1-26 いざ、ダンジョン探索へ
『私は魔獣のネコ族、フィーニャ! ここのリーダーよ!』
僕に続いて黒猫のフィーニャが誇らしげに名乗った。リーダーとして振舞おうとしているが他の魔獣たちの反応を見るに、あまり他者を牽引できていなさそうだ。
『俺は認めてないぜ! 本当のリーダーはこのレフだ!』
『その妹のライ。ふんふん』
三毛猫兄妹のレフとライは微妙に模様が違うが、ぱっと見どちらか分からない程外見が似ている。だが性格は真逆でレフはやんちゃな一方、ライはマイペースなようで今もずっと毛布をこねこねしている。
『美しいネコ族と言えば、そう! このボク、ナルだ! 今は格好良さを研究中さ!』
ナルは白い体毛に覆われていて手足と耳と尻尾、そして顔面が黒毛のシャム猫のような容姿をしている。自分の容姿に並々ならぬ自信があるらしい。
『…………Zzz……ふにゃ……セレニャですの。フィーニャ様の乳母をやらせて頂いてますの……ふみゅぅ』
セレニャという額に七三分けのような模様がある老いた猫は、寝ぼけ眼のまま名乗った。オズヴァルフもだが彼女はフィーニャに仕えているのだろうか。何かしらの事情があるようだが、後で訊いてみるとしよう。
『ドドドだよ! イヌ族! 遊ぶの大好き!!』
他の魔獣と違って人が好きなポメラニアンのドドドは、人間がダンジョンにやってくると興奮して駆け出してしまい、その勢いで人を轢いてしまう癖がある。逆を言えば人に対抗できるほどの力があるということだ。そう言えばドドドはオズヴァルフのことを「お師匠さま」って呼んでいたな……。彼の弟子ならこれほどの力を持っていてもおかしくないか。
『あっちにいるのがドドドと同じイヌ族のオズヴァルフよ。私たちの魔法の師匠兼、用心棒をやってもらってるわ』
フィーニャはダンジョンの隅の高台の上で欠伸をしている銀色の大狼について教えてくれた。彼はヒトの間で語り継がれるほどの魔獣で、風の魔法を操ることから「烈風の狼」と呼ばれていた。理由は知らないが、このダンジョンの魔獣たちを守っているようだ。
『あとは今はどこかに行っているトリ族のホゥベルトと、基本的に一つ下の階層で暮らしているネコ族のストラがいるわ。主に上層で私たちとつるんでいるのは以上ね』
ワシミミズクのホゥベルトはヒトの頭、特に女性目掛けて糞をする性癖を持つ変態だ。こいつについてはあまり触れない方向で行こう。特殊すぎるため距離を置きたい。
ストラという魔獣についても気になるが、それ以上に聞き逃してはいけない情報があった。
「……フィーニャ。階層って……? このダンジョンにはどのくらい深いの?」
『さあ? 数えたことなかったわ。 ねえー! オズヴァルフー! あなた詳しいわよねー!』
フィーニャは遠くにいるオズヴァルフに呼びかけた。すると一瞬でその狼の姿は消え、僕たちの目の前にふわりと降り立った。遠くの高台から一跳びで距離を詰めてきたのだった。
『フィーニャ様。このダンジョンは十……いえ、九階層あります』
「きゅう!?」
なんということだ。このダンジョンはエリアが層のように地下で積み重なっており、予想以上の深さになっているようだ。何が「一通り見て来た」だ。村人たちにその場しのぎでついた嘘が余計に恥ずかしくなってくる。
「……ち、因みに、他の生き物はどのくらいいる……の? 魔獣や魔物は……?」
『んー、たくさんいるんじゃない? でもこことその下の階層は私たちの縄張りだから、誰もめったに上がってこようとしないわ!』
フィーニャは僕を安心させようとしたのだろうが、却って不安になってくる。これは早急の調査が必要なのでは? いずれここに村人たちがやって来る。それでやっぱりこのダンジョンは村に危害を及ぼします、と判明したら今までの苦労は何だったんだ。
「し……下の階層に案内、してくれない、かな? どんな風になっているか直接見ておきたいんだ」
『あら気になるのね。ふふん、しょーがないわね! 皆行くわよ!』
『俺パスー。このふかふかから離れたくない~』
『んなっ!?』
毛布の上で寛いでいる猫たちはもう動きそうにもなかった。思い思いにだらだらしている猫たちを眺めていたい気持ちもあったが、今はダンジョンの調査が先決だ。リュックを背負い、隣で面倒臭そうな顔をしている狼に頼み込む。
「お、オズヴァルフ……貴方が来てくれると嬉しいのだけど……」
『ふん、誰がヒトの頼みなんぞ聞くも『オズヴァルフ。あなたが一番詳しいんだから案内なさい』ついて来い』
反抗的だった狼はフィーニャの一声であっさり手の平を返し、ダンジョンの案内役を承諾してくれた。彼が来てくれるなら頼もしい。外敵から僕はともかくフィーニャのことは守ってくれるだろう。
『どこ行くの? ぼくも行く! ぼくも行く!』
ずっとボールを咥えて遊んでいたドドドが飛び起き、僕やフィーニャを囲うように駆け回る。その余りある元気が眩しくも頼もしかった。
『分かったわドドド! ついて来なさ……あっこら! 先頭を走るんじゃない!』
こうして即席ダンジョン調査パーティが結成された。
先頭:ドドド(勝手に走っていった)
二番目:オズヴァルフ(後ろを気にせず歩いている)
最後尾:マシロ(歩くスピードに追い付くのでやっと)
フィーニャ(マシロのコートのフードに入って寛いでいる)
『ふふん♪ らくちんらくちん♪』
マザーから貰ったこの深緑色のコートは、目元まで隠れるフードが付いていてお気に入りだったが、フィーニャに占拠されてしまった。このコートは昨日オズヴァルフの涎でべちょべちょになってしまい、洗って今日一日干しておく予定だったが、テオドールの魔法で乾かしてもらった。今日は曇り空だったため、一日かかっても乾かなかっただろうから本当にありがたい。コートに残っていた温もりが気に入ったのか、フィーニャは全く出て来ようとしない。じわじわと肩が辛くなってきたのだが……。
僕らは普段魔獣たちが暮らしている広場の奥の壁に、さらに洞窟のように穴が開いてある細い通路を進んでいる。細いといっても体高が三メートルはあるオズヴァルフが余裕で通れる広さはあった。その通路は光源がなく真っ暗だったため、リュックから取り出したカンテラで周りを照らしながら進んだ。魔獣たちは夜目が利くのか、若干下り坂になっている道を臆せずに歩き続けている。
なるべく前方を歩く狼から離れないようについてくと、段々と周辺の壁がぼんやり光っていることに気付いた。もうカンテラが必要なくなるほどの明るさになってようやくその光源の正体は光を放つ苔だと分かった。まるで屋外だと勘違いするほどの光を発している苔は異世界特有の植物なのだろう。
『着いたぞ。ここが二層目だ』
通路を抜けると、一層目よりもさらに広い空間が広がっていた。壁や天井のあちこちに光る苔が生え渡っており、洞窟の中なのに明るさに困ることはなさそうだった。広いがまともな足場は少なく、壁に沿うように道ができているだけだった。壁の反対側には堀のような段差になっており、その下を地下水が流れている。そしてこの空間の大部分を占めるのは――、
「鍾乳洞だ……」
巨大なツララや細長い山のような結晶が辺り一面に散りばめられており、冷たくも美しい光景にただ目を奪われてしまうのだった。
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