1-24 ここまでずっとまみれている
「何か作りたい物あったら俺に頼ってくれよ! あの子たちのためなら何でも作るぜ!」
「ったく、今度からここに来たい時は先に言え。時間を作ってやるから」
「本当かよ親父! よっしゃやる気出てきた! じゃあなマシロ!」
そう言って村長とウォーレンも村に帰っていった。僕はやることがあると言ってダンジョンに残った。やることとは勿論、魔獣たちと話をつけることだった。彼らを守るためだったとは言え、勝手にこのダンジョンの管理者になってしまったことを説明しなければならなかった。
『ヒト帰ったの? わぁあい! ぼく、使命果たしたよ! やったぁああ!!!』
ダンジョンの中に入ると、フィーニャの服を守るという僕が与えていた使命を果たしたポメラニアンのドドドが走り回っていた。服の袖をドドドの首に括るように巻いていたため、走ると服がマントのようになびいていた。
『ど、ドドド! 格好いいじゃないか!『服』はそんな使い方があるのか! ボクも試してみたいぞ!』
『あっ、その服は私のよ! 返しなさい!!』
ナルとフィーニャはドドドが纏っている服を狙って追いかけている。三匹が走る姿は何とも微笑ましい。目で追っているとテオドールが土魔法で作った高台の上にオズヴァルフが寝そべっているのが見えた。
今後、彼には何かと協力してもらわなければならないだろう。しかし、このダンジョンを守るという目的は一致しているが、快く協力してくれるとは限らない。彼とも親交を深めていけたらと思うのだが……。
『マシロさん、どうなりましたか?』
老猫のセレニャが心配そうな声色で訪ねてきた。僕は事の顛末を話そうとしたが、興奮気味の三毛猫兄妹に遮られた。
『婆やさん! 俺舎弟ができたんだぜ! しかも結構強そーな奴!』
『何でも言うこと聞きそう。くっくっく』
『まあ、それはすごいですの。でも何があったのですか?』
「じゃ、じゃあそれらを説明するために皆集まってもらえるかな?」
ようやく本題に入ろうとしたが、僕の呼び声じゃセレニャ以外集まらなかったため、彼らの注意を引くためにかなりの時間を要したのだった。
「まず前提条件として、ヒトはダンジョンを危険だと思い怖がっているんだ。だからこのダンジョンを攻略、もとい攻撃しようとしていたんだよ」
ようやくオズヴァルフ以外の魔獣が集まり、現状の説明を始めることができた。皆別の方を見ていたり、うとうとしていたりと余り話に集中していなさそうだが、今は話を進めるとしよう。
「このままだと君たちは、このダンジョンから追い出されてしまったのかもしれないんだ」
『なぁーなぁー、そもそも何でヒトはこのダンジョンを危険だと思ってんだ? 何年も暮らしてるけど何ともないぜ?』
「レフ君、いい質問です」
『お、そうなのか?』
なんだか授業みたいになってきたな。レフが話に集中し始めてくれたからまあいいか。このまま教壇に立ったつもりで話を続ける。
「ヒトはこのダンジョンを詳しく知らないのです。君たちが暮らしていけるぐらい安全なのか、怖い魔物がひしめき合っているのかさえも」
僕もこのダンジョンが安全なのか知らないけどね。後で魔獣の皆について来てもらってダンジョン探索とかもしなきゃなあ……。
『怖い魔物かあ……。知ってるかライ』
『知らなぁい。余りダンジョンの奥には行かないもの』
もしかして当事者の魔獣たちもこのダンジョンについて詳しく知らないんじゃ……。ダンジョン探索は早急案件だな。
「それでヒトはこのダンジョンに怖い魔物が潜んでいるならまだしも、ダンジョンの外の自分の村に魔物がやって来るかもしれないと不安だったんです」
『ヒトって怖がりなんだな』
レフは的を得ているなあ。と言っても自分に害がある存在が近くにいるかもしれない状況だと誰だって怯えそうなものだけど。
「そして不安の原因を取り除こうとして攻め込んできた、という訳です。もしヒトに危害を加えていたら本格的に戦っていたかもしれないですよ」
ちらりと村長を爪でひっかいたナルを見ると、つーんとした表情のまま後ろ足で頭を掻いていた。問題を起こしそうになったもう一匹は相変わらず無視を決め込んでいる。
『なるほど……一触即発の事態だったのだな!』
お前もその引き金を引きかけた一羽だがなホゥベルト! 狼の涎と余り見たくない物体まみれのワシミミズクは無視することにする。
『戦いになったら返り討ちにしてやるわよ! 私の水魔法でどばーっと!』
『フィーニャの魔法すごかったもんな! いつの間にあんな上達してたんだ?』
『ふふん! いつの間にかよ!』
フィーニャはマザーから貰った服の上で自信満々に答えた。ドドドから返してもらった服を畳んだらその上に座り込んでしまったのだ。まあ、もうその服はフィーニャの物だし自由に使っていいけどさ。
「追い返したらもっと大変なことになるから推奨しません」
『な、何でよ!』
「別の街からもっと強く、ダンジョン攻略に特化した冒険者という存在がやって来るからです」
テオドールさんより強い猛者はなかなかいないと思う。つーかいて堪るか。でもこのダンジョンのような洞窟内でも戦い慣れた者たちがやって来ることは確かだろう。
『だ、だったらまた返り討ちに……』
「そうしたらもっと強い冒険者が来ます」
『うっ……』
この世界の冒険者のシステムは詳しくないが、冒険者たちが失敗したらそのダンジョンの危険指数が上がって、さらに上級者へと仕事が回されるに違いない。それだけは絶対に避けなくてはならない。
「でも大丈夫。ヒトにこのダンジョンが危険ではないと知ってもらいつつ、あった方が得になるようにしていきます」
『それが……『癒し』という訳ね』
「流石フィーニャさん!」
フィーニャはふふんと隣のレフにどや顔を見せる。おいおい、競っているわけじゃないんだから張り合おうとするな。
「これから定期的にヒトがこのダンジョンに訪れます。そこで君たちには『癒し』をヒトに提供してもらいます」
『『癒し』? 何だそれ?』
「僕がこのダンジョンに来る前にいたヒトや、君の舎弟がにやにやしてた時あったでしょ」
『うん』
「あれ。あれが『癒されている』という状態」
『あの気持ち悪いのが?』
正直すぎる。まあ傍から見たら他人に見せる表情ではないのは確かだが。
「あの状態だとヒトは元気になってくるものなんです。そうすればここを見逃すようになり、さらに今まで以上にご飯をくれるかもしれません。今後、僕はここを『超癒しダンジョン』という場にしていくつもりです。……事後承諾という形になっちゃいましたけど、いいでしょうか?」
僕は恐る恐る魔獣たちに尋ねた。フィーニャから任せてもらったとはいえ、同意なしで事を進めてしまった。彼らの生活を変えてしまうことには違いないのだが、僕の後ろめたさとは逆に魔獣たちは意気揚々としていた。
『へぇ~、面白そうだから俺はいいぜ!』
『ご飯くれるならいいよ』
『ボクを褒める者が増えるということだね!』
『ヒトと遊べるんだね! やった! やった! やったぁ!』
まあ、ドドドはヒトを吹っ飛ばす癖を直さなければ、人前に出せないだろうけど。
『じゃあ『癒し』ってのをヒトに提供するには、私たちは何をすればいいの?』
「詳しいことは後日話すけど、君たちにやってもらおうと思ってることは……
特にありません」
『『はぁ?』』
フィーニャとレフが呆気に取られた表情をしている。やる気があるのは嬉しいが、猫様に何かをさせようとすること自体がおこがましいではないか? やらせるなら寧ろ人間の方だ。
「色々考えがあるけど、とりあえず明日。明日から進めていきます」
『何で明日なのよ!』
『そーだそーだ! 別に今からでいいじゃんよ!』
猫たちからクレームが入るが今回ばかりは僕の意見を通させてくれ。なぜなら――、
「……身体を洗いたいからです」
全身狼の涎かぴかぴ頭糞人間の心からの懇願であった。流石の我儘猫二匹も引き気味である。
隣に立っているホゥベルト(うんちの源)が同情するように翼で背中を叩いた。
止めろ。お前も加害者だろうが。
一区切りついたので次回は19時に今までの挿絵集を更新します。
本編の続きは明後日の17時更新です。