1-2 何度目かの朝、馴染めない村
「コケコッコーーーーー!!!!!!!!!!!!」
うるさ……。
春になりかけの寒い朝、村で飼育している鶏がけたたましく鳴いていた。
その鳴き声に半ば無理やり起こされた僕――転生者「マシロ」はしぶしぶ朝の支度を始める。
朝早い今なら誰にも会わずに教会に行けるかも。……ってこんな考えがいけないんだろうなあ。
今住んでいる家は元々空き家で、村長から許可をもらって借りている。この家の持ち主は現在別の場所で暮らしているから住んでいい、とのことだが突然帰ってきたらどうするんだ。
せめてお金は稼いでおこうと、ここ一ヵ月、村の色んな仕事を手伝ったが不器用すぎる自分は全くの役立たずだった。
こんな自分でさえ見捨てずに斡旋してくれた仕事が教会の雑用である。教会は村の端に位置しており、ここから向かうには村を横断しなければならない。村の人たちは失敗続きの自分を今でも優しく接してくれるが、その優しさが逆に辛い……。
そんなこんなで朝の支度を済ませた後、戸締りをして家を出た。たとえ田舎であろうと前世の習慣から戸締りはしっかりしないといけない性分だった。
田舎は顔見知りばかりだからか、不在の時でさえわざわざ鍵をかけるようなことはしないらしい。もし空き巣が発生したとしても、田舎の情報網ですぐに犯人が捕まるなんて聞いたことがある。でもやっぱ普通に鍵はかけた方がいいと思います。だって単純に怖いもの。
もしかして、「鍵をかける」=「みんなに心を開いていない」なんて解釈されないよな?
そんな杞憂しながら教会に向かっていると、遠くから僕を呼び止める声が聞こえた。
「お~い、白いのー」
「……マシロです」
確かにこの白髪は目立ちますけど。
「ははっ、すまんマシロ。こんな朝早くから精が出るな。どうだ、この村には馴染めたのか?」
呼びかけてきた四、五十の男性はこの村の村長である。村長は代々大工の家系で、昔、領主の屋敷の建設に関わったと自慢気に話していたのが印象に残っている。
犬の散歩の途中だったのか、横に大型犬を連れて一緒に駆け寄ってきた。田舎の価値観からなのかリードなしで。怖い!
村長はこの村に住むのを許してくれたし、たびたびこうやって気遣ってくれている。とても恩義があり、尊敬する人物の一人だ。
だけど、僕はそんな彼が苦手だ。なぜなら――
「……ま……まー……スゥ、まずまずゥ……で、ですクァ、かね……」
「がっはっはっは! この調子だとまだ友達さえも一人もできていなさそうだな!」
大笑いしながら村長はばしばしと僕の背中を叩いた。そう、彼は体育会系だったのだ。
いい人……! いい人なんだけど……! 関わるたびに神経が磨り減る……!!
全ての原因は自分がコミュ症なのがいけないのだが。
第二の人生ではここを改善したいと思い、女神に「上手く話せるように」と願い、能力をもらった。しかし、以前コミュ症は治らなかった。能力ってのは何だったんだ? やっぱり騙されたのか?
「ま、ゆっくり馴染んでいけばいいさ。ところで俺のせが「バゥ!」を見なか「バウゥ!!」こらアレク! 静かにしろ!」
村長の真横で待機していた犬――アレクが僕に吠えてきた。どうやら未だによそ者扱いされているらしい。
犬種は雑種っぽいけどボクサーの血が濃そうだ。ほほ肉が垂れていて皺が多めな顔は厳つい印象を与えるが忠誠心が高く、村長はたまに一緒に狩りに出かける、とのこと。
アレクは村長に叱られるとしゅんとして大人しくなった。たとえリードが付いていなくてもアレクは村長の命令なしで走り出すことはなく、噛むなんてもっての外だとか。
言葉が通じなくても強い信頼関係で結ばれているのが分かる。……でも、言葉が通じないと、結局何考えているか分からなくて怖いよなあ。
「すまない、いつもはこんなことないんだが。で、だ。俺の倅を見なかったか? 長ぇ家出から帰ってきたと思ったら、ここ最近修行をサボり気味なんだ。それで怒ったら、今度はこんな朝早くから抜け出してどっか行きやがる」
初耳だったので黙って首を横に振る。村長の息子は一度グレてこの村を飛び出したらしい。だがつい先日帰ってきて村長との大げんかの末、村長の後を継ぐため大工の修行に明け暮れている、という噂を聞いていた。
「そうか。そんじゃ見かけたら伝えてくれ。『帰って来ないとぶん殴るぞ』ってな!」
村長は高笑いを上げながらアレクを連れ散歩を再開した。そんなんじゃ余計帰りたくなくなるんじゃ……。
村長と会話にもなっていない会話を終え、村の端にある教会へ向かった。村長以外の住人には会わなかった。……もとい、会わないように移動した僕は教会にたどり着いた。
教会は殺風景な村の中で若干浮いているぐらい立派な造りだった。
常に開いている教会の扉を開き、礼拝堂に入る。入口奥に位置する祭壇にはこの世界の女神であるエクレノイアの像が飾られていた。
実際に彼女と会った僕だからこそ言い切れるが、礼拝堂内を見渡すように微笑んでいるその像は本人にかなり似せて作られていた。ここまで精巧だなんて……この世界に降臨してわざわざ作らせたのかな。
そんな答えが出ない疑問を考えながら目的の人物を探す。その人物はこの教会で一番偉い人であり、この世界に転生した時に女神の進言に従い、一番初めに尋ねた人でもある。
その人物は礼拝堂の長椅子にもたれかかる様に座っていた。
「あっ……お、おはよぅございマスゥ―……」
挨拶でさえ段々と声が小さくなってしまう自分に憤慨しつつも、背後から彼女に呼びかける。
しかし、彼女は一切反応しなかった。
普段の彼女からは想像もできない対応に違和感を覚える。呼びかけつつ近づいても一向にピクリとも動かなかった。
嫌な予感がする。
背中にぞわりと気持ち悪い汗が噴き出す。
とっさに彼女の肩を掴んで今出せる最大限の声量で呼びかける。
「ま、マザー・エリーザ!」
「はぁい!!」
彼女が立ち上がると同時に顎におっぱいアッパーを食らい、身体が数センチ宙に浮いた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
本日の更新は以上です。
明日から基本毎日17時と21時に一話ずつ更新していく予定なので、よろしくお願いいたします。
面白かったら感想や評価をして頂けると幸いです。




