1-19 一触即発? 村人VS魔獣
「行くぞぉおおおお!!!!」
「「「おおおおおおおおぉ!!!」」」
ダンジョンの入り口付近から複数の野太い雄叫びが聞こえてくる。間違いない、村の大人たちだ。村人たちがダンジョンに挑むという、考えうる最悪のパターンになってしまった。
『えっ、なになに?』
『な、なんだおらー! やんのかー!!』
『また敵襲なの? やだぁ』
『ギャラリーが多いのはボクとしてはありがたいがね! どうだいこの新ポーズは!』
急な襲撃者の声に魔獣たちは慌てふためいているが、自分たちの居場所を守ろうと村人たちとの戦いに発展してしまいかねない。元騎士のテオドールとのいざこざが落ち着いてようやく平穏が訪れたというのに、また争いが発生するのはたくさんだ。
村人たちを止めるために立ち上がろうとした矢先に、最も戦いの火蓋を切りそうな一匹が駆け出した。
『わぁい! ヒトがいっぱいだぁー!! 遊んで遊んで!! 行くよ行くよ行くよ!!!』
「セレニャさんすみません! どぅううりゃああああ!!!」
膝に乗っていた老猫にどいてもらい、ダイビングキャッチする形で暴走しかけていたポメラニアンのドドドを拾い上げた。ドドドの最高速度は目で追えないくらい速いが、初速はまだ追いつくことができる程だったため、なんとか捕まえることができた。
もしドドドがこのまま村人たちに突っ込んでいったら、彼らはボーリングのピンのように吹っ飛ばされてしまっていただろう。考えるだけで恐ろしい……。
『わぁあ! 離して離して! 遊びたいの遊びたいの!』
興奮状態のドドドは僕の腕から抜け出そうとじたばたしている。手を離した瞬間、ぜんまい式のミニカーのようにすっ飛んでいきそうだ。ああ! 猫たちが村人たちの方に走っていってる!? と、とにかくまずはこの子を落ち着かせなくては……。
「セレニャさん! 少しの間、ドドドと一緒に奥で隠れてもらっていいですか?」
『ええ!? やだやだ! 僕もヒトと遊びたい!!』
『ドドドくん、ばぁばとお喋りしてほしいの』
『で、でもぉ……』
渋っているドドドに僕は無造作に脱ぎ捨ててあったフィーニャの服を預けた。袖の部分を首に回して縛り、マントのように飾り立てる。
『? 何これ、フィーニャの匂いがする!』
「ドドド。それはフィーニャの大切な物なんだ。ヒトが帰るまでそれを守るのが君の使命だよ」
『使命…………うん! ぼく使命がんばるよ!!!』
彼の行動を無理やり縛るより、役割を与えることで自分から行動してもらおうとした訳だがうまくいったようだ。靴や手袋、下着といった残りのヒト形態フィーニャ衣装の一式をセレニャに託し、村人たちと話し合おうとダンジョンの入り口に向かった。
『うっさいわ、ボケ! 俺の爪の餌食にしてやろうか、あぁん?』
『変なことしたら私の水魔法で流してやるわ!』
「な、なんだ? このダンジョン、猫が住み着いているのか?」
ああ、もう! すでに接触している!?
「み、皆さーん……こ、こんな大勢でどうしたんですか……?」
ダンジョンの入り口を取り囲むように、村の住人が七、八人立ちはだかっていた。彼らは農具や工具で武装しており、今にもダンジョンに挑まんとばかりの気迫が感じられた。
その中でも特に村長がいきり立っているようで隣のテオドールが懸命に宥めていた。よく見ると群衆の後ろに村長の息子のウォーレンがバツの悪そうな表情で立っている。彼の目元は青く腫れており、結局あの後村長に殴られたのだと察せられた。い、痛そー……。
「お、マシロか! 無事だったか?」
え、僕?
「マシロがダンジョンに向かったってテオドールさんが教えてくれてな。あとうちのバカ息子からここのことを色々聞き出してな。急いで準備してやって来たんだ」
村長曰く、わざわざ手が空いている人も呼んで駆けつけてくれたらしい。えっ、未だに村に馴染めていないこんな僕を心配してくれたの……?
「で、だ。ついでにダンジョンを攻略してやろうと思ってな! なあ皆!!」
「おう! 俺ダンジョンに入ってみたかったんだよ。楽しみだぜ!」
「昔、冒険者になるのが夢だったんだよなあ」
「探索してお宝見つけようぜ!!」
村長が引き連れてきた男たちは未知への浪漫に沸き立っていた。僕の心配以上に冒険心が上回っている気がする!
「あんたたち! くだらないこと言ってんじゃないよ! このダンジョンは村に被害を及ぼすかもしれないんだからね!」
男たちの浪漫を「くだらない」の一言で一蹴したのは村長の奥さんだった。肝っ玉母さんに怒られた男たちはしゅんとしている。力関係が見えるなあ……。
「危ないと分かったらすぐに冒険者ギルドに依頼するんだからね!」
「で、でもギルドに依頼したらお金が……」
「安全よりもお金を取るというのかい?」
「い、いえ取りません!!」
奥さんの正論に屈する村長。普段から尻に敷かれているんだろうなあ、と他人の家庭事情が垣間見えたが、冒険者ギルドに依頼されるのはまずい。冒険者に自分たちの居場所を荒らされるのは、足元で村人たちにずっと挑発しているこの魔獣たちが許さないだろう。
ここは僕が説得するしかない。
「あ、あの危なく、ない、です……! 先にひ、一通り見てきたの、で!」
「……本当か?」
「怪しいな……」
「何か隠してないか?」
信用ナッシング。というか下手な嘘はすぐバレるの学べよ、僕はさあ!
「ダンジョンなんだから魔物ぐらいいるだろ? 大丈夫だ、弱い魔物なら倒したことがある」
『誰が魔物だってぇ?』
『弱いかどうか試してやんよ!』
村長の武勇伝にフィーニャとレフは敵対心むき出しで威嚇している。何で君たちはこうも好戦的なの? ナルを見習いなよ。誰にも相手にされていないのに永遠にポーズを取り続けているぞ。
「ないだいこの猫どもは。特にその変な体勢をしている奴は」
『へ、変な……!? ぶっ飛ばしてやるぞクソババぁああ!!!』
めっちゃキレた!? ナルは爪をむき出して村長の奥さんに跳びかかった。寸での所で村長が庇ったが、ナルの爪は村長の服を少し切り裂いた。
「あっ、危なっ!?」
『フーッ、フーッ』
『や、やるわねナル』
『こんなに怒ってるナル、初めて見た。もっと見たい』
『いいぞ! やっちゃえやっちゃえ!』
興奮しているナルを煽る三毛猫兄妹。か、勘弁してくれ! これ以上村人たちとの関係が悪くなったら、本格的にこのダンジョンが危険視されてしまう。
「な、なんだい、こいつらは! 本当は魔物なんじゃないだろうね!」
「た、ただこの子たちは、自分の居場所を守ろうとしてるだけですよ。ま、魔物だなんてそんな……」
「ほら、あんたたち! 邪魔だよ、どっか行きな! しっし!」
『わっ、危ないわね!』
村長の奥さんは手を仰ぐように振り、猫たちを追い払おうとした。フィーニャに当たりそうになったその行為は、ある獣の逆鱗に触れた。
『ヒト風情がフィーニャ様に仇なすというのか』
いつの間にか背後に一目で魔獣だと分かる三メートルを超える狼が立っていた。
「うわぁああ!? ま、魔物だぁああ!!!」
「殺されるぅうう!!!」
「お、お前たち怯むな! 絶対に村に行かせてならないぞ!!」
このダンジョンの危険度がぐぐぐっと上がった音が聞こえた。お、終わった……。
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