1-22 信頼たる人物とは
「流石クロちゃんだぜ……うちのお袋をメロメロにしちまうなんてな」
最後の牙城だった村長の奥さんはフィーニャの一鳴きによってあっけなく陥落した。『癒し』の効果はこれで伝わっただろうか。あわよくばこのまま魔獣たちの居場所であるダンジョンを見逃す流れに持っていきたい。そのために村人たちにとって彼らは『癒し』を提供してくれる存在だと示したわけなのだが……。
一方、『癒し』を実演してくれたフィーニャは簡単にヒトを魅了したことに調子に乗ったのか、スキップのような動きをしながら口ずさんでいた。
『元気・にゃん♪ 元気・にゃん♪ 元気・出せ出せ・にゃんにゃんにゃん♪』
「ぐはっ」
「ごはっ」
「ぐふっ」
「うっ」
フィーニャの歌のような鳴き声連打に周りの村人たちも次々と陥落していった。ちょ、オーバーキル! 『癒し』の過剰摂取、ダメ、絶対。
「もし皆さんの心が疲れた時、このダンジョンに来れば休まることができるんです。僕たちの利益も考えたら、この子たちをそっとしといた方が得だと思いませんか?」
これでこのダンジョンを攻略するために魔獣たちを追い出すよりも居てくれた方が利がある、と分かってもらえたはずだ。あとは村長たちの判断に委ねるとしよう。
「なあ、お前さん。俺はやっぱりしばらく様子見でいいと思う。こいつの言うことを信じてみようじゃないか」
「……あたしもねえ、別にこの子たちの住処を脅かすつもりはないよ。でもさ、この子たちをどこの馬の骨か分からない奴に管理させるはどうかと思うけどね!」
「えっ……?」
『管理……だと?』
村長の奥さんの言葉に狼が怪訝そうに低く唸っている。管理かあ……まあ、この流れだと僕がこのダンジョンの責任者になるしかないよね。でもどこから来たかも分からない部外者の僕に任せるのは不服だと。
……それを言われちゃ何も言い返す言葉はない。村に馴染めなかった僕の自業自得だが、結局僕は村人たちに信じられていなかった訳だ。
村長の奥さんが放った一言は、魔獣たちのために頑張ろうと考えていた心を簡単にへし折った。確かに、僕よりも信頼できる人に任せた方が安心だろう。どうせ僕は失敗して失望されるのだから。
周囲の音が段々と遠ざかって聞こえる。視界が揺れ、景色が黒く染まっていく感覚に陥った。
僕は、また、頑張れなかっ――――
「貴方は十分頑張ってますよ」
村人たちの人だかりの後方から凜とした声が聞こえた。突然この場にいない者の声が聞こえ、村人たちは驚きつつも振り向いた。彼らの視線の先にはめったに教会から離れないはずのマザー・エリーザが立っていた。
「すみません、通りますね」
マザーは村人たちを掻き分け、前に出て来ようとしている。無理やり通ろうとするものだから大きすぎるおっぱいが村人たちに当たって、押し退けられた被害者たちは気まずそうな顔をしている。
『あっ、エリーザさん!』
『なっ!? 貴様は!?』
『おや、釈放かね?』
マザーとの再会に喜んでいるフィーニャ、片やオズヴァルフは焦るように驚愕していた。そして、彼の半開きの口からホゥベルトが寛いでいるのが見えた。何であいつ食べられてるの?
「ふぅ、大体の事情は『風の便り』で把握しています。このダンジョンの管理者についてですよね」
風の便り? 現在進行形で論争中の出来事がうわさになるとは考えにくいし、ここの話を聞くことができる魔法でもあるのだろうか。
「エリーザさん、丁度よかった。あんたが管理者になっておくれよ。あんたなら信用できるからさ」
村長の奥さんはマザーに頼み込んでいるが、僕もその意見に賛成だ。実質この村で一番偉く、誰からも信頼されている彼女が適任だ。
「お断りします」
「えっ!?」
しかし、マザーはあっさり断ってしまった。予想外の返答に呆けている村長の奥さんを尻目にマザーは僕の方へ近づいてきた。そしてマザーは僕に微笑みかけると村人たちへ振り返った。
「私はこのダンジョンの全てをマシロさんに託すことをお勧めます」
マザーの突拍子もない発言に周囲の人々はざわめき立つ。自分でも周りから怪しい人物だと思われてもしょうがないって思うほどなのに、何を言っているんだこの人……いやエルフは!
「マシロさんに任せることが、貴方たちにも彼ら魔獣たちにもきっと幸せに繋がっていくでしょう」
「なんッ……」
「何でですかマザー!」
村長の奥さんの言葉を遮るように怒鳴ったのは僕自身だった。僕よりもマザーの方が上手くやれる、皆から信頼されている。たとえマザーじゃなくても僕以上の適任は沢山いるはずだ。僕なんかよりも……、
「貴方を信じているからです」
僕を…………信じている?
「フィーニャさんを助けた貴方の行動は善意によるものでしょう? 貴方は私の信頼に足る人物です」
………………。
「皆さんも私が信じるマシロさんを信じて頂けませんか?」
「……エリーザさん、ずっと昔からこの村を守ってくれているあんたを信じない訳ないでしょ?」
マザーの説得で遂に村長の奥さんも納得してくれたようだ。話が纏まりかけた時、マザーの登場でなにやら緊張している様子のオズヴァルフが突然吠えた。
『おい! 黙って聞いていれば我らを管理するだと? 思い上がるのも甚だしいぞ!』
『オズヴァルフ? どうしたの?』
大狼の咆哮に隣にいたフィーニャは戸惑い、村人たちはたじろいでいる。僕としては喋るたびに口の中から見え隠れするホゥベルトの方が気になるのだが。そんなオズヴァルフの威嚇をものともせずにマザーは彼のすぐ足元まで近づいていった。
「エリーザ! 何をしておる!」
「テオドール、知っていますよね。私ってこう見えて……」
『くっ!《永久に啼く銀狼の風》!』
オズヴァルフが発動した魔法は周りを切り裂きながら駆ける風の狼を召喚する大技だ。そんな魔法を皆の前で出したら怖がって誰も寄り付かなくなるどころか、今度こそギルドに討伐依頼が出されてしまうのではないか!?
……と焦っていたら、一瞬オズヴァルフの周りの空気が揺れた程度で何も起こらなった。
『……不発……だと? いや、間違いなく発動したはずだ! なら何故……馬鹿な! 我の魔法を相殺しているのか!? そのような芸当、風を同方向、同威力で押し留めるなんてことでもしない限り……馬鹿な馬鹿なァ! 我と此奴の差はまだこれほどにも……』
「とっても強いですから♪」
詳しいことが分からないが、マザーはオズヴァルフの魔法を打ち消したみたいだ。彼の口ぶりから察するに二者は過去に何かあったことが窺える。マザーは一体何者なんだ……?
「もしも……もしもですが、彼が何かしてしまいそうな時は、私がなんとかしますので、ご安心を。いいですよね、子犬さん?」
『…………ッ』
マザーは穏やかな笑顔のままオズヴァルフの脚を撫でており、狼は大人しくその行為を受け入れていた。マザーの静かな威圧に恐れたのか、狼から唾を飲み込むような大きな音が聞こえた。あれ? 口の中にはまだホゥベルトがいたような……。
『こらオズヴァルフ! この方は私の恩人なのよ!』
「あら、可愛らしい子ですね。こんにちは」
『こんにちは!』
猫形態のフィーニャの言葉はマザーには伝わっていないのだが、教会で彼女たちが初めて出会った時のように微笑ましいやり取りが行われている。
「流石マザーだ」
「マザーが保証してくれるなら安心だな」
「マザーがいてくれて良かったよ、本当に」
傍から見たら荒々しい狼を簡単に手懐けたマザーに村人たちは称賛を送っていた。言葉よりも圧倒的力の方が信頼できる、という現実を叩きつけられたようだった。僕にはそんな力はないし、今後も力を得ることはないだろう。
だったら僕は皆に信頼されるために……、
「マシロさん、貴方はこのダンジョンをどのようにしていきたいですか?」
行動で示すしかない。
「僕はこのダンジョンを……癒しの……いや」
「超癒しダンジョンにしてみせます!」
僕は後に引けないように宣言した。少しでも大きく見せようと何故か『超』を付けて。
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