1-21 心の栄養、それは――
『う~ん、功業かな』
『オズヴァルフ』
『えっ、あ、はい、承りました。ホゥベルト、しばし反省せよ』
『はて? 急に夜になったぞ?』
全身が狼の涎まみれでミミズクの糞が頭に乗っかっていて、地面に突っ伏しているのが僕、マシロです。こんなにもひどいことが重なるなんてね。村の皆もドン引きだろうね。
「お、おい、マシロ。大丈夫か……?」
「あんた、私を庇って……」
「なんて奴だ……自らうんちを……」
「見直したぞ、マシロ!」
あれ? 案外高評価? だったらこの機を逃すわけにはいかない。すかさず村人たちにそのまま土下座の形で懇願する。
「お願いします! どうか彼らの居場所を奪わないでください! もし彼らが皆に被害をもたらそうとしたら、僕が身体を張って止めます!」
悲惨な僕の状態は説得力の塊だろう。村人たちがたじろいでいるのが分かる。
「だ、だけどさ。現にこっちにも被害が出ているんだよ」
村長の奥さんが目を向けた先は、ナルによって切り裂かれた村長の服だった。確かに全部事前に止めることができないだろう。そもそも普通の猫だってひっかいてくることあるじゃないか。というわけで――
「ナル、こっちおいで」
『なんだい、パートナー? ボクのポーズを褒めてくれるのかい?』
またポーズの批評をしてくれると思ったのか、シャム猫のナルはうきうきで近づいてきた。ごめん、悪いけど今は僕に付き合ってくれ。
「ちょっとだっこするよ」
『わっ、急に何を……くっさ! キミなんか色んな臭いが混ざって……くっさ!』
臭いのは君の仲間のせいだからね。少し我慢してくれ。ナルは僕の腕の中で口を半開きにして微妙な顔をしていた。所謂臭い匂いへのフレーメン反応だが、構わずナルに伝えたいことを耳元で囁いた。
「ひっかいちゃったこと謝ろ? 君の譲れない部分なんだろうけど、先に手を出したのはこっちだからさ」
『ボ、ボクは悪くないぞ!』
「後で一緒にポーズを考えるから、ね?」
『えっ、で、でも……』
「「服」について色々教えてあげる。なんなら何か君に似合いそうなのを提供するよ」
『!!!』
これが決め手になったのか、ナルは大人しくなり、村長に向かってぺこっと頭を下げた。
『……ごめんなさい』
「「「おぉ~……」」」
村人たちは急に素直になったナルに感嘆の声を上げている。これで魔獣たちの印象が少し向上したに違いない。僕は「よくできました」と言いナルを下ろした後、再び村人たちと向き合った。
「この子たちは今後、何か僕たちに不利益なことをしてしまうかもしれません。でも反省し、改善することができます! お願いします! どうかこの子たちがここで暮らすことを許してください!」
地面に額を押し付けるように土下座した。これで僕ができることは全部やった。頼む、通ってくれ!
「な、なあお前さん。こいつがここまで言ってるんだ。しばらく様子を見ても……」
「でもさ、あんた。結局不利益しかないんじゃ、ない方がいいんじゃないの?」
だ、駄目か……。
落胆しかけた時、隣でもうひとつ頭を打ち付け土下座をした音が聞こえた。
その音の発生主は、村長の息子のウォーレンだった。
「親父! お袋! 俺からも頼む! こいつらを見逃してくれ!!」
ウォーレンは額に血を滲ませながら自身の両親に頼み込んでいる。おそらく彼が漏らしたこのダンジョンの情報によって今の危機に陥っており、その罪の意識からか彼は引け目を感じていたのだろう。
「ウォーレン! お前は下がっていろ!」
「いいや、下がらねえ! ここは俺の救いの場だったんだ!」
「あんた、何言ってんの!」
「……大工修行で心身共に疲れ果てていた俺を救ってくれたのがこいつらなんだ! こいつらは俺に『癒し』をくれたんだよ!!」
……癒し。ウォーレンが泣きじゃくってた時もそんなことを言っていたな。
『へぇ。あのヒトそんなことを考えて、ここに来ていたの。『癒し』ねえ』
成り行きを様子見していたフィーニャが隣までやって来た。何か含みを持たせたまま、彼女は言葉を続けた。
『ねえ、マシロ。ヒトってそんなに癒しが必要なの?』
……癒しが必要? ……そうか、そうだ! 癒しには需要がある!!
閃いた僕はフィーニャにアイコンタクトを送る。察してくれたフィーニャは笑いながら応えてくれた。
『ええ、マシロ。あなたに任せるわ!』
『なっ、フィーニャ様!?』
『いい? オズヴァルフ。マシロを信じるのよ』
失敗ばかりな僕をフィーニャは信じてくれている。……頑張ろう。頑張るしかない。頑張るんだ!
僕はこの最後の案で勝負に出た。
「親父! お袋! もうあんたたちの前から逃げねえ! 大工修行もサボらねえ! だから頼むよ!」
「いい加減にしろウォーレン!」
「ウォーレン、ダンジョンなんて無い方がいいんだから、それに越したことはないんだよ」
「だったらある方がいい、って思えればいいんですよね?」
僕は言い争っている村長一家に口出しする形で介入した。訝しげな視線を向けられるが怯むな僕。さも当然と言わんばかりの態度で堂々としろ。
「……何が言いたい?」
「皆さんは疲れた時、何をしますか?」
「あんたねえ、適当なことを言って誤魔化そうとしてんじゃ……」
話を戻そうとした奥さんを村長は制し、僕の質問を他の村人に答えるように促した。戸惑いつつも村人の何人かが思い思いに答えてくれた。
「えっと……、俺はとにかく飯を喰いまくるっすね」
「風呂でゆっくりしますわ」
「俺は寝る。体力が回復するまでな」
いいぞ。想定通りの答えが返ってきた。続けて僕はまるでセールストークのように話を展開させていく。
「ええ、それで身体は休まるでしょう。でも心は? 辛い時、苦しい時、悲しい時、心が消耗している場合はそんなことじゃ回復できません!」
実際は答えてくれた例のように身体が休まれば、ある程度ストレスが解消され心も休まるのだがあえての断言。僕の案の有用性の補強するためだ。
「心を回復する方法、それはこの子たちによる『癒し』しかありません! ウォーレンさん、実際に癒されてみてどうでしたか?」
本当に心の回復手段は癒ししかないのか? なんてツッコミをさせる間を与えずに続けて利用者へのインタビューに入る。いい回答を期待しています!
「えっ、俺? だ……大工修行でしこたま怒られた後でも、この子たちの姿を見たら「明日も頑張ろう」って思えるぐらい元気が湧き出てくるんだ。こいつらがいなけりゃ、また俺は心が折れてただろうよ」
「お前……どれだけ凹んでても明日にはケロッとしてたのは、この子たちのお陰だったのか」
おおっと、第三者(村長)による説得力の裏付けだ。そう言えばウォーレンは昔グレて、この村から出て行ってたんだっけ。もしかして大工修行が嫌で逃れるためだったのかな。村長の奥さんも思い当たる節があるらしく、ハッとした表情をしている。もう一押しいっとくか!
「進行形で癒されているテオドールさんはいかかでしょう?」
急に話を振られて驚いている元騎士の両手に包まるように、三毛猫兄妹のレフとライが気持ちよさそう寝ていた。いつの間にそんな仲良くなってたの?
「ふむ……この子たちは剣だけが心の支えだった儂を開放してくれた。『癒し』に想像以上の力があるのは確かだ」
「テオドールさん、あんたまでそんなこと言うのかい……」
詳しくは知らないが村長夫婦が一目置いているテオドールも『癒し』を肯定してくれている。
「そ、そんな『癒し』だなんて、よく分からないもんなんかに……」
それでも食い下がる村長の奥さんには直接味わってもらおう。僕は周りに聞こえないように小声でフィーニャにあの再現をお願いした。
『前にウォーレンとかいうヒトにやったのと同じことをするの? ……はあ、分かったわ』
フィーニャは村長の奥さんの前まで歩いて行き、彼女の顔を上目遣いで見ながら小首を傾げ――、
『元気出してにゃん』
「かッ……可愛い……」
よし、堕ちたな。
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