわを寄せてぷるぷる震えている。この様子何処かで見たことがあるぞ。まるでレフに怒った時のような……、



『オズヴァルフのバカバカバカーーー!!! 私がバカだって言いたいの!!? バカっていう方がバカなんだからぁあ!! バカぁぁあああああ!!』



 癇癪を起こしたフィーニャは堀を飛び越え、石筍が生え乱れている天然の迷路に走り出してしまった。


『わふぅい!! 追いかけっこ? ぼくもするー!!』


『ついてこないでよぉバカぁあ!!』


 突然走ったフィーニャにつられて、彼女を追いかける形でドドドも駆け出してしまった。広い鍾乳洞に魔獣二匹の声が響き渡る。


『…………教えるのって難しい……』


 一方、置いていかれたオズヴァルフは静かに凹んでいたのだった。


「ま、まあ、フィーニャも悪気があったわけじゃなさそうですし……」


『…………』


 慰めたつもりだったが、当然の如く無視された。それどころかダンジョンの奥に歩き出してしまった。途端に何かに見られているという感覚に陥った。スライム以外にも魔物が出るかもしれない二階層に一人で取り残されるのはまずい。僕は先に歩いていく狼を急いで追いかけた。


『…………白ヒトよ』


「……マシロです」


 なんとか追いつくとオズヴァルフはこちらを見ずに神妙な面持ちで話しかけてきた。


『余り我々に深入りするな』


「…………えっ?」


『我々はどの道一、二年程度で移動することになるからだ』


「えっと……このダンジョンから出て行くってこと?」


 魔獣たちは渡り鳥のように各地を転々としているだろうか。あれは決められた季節を過ごしやすい別の地域に移動する生態なのだが、一、二年という大まかな区切りが気になる。


『そうではない。このダンジョンが、だ』


「……はい?」




『このダンジョンは転移する。我々はダンジョンごと、この地に移動してきたのだ』




 このだだっ広いダンジョンが転移する……? 改めて思い返すと、新参者の自分ならともかく、昔からこの村に住んでいた者たちが今までこのダンジョンに気付いていなかったのはおかしな話だった。

 ここはつい最近、転移してきたのだろう。そしていずれまた転移して、別の地に移動する。だからオズヴァルフは僕に「深入りするな」と言ったのか……。


「一年もここで皆と関わっていたら……きっともう手を引くことなんてできないと思うよ」


『なに……?』


「もしダンジョンが転移しちゃう時は、僕もついて行っていいかな」


 すでに僕は彼らの内情に片足を踏み入れている。一、二年で終わる前提でこの関係を続けたくはないし、この「魔獣と話せる能力(ちから)」はきっと彼らのために使うべきなんだ。


『何か勘違いをしているようだが……』


 今までこちらを向かず歩いていたオズヴァルフが立ち止まって、ずいっと凄んだ表情で顔を近づけてきた。


『貴様はヒトだ。魔獣と関わるべき存在ではない。ただ我々の利になるから生かしているだけだ』


 オズヴァルフはさらに顔を近づけ、歯茎をむき出しにしながら低く唸った。


『フィーニャ様の命があれば、貴様なんぞ一噛みということを忘れるな』


 体高が三メートルはあるだろう大狼に噛みつかれれば、僕の胴体は確実に真っ二つになる。おそらくその牙でいくつもの命を屠ってきたのだろう。だが僕はその言葉に逆に安心感を覚え、思わず笑みが零れてしまった。


『……何を笑っている』


「い、いや、フィーニャがそんな命令するはずない、と思って」


 まだ過ごした時間は少ないが、彼女が他者を陥れるような命令をするとは思えなかった。それに僕の身を案じたゆえの脅しと、不器用な心遣いが目の前の狼から感じ取れてしまう。僕の返答に呆れたのか、狼はふんっと鼻を鳴らして再び歩き出した。鼻息の獣臭がすごい。





『この先が第三階層だ』


 壁沿いの道をしばらく歩き進めていると、一階層から二階層を繋ぐ通路と同じような横穴が開いていた。中の通路には光る苔が生えておらず、少し覗き込んだぐらいじゃ中の様子が分からないくらい暗かった。


「三階層はどんな空間になっているの?」


『この二階層と打って変わって、生命に満ち溢れた領域だ。三階層だけで成り立つほどの生態系が形成されている。我はそこで狩りをし、食糧を調達しているのだ。若い衆はあまり好まないようだがな……』


 魔獣たちの主な食事事情がどうなっているか気になっていたが、三階層がそれを支えていたという訳か。階層を跨ぐだけで環境が変化し、地下なのに何年も暮らしていけるほどの食糧があるなんて、このダンジョンは一体何なんだ? それに三階層に生物が多いなら、上の階層に上がってくることはないのだろうか。



 じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼ。



 そんな心配をしていたら、オズヴァルフは後ろの片足を上げて三階層の入り口に小便をかけていた。所謂マーキングだが、体格が大きいオズヴァルフの尿はホースから出る水の如く、凄まじい量と勢いだった。


『各階層で生息している生物は滅多なことがない限り、別の階層に移動しない。だが用心して我の匂いを付けておく。これで知性を持つ生物ならば我を恐れて近づいてこない。何故なら我がこのダンジョンで一番強いからだ』


「そ……そうなんだ」


『我はこのダンジョンの最下層まで何度も足を運んでいる。その間に我を襲う者はいない。試しに貴様に匂いを付けて、独りで行ってみるか?』


 オズヴァルフは悪そうな笑みで後ろ足の片方を上げる。僕は全力で顔を左右に振った。小便をかけられるのも独りでダンジョンを進むのもごめんだ。

 だが彼の言葉を信じれば、彼さえいればこのダンジョンの安全は保障される。二階層は弱いとはいえスライムや他の魔物が出る可能性を考えて要調査だが、少なくとも彼らが主に暮らしている一階層には敵性生物は上がってこないのだろう。




『お師匠―さまー!! 見て見て―! 変なのー! 知ってる匂いだけど知らない子なのー!!』



 僕たちが歩いてきた道を後ろからドドドが駆けてきた。ドドドの言葉の意味が分からず疑問に思っていると、そのさらに後ろからは泣きじゃくりながら二本足で走る黒髪全裸少女の姿が見えた。



「うぇえええええん!! 待ってよぉお!! ドドドぉーーー! 私よぉおお!!」



 またしてもヒトに変身してしまったフィーニャだった。




この続きは明日の17時更新!

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